防勢対航空作戦
防勢対航空作戦
侵攻する敵の航空戦力の脅威から我を防護し、その影響を排除するために行う航空作戦。(国家市民軍航空軍作戦教範巻末『用語』より)
「トーラス、風向1-0-0、風力2、2番滑走路からの離陸を許可」
「2番滑走路から離陸。トーラスリーダー」
「02」
「03」
「04」
ゴぅーーーーーー――――――!!! と、レシプロの唸りが人間の分解能を超えて、それが更に空気を暴力的に叩きつけ、ドカドカという音が連なって連続した轟音として聞こえるようになり、機体は「ドン」というような勢いで前進する。
空対空戦闘任務を請け負っているこの機は、今は機関砲と機銃しか搭載していない為軽いのだ。
編隊長は右を見、左を見、太陽を見た。
まだ避難民テントが林立する中で、
「国の永遠のいーのちーがー わーれらーの後続くー」
半ば上擦った声で、翼に揚力を与えるための轟音の中、愛国歌のうち、生物であることを超えて、市民であることを求めるその一節を唱える。
主脚が浮いたのを、振動の変化と三半規管、周囲の風景から感じる。
高度計がビビビ、と右へと振れる。油圧、油温、回転数……よし。
下を見ると、空軍基地近くの避難キャンプ村から、昼飯時だからか、幾条もの煙が上がっていた。彼はふと、幼い頃に木の匙で食べた粥を思い出した。
仮設学校で子供がボールを蹴って遊んでいるのも見える。
眼の前では、950馬力とは信じられない程コンパクトで、案の定あまり信頼はできないエンジンが元気にうめき声を上げている。
整備班員の顔を思い出し、もし機械的原因で落ちたらぶん殴ってやると決意する。
暫く一定高度を飛んで、それから要撃管制
「こちら要撃管制。トーラスへ、西北地区への侵入を許可する。。針路055、高度3000へ。敵航空騎6。ドゥベイ丘陵以北では空中砲弾に注意。交戦を許可する」
「トーラスリーダー了解」
雲量三、風弱く、視程良好。絶好の飛行日和――要するに、お互いに発見しやすい日、ということになる。
一方で、こちらには要撃管制が付いている。監視哨やらレーダーやら、地上部隊の悲鳴やらを集約して大体敵がどこに居るからここに迎えという指示を出してくれる上司たちだ。
旋回性能と火力、防護力で劣る我々の勝ち目は一撃離脱であったから、それを担保する為の仕組みと言ってしまえばそうだ。本当にそこに敵が居るのかは自分で見るしか無い。
高度3000、敵の活動が低調な高度ということは、生物にとって不愉快きわまりない高度ということになる。ただでさえ1月のクソ寒い北風が吹き付ける中、更にその中を高速で飛び回っているのだから、鼻水が止め処なく出てくる。
「01、03。敵編隊視認」
「了解。交戦開始」
見ると、敵は地上からパラパラと撒かれている対空砲火に手こずり、侵入を躊躇したり、隙を見て突入したりという方法で、地上部隊を食い物にしていた。
あの旋回性と低空滞在能力を発揮されれば、旋回戦では勝ち目が無いという教範上の注意を身に沁みて感じる。
じゃあ、どうするのか、太陽を背負い、高空から落ちながらエンジンで加速して、バババ、と機関砲弾を浴びせ、地面とディープキスをする前に機首を引き起こし、一目散に逃げるのだ。
殆ど通り魔であるが、我々は名誉ある騎士では無く、軍人で、特別職国家公務員で、名誉よりも任務達成を期待されており、名誉とは任務達成に付いているものである。それはパイロットであっても、歩兵であっても、機甲兵であっても変わらない。
機体を左に転がし、ラダーを踏んで、地表へと落とす。
30度、三角定規の尖っている方の角度で降下しているということになるが、体感的には殆ど落下である。
リエデからは幾条もの黒い煙が上がっていて、それは昼飯由来ではないというのは一目で分かった。
800、600、400、200。
翼端はビリビリと震え、エンジンはレッドゾーンに立ち入りつつあるが、今、この瞬間のためにこの機はここに居る。
敵はこちらには気付いていないようで、一瞬前にワイバーンが先に気付いたのか、首をこちらに向けて目を見開いた。
胸部、関節部、或いは騎士。
