第八章 連携の剣と疼く絆
森を抜けた三人は、岩場と疎林が混じる険しい山道を進んでいた。
朝の光が木々の隙間から差し込み、血に染まった桜の花びらが風に舞って三人の足元に落ち続ける。
黒崎零は先頭を歩き、鬼哭丸の柄に右手を置いたまま、周囲の気配を常に警戒していた。
体中の傷が熱く疼き、特に左肩の深い切り傷が歩くたびに鋭い痛みを送ってくる。
黒い羽織は乾いた血で固くなり、重く体にまとわりついていた。
そのすぐ後ろを、ルリアが零の背中に軽く寄りかかるようにして歩いている。
零の羽織を体に巻きつけているが、戦いの振動と移動の疲労で前が大きく開いたままだった。
雨に完全に透けた純白のドレスが白い肌にぴったりと張り付き、柔らかく膨らんだ胸の丸みが歩くリズムに合わせてゆっくりと揺れる。
薄い布地越しに淡いピンク色の突起がくっきりと浮かび上がり、傷口から滲み出た血が太ももの内側を長く、艶やかに伝い落ちていた。
銀髪が汗と血で頰や首筋、胸の谷間にべったりと張り付き、紅い瞳は痛みと安堵で潤んでいる。
天城蓮は少し後方を歩きながら、二人の様子を時折横目で確認していた。
左腕の傷を布で固く縛り、二本の刀を腰に差した軽やかな足取り。
時折、零の背中を見て小さく笑みを浮かべる。
「零、お前本当に鉄人だな。
あんな大規模な追撃を一人でほとんど片付けて、しかも今も先頭を歩いてる。
俺の二刀流が加わったとはいえ、相当な負担だろ?」
零は前を向いたまま、低く答えた。
「負担など、守ると決めた以上、当然のものだ。
蓮、お前も左腕の傷がまだ浅くない。
無理をせず、後ろを警戒してくれ」
ルリアが零の背中に顔を埋めるように寄りかかり、甘く掠れた声で言った。
「零……蓮さん……二人とも、ありがとう……
はぁ……っ、私のせいで……零の傷が増えて……
身体が熱くて……疼いて……零の背中が、すごく安心する……」
歩くたびにルリアの柔らかな胸が零の背中に押しつけられ、形を変えて擦れる感触が伝わってくる。
零は無意識に歯を食いしばり、侍の掟を心の中で繰り返した。
(……守るだけだ。仲間が増えた今、守るべきものが増えた。
ルリアのこの無防備な姿、甘い吐息……集中を乱すな)
三人が岩場の急斜面を下り始めた頃、遠くから再び複数の足音と甲冑の音が響き始めた。
今度はこれまでより数が多く、動きも組織的だった。
十五人以上の聖騎士部隊に、三名の神官騎士、そして後方から弓と魔法の援護が予想される大規模な追撃隊。
どうやら本隊の残党が合流したか、新たな増援が到着したようだった。
零が足を止め、低く警告した。
「来る……十五人以上。神官もいる。
蓮、ルリアを岩陰に下げろ。
俺が正面を抑える。お前は右側から回り込み、隙を突け。
連携を崩すな」
蓮は二本の刀を素早く抜き、軽く構えた。
右手に主刀、左手に副刀。口元に戦士らしい笑みを浮かべながらも、目は鋭く輝いていた。
「了解。
お前の鬼哭丸が正面をぶち抜くなら、俺は横と背後を崩す。
ルリアちゃんは絶対に俺の後ろにいろ。動くなよ」
ルリアは岩の陰に身を隠しながら、小さく頷いた。
しかしその動きで羽織がさらにずれ、透けたドレスの下に白い胸の谷間と血の筋が伝う太ももが大きく露わになる。
蓮が一瞬視線を逸らし、零がそれを察して低く言った。
「蓮……余計な視線は許さん。
守るべきものを、ちゃんと守れ」
「わかってるよ。
ただ……お前が守ってるものが、あまりにも魅力的に無防備すぎるってだけさ」
聖騎士たちが木々と岩の間から一斉に姿を現した。
重装と軽装が混じり、聖剣に聖なる光を宿した者たちが前衛を固め、後方の神官騎士がすでに大きな魔法陣を展開し始めていた。
弓使いが左右の高所から狙いを定めている。
先頭の隊長格が兜のスリットから冷たい視線を向け、声を張り上げた。
「魔王の落とし子と、二匹の侍の犬ども!
ここで全てを終わらせる!
王女を生け捕りにし、侍どもは聖なる炎で焼き払え!」
零は鬼哭丸を抜き、青白い光を刃全体に走らせた。
刃が朝の光を反射し、周囲の桜の花びらを炎のように赤く輝かせた。
「来い。三人で受ける。
ルリアを絶対に守れ」
戦闘が始まった。
零が正面から堂々と突進し、鬼哭丸を大きく横薙ぎに払う。
最初の重装騎士二人が盾を連ねて突っ込んでくるが、零の刃が盾の隙間を的確に捉え、一人を深く切り裂いた。
血しぶきが弧を描いて飛び、鉄の臭いが一気に広がる。
もう一人の騎士が聖剣を振り下ろしてくるが、零は低く沈んで受け流し、反撃の突きを放つ。
刃が胸当ての継ぎ目を貫き、鮮やかな血が噴き上がった。
蓮が右側から高速で回り込んだ。
二刀流の軽快な動きで敵の死角に入り、主刀で肩を、副刀で脚を同時に斬りつける。
騎士がバランスを崩したところを、零の鬼哭丸がとどめを刺した。
「いいぞ、蓮! そのまま側面を崩せ!」
「任せろ!
