第九章 回復の光と四人目の影
山道を下りきった三人は、木々がまばらになった谷間の小川沿いを進んでいた。
朝の光が徐々に強くなり、血に染まった桜の花びらが風に舞って三人の足元を彩る。
黒崎零は先頭を歩き、鬼哭丸の柄に右手を置いたまま、周囲の気配を鋭く警戒していた。
体中の傷が熱く疼き、特に左肩の深い切り傷と右腕の複数の傷が歩くたびに鋭い痛みを送ってくる。
黒い羽織は乾いた血で固くなり、重く体にまとわりついていた。
ルリアは零の背中に軽く寄りかかるようにして歩き、時折小さく息を乱していた。
零の羽織を体に巻きつけているが、前が大きく開いたままだった。
透けた純白のドレスが白い肌にぴったりと張り付き、柔らかく膨らんだ胸の丸みが歩くリズムに合わせてゆっくり揺れる。
薄い布地越しに硬くなった淡いピンク色の突起がくっきりと浮かび、傷口から滲み出た血が太ももの内側を長く艶やかに伝い落ちていた。
銀髪が汗と血で頰や首筋、胸の谷間にべったりと張り付き、紅い瞳は痛みと疲労で潤んでいる。
天城蓮は少し後方を歩きながら、二人の様子を時折横目で確認していた。
左腕の傷を布で固く縛り、二本の刀を腰に差した軽やかな足取り。
時折、零の背中を見て小さく笑みを浮かべる。
「零、お前は本当に休まないな。
俺の左腕もまだじんじんするってのに、お前はもっと傷が深いだろ?
ルリアちゃんも、顔色が悪いぜ。
もう少し安全な場所で休憩した方がいいんじゃないか?」
零は前を向いたまま、低く答えた。
「追手が近い。
休むなら、少なくとも魔力の気配が遮断できる場所だ。
蓮、お前も無理をするな。
二刀流の機動力は貴重だ。
ルリアを守るためにも、お前が倒れるわけにはいかない」
ルリアが零の背中に顔を埋めるように寄りかかり、甘く掠れた声で言った。
「零……蓮さん……ごめんね……
私のせいで、二人とも傷だらけに……
はぁ……っ、身体が熱くて……零の背中が、すごく……安心するのに……疼きが止まらない……」
歩くたびにルリアの柔らかな胸が零の背中に押しつけられ、形を変えて擦れる感触が伝わってくる。
零は無意識に喉を鳴らし、侍の掟を心の中で繰り返した。
(……守るだけだ。仲間が増えた今、守るべきものが増えた。
ルリアのこの無防備な姿、甘い吐息、柔らかな感触……集中を乱すな)
三人が小川を渡り、岩棚が連なる少し開けた場所に入った頃、遠くから再び複数の足音と魔力の気配が響き始めた。
今度はこれまでより規模が大きく、二十人近い聖騎士部隊に、四名の神官騎士、そして弓と魔法の集中援護が予想される本格的な追撃隊だった。
どうやら先遣隊の報告を受けて、大部隊が動き出したようだった。
零が足を止め、低く警告した。
「来る……二十人近く。神官も四人。
本格的な部隊だ。
蓮、ルリアを岩棚の陰に下げろ。
俺が正面を抑える。お前は左側から回り込み、敵の連携を崩せ。
絶対にルリアに近づけるな」
蓮は二本の刀を素早く抜き、軽く構えた。
右手に主刀、左手に副刀。戦士らしい鋭い笑みを浮かべながらも、目は本気だった。
「了解。
お前の鬼哭丸が正面をぶち抜くなら、俺は左側面と後方を崩す。
ルリアちゃんは絶対に動くなよ。俺が守る」
ルリアは岩棚の陰に身を隠しながら、小さく頷いた。
しかしその動きで羽織がさらにずれ、透けたドレスの下に白い胸の谷間と血の筋が伝う太ももが大きく露わになる。
零の視線が一瞬そこに引きつけられ、蓮が軽く息を飲む。
聖騎士たちが岩場を越えて一斉に姿を現した。
重装騎士が前衛を固め、神官騎士が後方で大規模な魔法陣を展開し始め、弓使いが岩の上から狙いを定めている。
先頭の隊長格が兜のスリットから冷たい視線を向け、声を張り上げた。
「魔王の落とし子と、二匹の侍の犬!