そんなことを気にはできなかった。シルエットと照準点が重なった間、トリガーを押し込む。
ソレノイド撃発だ。拳銃と違ってガク引きを気にする必要は無い。
機体が1秒間に20回揺れて、曳光弾、徹甲弾、徹甲弾、徹甲弾、曳光弾……と飛び出していく。工具鋼で出来た暴力が一瞬間浴びせられ、内何発かかが当たったようだ。バットで殴ったように衝撃を受け、力なく堕ちていく。
操縦桿を引き起こし、機体を再び上昇させる。味方支配空域に向けて加速し、残燃料をチェックする。
振り返ると、炎に包まれた銀紙が、ひらひらと地面に墜ちていくのが見えた。
「04ダウン」
「了解」
任務達成、ということになるのだろう。こちらの損害は1で、向こうの損害は4。何より肝心なことに、彼等は後退した。
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帝国翼竜騎士ヨハス・フォン・エハデは、機嫌が悪かった。
朝の冷気、空腹、延々と続く空中待機、そして任務内容。どれも彼の機嫌を損ねる要素であったが、最も彼を苛立たせていたのは、今回の任務が「対地攻撃」であることだった。
翼竜騎士の栄誉は、本来、空で得るものである。
空を飛ぶ者同士が、空の流儀で戦い、敗者は礼を尽くして地に還る。それが伝統であった。
傭兵にしろ、騎士にしろ、翼竜騎士同士の戦闘には、暗黙の約束事があった。墜ちた騎手を深追いしない。地上に降りた騎士を撃たない。捕虜は貴族として遇する。翼竜はなるべく討たない。これらは成文化されてはいないが、誰もが守ってきた。傭兵でさえ、独立した貴族として扱われていた。
俗に言えば、たとえ上級貴族の機嫌を損ねてクビになったとしても、傭兵として貴族で居続けることができるというセーフティネット的な意味合いもあったが、兎も角、翼竜騎士というのは独特の文化と名誉を持っていたのだ。
劣等種は飛べない。だから我々のような高貴な存在とは別格の存在である。それは歴然たる事実である。
翼竜騎士の主任務である対地攻撃は、空から地上へ一方的に破壊をもたらすものであり、翼竜騎士同士の戦闘とは違って『作業』のようなものであった。
だが、不安定な傭兵から、高級で帝国軍として、しかも皇帝の下で戦うという名誉を浴びる代償として指揮命令系統に属した以上は、やるしかない。
ドーベック公国軍は強大だが、殆ど劣等種で構成され、魔法は使えない。
上はそう言っていたが、空を飛ぶ者の情報は、空を飛ぶのと同じ速度で広がる。もう既に劣等種も空を飛ぶし、公国軍は情け容赦無く、あらゆる手を使ってくる。このままでは帝国が滅ぼされる。そういう理由で始まったのがこの平定だ。空中待機だって、イェンスの騎士が一網打尽にされたからだというのを皆知っていた。
「槍へ! 槍へ! 槍へ!」
編隊長の号令に従い、橋を攻撃する。次いで敵の陣地を。
ランスに魔法を込めて、目標を注視し、高度と距離を図り、手綱で微調整しつつ……
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
パン! という音がして編隊長が破裂した。地上から飛んできた奴をモロに食らったのだ。光る奴と光っていない奴が混じって飛んできていて、光っていない方がよほど多い数飛んでいる。要は見た目より遥かに途轍もない暴力を奴らはバラまいているのだ。
「何が魔法が使えないだ、クソ! 地面を這うぞ」
次席は私だ。部下に指示を飛ばし、手綱を強く引いて旋回させている途中、クルル? と鳴いて振り返った。不安なのか、いや違う。
「上空!」
太陽の中に黒い点があった。反射的に手綱を全力で引き、踏ん張って停止させようとする。ドカン、ドカン、ドカン、そういう風な暴力的な震えが翼竜の胴体を揺すり、左足が熱く濡れる。
「ミュンデ!」
幼少期から共に飛んできた彼は、一度だけ、聞いたことが無い程に高く、短い声で鳴いた。
自分の口が開いて、何やら喉が震え、血の味がするのを感じるが、耳を裂く風のせいで聞き取れなかった。
最期に、彼は名誉ではなく、衝撃だけを感じた。




