03 漆黒の騎士。
翌日、私はゴーグルをつけて、学校を闊歩していた。
昨日の今日だから、私は注目の的だ。注目を浴びたくって、学校の廊下を闊歩しているわけではない。捜している人がいるからだ。
長いプラチナブランドを靡かせて、二年生の教室がある廊下をウロウロ。
四週して、流石に不審がられた。「昨日はお疲れ様」と声をかけてくれた知らない先輩達が、黙り込んで私を見ている。
「美少女がいると思ったら、姫花ちゃんじゃん。どうしたの?」
「あ、ナンパ先輩」
「南場ね」
2ーBの教室から出てきたのは、キラキラ金髪のナンパ先輩。
「実は、“漆黒の騎士”さんを捜しているのですが」
「ぶふ! ナイト? いるよ、この教室に」
「にゃんですと!?」
捜していた人が、すぐそこにいたみたいだ。
何度も見たのに。きっとログインしていないのだろう。
「おーい、ナイトー。昨日活躍したヒロインがお呼びだぜ」
ナンパ先輩が教室の中に向かって声をかけた。
すると、あの漆黒の髪をして凛とした顔立ちの男性が現れる。窓際の席に座っていた。黒い制服、間違いなく昨日の彼だ。
「漆黒の騎士さん!」
私がそう呼ぶと、ナンパ先輩を含めて生徒が何人か吹いた。
ズカズカと歩み寄ってきた漆黒の騎士さんは、怒っているようだ。
「俺をそれで呼ぶな!!」
「ごめんなさい?」
異名で呼んではいけなかったみたい。嫌いなのかな。
「私は笹野姫花です。お名前は?」
「……内藤ナイト。夜って書いてナイトだ」
それを聞いて何故嫌がったのか、わかった気がする。
漆黒のナイトって、そこからきた異名だったのだろうか。
教室にいる生徒が笑っているのも、きっとそのせいだ。
さぞかし親と揉めただろう。私は家族と揉めることなんてしたことないから、想像を楽しんだ。
揉めることを望んだことはない。でも藍ちゃんと、もしも揉めたらという話になったことがある。藍ちゃんは絶対に揉めてほしくないと言った。のどかな親子のままでいてほしいと懇願されたほどだ。床に跪いて頼まれた。
「ナイトくんって呼んでもいいですか?」
「は? ……まぁいいけど」
「では、ナイトくん」
歳上を呼ぶことには慣れている。ハウンくんとか、藍ちゃんとか。
にっこりと笑いかけてから、私はペコリと頭を下げた。
「昨日は真っ先に助けに来てくださり、ありがとうございました」
「……ああ、そんなこと、わざわざ礼を言いにきたのか。別に当然のことをしたまでだし」
顔を上げれば、ナイトくんは頭を掻く。そっぽを向いてしまった。
じぃっと、ナンパ先輩は見ている。何かな?
「ではお手間をとらせてしまいましたね。失礼します」
もう一度頭を下げて、今度は自分の教室に戻ろうと一歩踏み出した。
「あ、姫花。昨日の戦い、かっこよかったぞ」
「にゃ?」
姫花なんて呼び捨てにされたから、驚いて奇声を漏らしてしまう。
振り返れば、ナイトくんが手を振ってくれていた。
褒められちゃった、えへへ。私はふわふわした気分で、教室に戻った。
その放課後、森ちゃんとありちゃんとメンテナンスが終わったという氷川公園に行こうとした。そこで、私は漆黒の髪と黒い制服を見付ける。
「ナイトくーん!」
「……姫花か」
一瞬ビクッと肩を震え上がらせたナイトくんが、また私を呼び捨てにした。まぁいいけれども。
「こちら、内藤夜先輩。こちらは同じクラスの友だちの森子ちゃんとありさちゃんです」
「あー……どうも」
「どうも、先輩」
「どうもどうも」
紹介すれば、ナイトくんも森ちゃんもありちゃんも互いに会釈し合った。
「ナイトくんもいかかですか? メンテナンスが終わった氷川公園に」
「いや、俺は鴻ノ巣公園の方に行くんだ。……のす公に行くか?」
誘ってみれば、逆に鴻ノ巣公園のダンジョンに行かないかと誘われる。
鴻ノ巣公園。略して、のす公。学校のことも、のすこうと呼ぶ。
時々、混乱するけれどもね。
どうしようか。私は森ちゃんとありちゃんの顔を見た。
「せっかく先輩が誘ってくれているのなら」と森ちゃん。
ありちゃんも頷いた。賛成みたいだ。
「行きます!」
私はそう答えた。