ここで全てを終わらせる!
王女を生け捕りにし、侍どもは聖なる裁きで焼き払え!」
零は鬼哭丸を抜き、青白い光を刃全体に激しく走らせた。
刃が朝の光を反射し、周囲の桜の花びらを炎のように赤く輝かせた。
「来い。四人で……いや、三人で受ける。
ルリアを絶対に守れ!」
戦闘が始まった。
零が正面から堂々と突進し、鬼哭丸を大きく横薙ぎに払う。
最初の重装騎士三人が盾を連ねて突っ込んでくるが、零の刃が盾の隙間を的確に捉え、一人を深く切り裂いた。
血しぶきが弧を描いて飛び、鉄の臭いが一気に広がる。
もう二人の騎士が聖剣を振り下ろしてくるが、零は低く沈んで受け流し、反撃の突きと薙ぎを連続で放つ。
ザシュッ! ザザッ! 鮮やかな血が噴き上がり、二人の騎士が苦痛のうめきを上げて倒れた。
蓮が左側から高速で回り込んだ。
二刀流の軽快な動きで敵の死角に入り、主刀で肩を、副刀で脚を同時に斬りつける。
騎士がバランスを崩したところを、零の鬼哭丸がとどめを刺した。
「いいぞ、蓮! そのまま側面を崩せ!」
「任せろ!
お前が正面を固めてくれりゃ、俺は自由に動けるぜ!」
神官騎士が聖なる光の槍を連続で放ってくる。
六本の光の槍が零と蓮を同時に狙う。
零は鬼哭丸を回転させ、光の槍を四本切り裂いたが、残りの二本が零の右腕をかすめ、蓮の左肩を浅く焼いた。
熱い痛みが肉を焦がす感覚が二人を襲う。
弓使いの矢が雨のように降り注ぐ。
零は体を翻しながら矢を切り払い、一人の弓使いに間合いを詰めて刃を振り下ろす。
ザシュッ! 血が噴き、弓が折れる乾いた音が響いた。
蓮が横からもう一人の弓使いを二刀で瞬時に切り倒し、すぐに次の重装騎士に飛びつく。
主刀で盾を弾き、副刀で膝を斬り、動きを止めたところを零の鬼哭丸が横一文字に切り裂く。
完璧な連携だった。
戦いは激しさを増した。
聖騎士たちが盾壁を形成して三人を包囲しようとする。
零は正面を死守し、鬼哭丸を連続で閃かせて盾を切り裂き、鎧の隙間を抉る。
血しぶきが零の全身を赤く染め、息が荒くなる。
蓮は機動力を活かし、包囲の外側を高速で移動しながら敵の背後や側面を次々と崩していく。
二刀が風を切り、血の軌跡を描く。
ルリアが岩棚の陰から心配の声を上げる。
「零! 蓮さん! 二人とも……傷が……はぁ……っ、私のせいで……怖い……」
その声に零の視線が一瞬ルリアに向いた。
岩棚の陰で体を縮こまらせるルリアの姿——戦いの激しい振動で羽織がほとんど開き、柔らかな胸の膨らみが激しく上下し、硬くなった突起が布越しにくっきりと浮かび、血の筋が太ももの内側を長く伝う様子が、零の胸を熱くざわつかせた。
柔肉の曲線と濡れた肌の艶が、戦いの熱気の中で零の集中力を微妙に、しかし確実に乱す。
(……今は戦え。
仲間が増えた今、守るべきものが増えた。
ルリアも、蓮も……絶対に失わない)
零の動きがさらに加速した。
鬼哭丸が青白い光を爆発的に放ち、四人の騎士を同時に相手取る。
刃が聖剣を弾き、鎧を切り裂き、血を噴き上げさせる。
蓮が横からサポートし、二刀で敵の足を止め、零の攻撃を完璧に繋げる。
神官騎士が大規模な聖なる炎の渦を三人に向かって放ってきた。
熱風が唸りを上げ、桜の花びらが炎に巻かれて赤く輝きながら舞い上がる。
零は鬼哭丸を両手で構え、青白い光を最大限に集中させて炎の渦を真っ二つに切り裂いた。
蓮がその隙に神官の一人に飛び込み、二刀でローブを切り裂き、深手を負わせる。
戦いは長く続き、地面は血と泥と倒れた白銀の鎧で埋め尽くされていった。
零と蓮の傷が徐々に増え、息が荒くなる。
それでも二人の連携は崩れず、ルリアを守る位置を死守し続けた。
最後の神官騎士が聖なる光の鎖を放ち、零の動きを封じようとする。