お前が正面を固めてくれりゃ、俺は自由に動ける!」
神官騎士が聖なる光の槍を連続で放ってくる。
五本の光の槍が零と蓮を同時に狙う。
零は鬼哭丸を回転させ、光の槍を三本切り裂いたが、残りの二本が零の左肩をかすめ、蓮の右脚を浅く焼いた。
熱い痛みが肉を焦がす感覚が二人を襲う。
弓使いの矢が雨のように降り注ぐ。
零は体を翻しながら矢を切り払い、一人の弓使いに間合いを詰めて刃を振り下ろす。
ザシュッ! 血が噴き、弓が折れる乾いた音が響いた。
蓮が横からもう一人の弓使いを二刀で瞬時に切り倒し、すぐに次の重装騎士に飛びつく。
主刀で盾を弾き、副刀で膝を斬り、動きを止めたところを零の鬼哭丸が横一文字に切り裂く。
完璧な連携だった。
戦いは激しさを増した。
聖騎士たちが盾壁を形成して三人を包囲しようとする。
零は正面を死守し、鬼哭丸を連続で閃かせて盾を切り裂き、鎧の隙間を抉る。
血しぶきが零の全身を赤く染め、息が荒くなる。
蓮は機動力を活かし、包囲の外側を高速で移動しながら敵の背後や側面を次々と崩していく。
二刀が風を切り、血の軌跡を描く。
ルリアが岩陰から心配の声を上げる。
「零! 蓮さん! 二人とも……傷が……はぁ……っ、私のせいで……」
その声に零の視線が一瞬ルリアに向いた。
岩陰で体を縮こまらせるルリアの姿——戦いの振動で羽織がほとんど開き、柔らかな胸の膨らみが激しく上下し、硬くなった突起が布越しにくっきりと浮かび、血の筋が太ももの内側を長く伝う様子が、零の胸を熱くざわつかせた。
柔肉の曲線と濡れた肌の艶が、戦いの熱気の中で零の集中力を微妙に乱す。
(……今は戦え。
仲間が増えた今、守るべきものが増えた。
ルリアも、蓮も……絶対に失わない)
零の動きがさらに加速した。
鬼哭丸が青白い光を爆発的に放ち、三人の騎士を同時に相手取る。
刃が聖剣を弾き、鎧を切り裂き、血を噴き上げさせる。
蓮が横からサポートし、二刀で敵の足を止め、零の攻撃を完璧に繋げる。
神官騎士が大規模な聖なる炎の渦を三人に向かって放ってきた。
熱風が唸りを上げ、桜の花びらが炎に巻かれて赤く輝きながら舞い上がる。
零は鬼哭丸を両手で構え、青白い光を最大限に集中させて炎の渦を真っ二つに切り裂いた。
蓮がその隙に神官に飛び込み、二刀でローブを切り裂き、深手を負わせる。
戦いは長く続き、地面は血と泥と倒れた白銀の鎧で埋め尽くされていった。
零と蓮の傷が徐々に増え、息が荒くなる。
それでも二人の連携は崩れず、ルリアを守る位置を死守し続けた。
最後の神官騎士が聖なる光の鎖を放ち、零の動きを封じようとする。
零は鬼哭丸を回転させ、光の鎖を切り裂きながら神官に迫る。
蓮が同時に横から飛び込み、二刀で神官の防御を崩した。
零の最終の一閃が、神官の胸を深く切り裂く。
戦いの音が、突然静かになった。
地面には十五人以上の聖騎士が横たわり、血と朝露と桜の花びらが混じり合って赤黒い水溜まりを作っていた。
零と蓮の体は新たに血しぶきで染まり、複数の傷から血が滴り落ちている。
息が荒く、体が熱く疼いていたが、二人の目はまだ鋭く輝いていた。
零は鬼哭丸を振って血を払い、鞘に収めた。
「終わった……か」
蓮も二本の刀を鞘に収め、左腕を押さえながら笑った。
「はあ……はあ……お前と組むと、戦いが楽しくなるな。
俺の二刀流がここまで活きるとは思わなかったぜ。
……これからも、よろしくな、相棒」
ルリアが岩陰からよろよろと出てきて、二人のもとに駆け寄った。
羽織が大きく開いたまま、透けたドレスが体に張り付き、白い肌を惜しげもなく晒している。
「零……蓮さん……二人とも、無事で……よかった……はぁ……っ」
彼女は零の胸に体を預け、蓮の傷にも心配そうに視線を向けた。
その無防備な姿に、零は自分の鼓動が速くなるのを感じ、蓮は軽く目を逸らした。
零はルリアの肩を抱き、低く言った。
「ここで長く休む時間はない。
すぐに移動する。
傷の手当ては次の安全な場所でしっかりやる。
蓮、お前の傷も悪化する前に」
蓮は頷きながら、遠くの森の奥を見つめた。
「わかった。
……ただ、零。
このペースで追撃が続くなら、
もっと仲間が必要になるかもしれないぜ。
俺だけじゃなく、回復のできる者や、情報を持ってる者……
この世界には、まだ味方がいるはずだ」
零は静かに頷いた。
「ああ……守るべきものが増えれば、
俺の刀はそれだけ重くなる。
だが、それでも……俺は侍だ。
背中を見せるわけにはいかない」
三人は再び歩き始めた。
血に染まった桜の花びらが風に舞い、三人の影を優しく照らしていた。
しかし、森のさらに奥——
小さな魔力の気配が、三人に向かって静かに近づいていた。
銀色の短い角を持ち、回復の術に長けた魔族の少女。
彼女はルリアの王族の気配を感じ取り、
「第七王女を守る」という使命を胸に、
三人の逃避行に近づこうとしていたことを、
まだ誰も知らなかった——。
この逃避行は、仲間を増やしながら、
より過酷で、熱く、広いものへと広がり続けていた。