鴻ノ巣公園は、氷川公園よりも広い。四倍って、ところだろうか。ウオーキングコースがあって、ツツジの庭園もある。線路の向こう側にあって、小学校の隣にあるのだ。
ウオーキングコースの脇に設置された公衆ボックスに入って、VRモードに切り替えた。
のす公のダンジョンは塔が伸びているけれども、これも潜って進むタイプだ。
「俺は前衛」
「私も前衛やります」
「じゃあ二人でお願いします。後衛は任せてください」
「回復は私にお任せを!」
私はナイトくんと肩を並べて戦うことになった。
森ちゃんには後衛と、ありちゃんを任せる。
回復職のありちゃんが居れば、心置きなく戦えるだろう。
私達はモンスターと戦いながら、昨日家族とした会話を話した。
「それでね、藍ちゃんが私の通り名を決めるって言い出してね」
「通り名なんて付けられたら恥ずかしいじゃない。やめておきなさいよ」
「……」
森ちゃん。通り名がある人が目の前にいるのだろけれども。
「あ。内藤先輩は、漆黒の騎士って通り名でしたっけ」
「クラスメイトがそう呼んでいるだけだ」
ナイトくんの声に、苛立ちが帯びている。
クラスメイトの悪ふざけから始まったのか。
「ところでナイトくんは、氷川公園のメンテナンスを見ましたか?」
私は話題を変えてみる。私が出してしまった話題だからね。
「穴が大きく空いていて、そこからゴーレムが這い出てきたみたいでした」
「バグって感じじゃなさそうだな。誰かが故意に引き起こした可能性がある」
「誰かがハッキングしたということですか?」
私の脳裏に浮かぶのは藍ちゃんだった。彼は凄腕のハッカーだ。
彼ならハッキングをしてモンスターを外に出すことが出来るだろうけれども、彼がそれをする必要は全くもってない。ましてや私の学校を襲わせるなんて、私のいる学校を襲わせたりしない。
○ボタンを押しながら、モンスターを攻撃する。相手は、ケンタロス。大きな斧を振り下ろすそれを華麗に避けた。それから、攻撃。森ちゃんが目を撃ち抜いてくれたから、無防備になったケンタロスを倒す。
「そういうことだろう」
「問題は誰が何のために、ですよねー」
私は首を傾げて、次のケンタロスに攻撃を仕掛ける。
「手始め、じゃないか?」
「序章に過ぎない、てやつですか?」
「同じような事件が起きると、先輩は考えているのですか?」
あれは序の口の事件に過ぎないのかもしれない。そうナイトくんは推理する。
「それは大変ですね……今回は被害が出なかったですが、小さい子とか襲われたら大変です」
私は戦えたけれども、今や公園は小さい子の溜まり場ではない。遊具にはいるけれども、ダンジョンに入るVRの公衆ボックスにはちゃんと五歳以下は入ってはいけない決まりだ。
幼稚園に襲撃なんかしたら、大変。
「犯人がそういう人ではないことを願うばかりですね」
「……そうだな」
高校が近い公園を選んだのは、偶然じゃないといい。
でも、目的はなんだろう。
どこか身近に感じてしまうのは、どうしてだろうか。
やっぱり藍ちゃんの仕業かな。いやもっと身近にこういうことを仕出かす者がいる。昨日は疑いもしなかったけれども、彼かもしれない。
帰ったら、問いただそう。
「ところで、姫花。アンタ、MRフィールド上で戦っていたよな、コントローラーじゃなくて生身で戦ってたな」
「はい!」
きた! と喜んで頷く。
「なんでそんなに元気いいんだ?」
ナイトくんは、首を傾げた。
「姫花は両親の話をすることが好きなんですよ」
「両親? 何の関係があるんだ?」
「FBI特別捜査官兼SPの両親に鍛えられているからです!」
森ちゃんを振り返っているナイトくんに、私は言いたいことを言い放つ。
「……へぇ……」
ナイトくんの反応は、薄かった。
「信じていないのですか?」
「……いや、信じてるけど?」
「もっとないんですか? すごーいとか」
「いや、すごいな」
ナイトくんの反応は、やっぱり薄い。
「もっとすごいって言ってください!」
「ああ、すごいよ」
「反応薄いです!」
「いや普通にすごいって思ってるって」
私は公衆ボックスの中で、地団駄踏んだ。
「私の両親はすごいんです!」
「あーわかったって」
「私もすごいんです!」
「ナルシストか」
違う! そんな反応が欲しいのではない!