零は鬼哭丸を回転させ、光の鎖を切り裂きながら神官に迫る。
蓮が同時に横から飛び込み、二刀で神官の防御を崩した。
零の最終の一閃が、神官の胸を深く切り裂く。
戦いの音が、突然静かになった。
地面には二十人近い聖騎士が横たわり、血と朝露と桜の花びらが混じり合って赤黒い水溜まりを作っていた。
零と蓮の体は新たに血しぶきで染まり、複数の傷から血が滴り落ちている。
息が荒く、体が熱く疼いていたが、二人の目はまだ鋭く輝いていた。
零は鬼哭丸を振って血を払い、鞘に収めた。
「終わった……ようだ」
蓮も二本の刀を鞘に収め、左腕を押さえながら苦笑した。
「はあ……はあ……お前と組むと、戦いが本気で楽しいな。
……でも、さすがにキツくなってきたぜ。
傷が多すぎる」
ルリアが岩棚の陰からよろよろと出てきて、二人のもとに駆け寄った。
羽織が大きく開いたまま、透けたドレスが体に張り付き、白い肌を惜しげもなく晒している。
「零……蓮さん……二人とも、無事で……よかった……はぁ……っ、でも傷が……」
彼女は零の胸に体を預け、蓮の傷にも心配そうに視線を向けた。
その無防備な姿に、零は自分の鼓動が速くなるのを感じ、蓮は軽く目を逸らした。
零はルリアの肩を抱き、低く言った。
「ここで休む。
傷の手当てを優先する。
蓮、お前の傷も……」
その時、小川の向こう側から小さな魔力の気配が近づいてきた。
銀色の短い角が二本、淡い青白い光を放つ王族の刻印が額に浮かぶ、小柄な魔族の少女だった。
年齢はルリアより少し上、十六歳くらい。
淡い緑色のローブを着て、腰に小さな杖を差している。
彼女は三人の気配を感じ取り、慎重に近づいてきた。
「……第七王女……ルリア様……?
私はシルフィア・ルナ・ノクティス。
ノクティス家の遠い従妹です。
王女の魔力の気配を感じて、ずっと探していました……」
シルフィアはルリアを見て目を輝かせ、すぐに零と蓮に視線を移した。
「あなた方が……ルリア様を守っている侍の方々ですね。
傷がひどい……私の回復魔法で、手当てさせてください。
私は回復と支援が得意です。
……仲間として、加わってもいいでしょうか?
一人では心細くて……ルリア様を守りたいんです」
零はシルフィアの目をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。
「侍として、守るべきものを増やす覚悟はある。
お前が本気でルリアを守るというなら……仲間として迎えよう。
ただし、裏切りは許さん」
蓮が軽く笑った。
「また一人増えたな。
回復役が来てくれたのは助かるぜ。
よろしく、シルフィアちゃん」
ルリアがシルフィアの手を弱々しく握り、微笑んだ。
「シルフィア……ありがとう……
零と蓮さんと一緒に……これから、よろしくね……」
シルフィアはすぐに回復魔法を展開し、淡い緑色の光で零と蓮、そしてルリアの傷を癒し始めた。
光が体を包むと、痛みがゆっくりと和らぎ、温かい感覚が広がる。
零はシルフィアの魔法を感じながら、内心で思った。
(……仲間がまた一人増えた。
守るべきものが増えれば、俺の刀はさらに重くなる。
だが、それでも……俺は侍だ。
背中を見せるわけにはいかない)
四人は小川沿いの岩棚で短い休息を取った。
シルフィアの回復魔法が傷を癒し、ルリアの体が少し落ち着く。
しかしルリアは零の胸に寄りかかったまま、甘い吐息を漏らし続けていた。
「零……みんながいて……嬉しい……
でも、まだ身体が……熱い……」
戦闘後の熱気と魔法の温もりの中で、四人の逃避行は新たな仲間を得て、
さらに過酷で、しかし確かな絆を深めながら続いていく——。
遠くの空では、桜の花びらが静かに舞い落ち、
四人の影を優しく照らしていた。