それはあとでで構わないから、褒め称えて!
私のお母さんとお父さんを大袈裟なくらい褒めて!
「私の両親は猟奇殺人鬼を相手してるんですよ!」
「へぇすごいな」
「だからナイトくんの反応薄い!」
「これでも感心してるんだぜ」
「薄い! リアクションが薄い!」
「こいつ、いつもこうなのか?」
モンスターもいなくなったところでナイトくんに詰め寄っていたら、ナイトくんは森ちゃんとありちゃんに困った声をかける。
「姫花ちゃんは両親が自慢なんです。だから、いつも“すごい”って言われることが好きなんですよ」
ありちゃんが笑って答えた。
「先輩の反応が、お気に召さなかったようですね」
森ちゃんは笑わずに言う。
「俺が悪いのかよ。十分驚いてるって」
私はまたもや地団駄踏んだ。
「私の両親はすごいんですっ!」
「わかったって!」
ナイトくんは嫌がって、私から逃げていった。私は執拗に追いかける。
すると、モンスターが現れた。私もナイトくんも、攻撃をして戦闘再開する。
ネッシーような首長のドラゴン。二人で攻撃を続けて倒した。
「ナイトくんみたいに、早く80レベルになりたいです。藍ちゃんは90レベルになったって」
両親もコントローラーじゃなければ、きっとレベル90にいけるはず。
生身で動けば強いんだもの。モンスターなんて秒殺だもん。
やる暇がないとかで、50レベルで止まっているんだよね。
「だったら氷川公園より、ここの方がおススメだぜ。毎日潜っていれば、二年生になる頃には、70後半にいけると思うぞ」
「そうですか! そうしてみます!」
「なんなら俺も一緒に潜るぜ」
「ナイトくんの都合が良ければいつでも!」
「ああ」
休日は家族も誘って、鴻ノ巣公園ダンジョンを制覇しようかな。
FBIの仕事が入っていなければ、だけれども。
猟奇殺人が起きなければ、大丈夫!
そんな感じで次の約束もして、もう夕方の六時になったのでダンジョンから抜け出した。コントローラーを外して、ゴーグルも外して公衆ボックスから出る。
すると、同じタイミングで出てきたナイトくんと目が合う。
私は近付いて、じっと見てしまった。
「な、なんだよ。ちけーよ」
「いや、現実のナイトくんは可愛い顔をしているなぁと思いまして」
「っ。可愛いは男に対しての褒め言葉じゃねえ!」
怒ったというか、照れたのかな。
猫が毛を逆立てているみたいに見えて、私は笑ってしまった。
「笑うなよな」とナイトくんはそっぽを向く。
目が大きくてまん丸。可愛い顔立ちと分類出来る。仮想では凛とした男らしい顔立ちだから、余計可愛く見えてしまう。
「じゃあ帰りますか」
森ちゃんが促す。
「あー俺は駅じゃないから、ここで。あ、そうそう、姫花」
「はいはい?」
「はいは一回な。アンタ、今付き合ってるやついるか?」
交際相手がいるかどうかを訊かれている。
「いえ、いませんけれども」
そう答えたらナイトくんは「ふーん、そっか」と上機嫌そうな笑みになった。私は、小首を傾げる。
「あ、でも好きな人ならいます」
「……」
「ハウンくんって言って美少年の姿をしているんですが、私の初恋です」
私が笑って付け加えたら、ナイトくんはむくれた顔をした。
私は、また小首を傾げる。
「ま、いいけど。じゃあな。また明日」
「はーい、また明日。ナイトくん」
気を取り直したように軽く手を振ってナイトくんは先に公園を出て行った。私は見えなくなるまで、手を振って見送る。
「あなた、ポジティブなくせに鈍感なのね」
「え? 何が?」
「私、姫花ちゃんは鋭い方だと思ってた」
「え? 何? 何の話?」
森ちゃんとありちゃんが、なにやら言ってくるのだけれど、結局教えてくれないまま駅に行き、電車に乗って別れた。
家に帰ってみれば、藍ちゃんのお出迎えはない。今日は来ていないみたいだ。
「ただいまー!」
家中に届くように声を上げてから、手洗いうがいをしに洗面所に向かう。それから自分の部屋に入った。ベッドにはもう、真っ黒い男性が座っている。黒い髪に黒い衣服に身を包んでいた。
紅い瞳を細めて、にんやりと笑っている男性の名前は。
「ヴァッサーゴおじさん! 昨日氷川公園のダンジョンをいじったでしょ!?」
「今更気付いたのか、鈍感な小娘だな」
ヴァッサーゴおじさんは、私を嘲る。
たまに私にちょっかいを出してくるのだ。
確かに気が付くのが遅すぎた。私がログアウト出来ず、他の人達が入って来れなかった時点で、気が付くべきだったかもしれない。
ヴァッサーゴおじさんは、そういう細工が得意なのだ。モンスターを鴻ノ巣高校に送り込んだのも、私に戦わせたのも、ヴァッサーゴおじさんの仕業。
「だめだじゃない! もしも……」
誰かが怪我をしたらどうするのだ、と叱ろうとしたけれど仮想世界なら誰も怪我しないことを思い出した。
「学校が壊れてたら大損害だよ!」
「ハリボテが壊れようともすぐ直せるだろうが。うるせーな」
「そうやって私にちょっかい出してくるってお母さんに言いつけるよ!?」
それを言えば、ヴァッサーゴおじさんはげんなりした表情になる。
ヴァッサーゴおじさんは、お母さんには弱いのだ。
「言いつけてほしくなければ、これから仮想世界をいじくらないこと!」
「いい気になるなよ、小娘。楽しかったんじゃねーのか? 日常が非日常化した瞬間」
ハッと鼻で笑い退けたヴァッサーゴおじさんが、身を乗り出して妖しい紅い瞳で覗き込んできた。
モンスターが学校を襲ってくるのは、非日常だ。学校を守ろうと無我夢中だったけれども、確かに戦っている間はニヤつくくらい楽しかった。と思う。
「ダンジョンに潜るだけじゃ物足りないだろう? もっと日常の場にモンスターと大暴れしたいと思っただろ? なぁ、白い小娘」
「……」
「楽しいぞ」
悪魔が、囁く。
日常の平穏を壊す。ヴァッサーゴおじさんには、簡単なこと。
日常の平穏が壊れた場所で戦う快感を思い出すと揺らぐ。
楽しいことは好きだ。けれども。
「姫花。ご飯、出来たわよ。……あら、ヴァッサーゴ。何故、姫花の部屋にいるの?」
そこでドアが開いて、母が入ってきた。
ヴァッサーゴおじさんを見付けると冷めた目を向ける。
「悪魔の囁きでもしていたの?」
お母さんは言い当ててしまう。
「チッ。別に、椿の愛娘にちょっとだけちょっかいを出してただけだぜ」
ヴァッサーゴおじさんは、白状をする。
「殺すわよ」
「殺れるものなら殺ってみろ」
母が感情を込めずに単に言い放った言葉を、ヴァッサーゴおじさんは鼻で笑い退けた。これもいつものやりとりだ。
母は私の背中を押して、リビングに連れていく。
そこで母と父と幸樹さんと一緒に夕食をとった。
楽しいことは好きだ。
けれども、日常も好きだから、別にこのままでもいいと私は思った。
通り名がつかないまま終わってしまいましたっ!
が、続きを思いついたら、また書きたいと思います(`^´ゝラジャー
ここまで読んでくださりありがとうございました! 色々楽しかったです!
20171214




