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第59話:王都の生活5

 夏に誼を結んだ王家の養女にして西侯の未来の嫁アイラと、北侯、南侯の娘たちはその後密に連絡を交わし、アイラはセイバー、魔導篭手、その他魔法技術の開発を着々と進めている。

 しかし秋になった今アイラには再び頭を悩ませる案件が発生しており、その対処を思案していた。

 そのきっかけはやはり夏の頃に遡る。


------

(アイラ視点)

 ラピス、ヒース、アイビスとの対面は特に問題もなくスムーズに終わった。

 実験の協力や、魔鉄類確保のための約束を取り付け、結晶通信やその為に使う魔石回路の設計図などを引き渡した。


 ジル先輩は幼い頃から結晶魔術に親しんだ方で、設計図を受け取った翌日にはボクをたずねてきたけれど、その時点で結晶魔術の持ちうる可能性や、その多様性についてすでに十分な造詣を持っていた。

 ボクから提供された図やその思想に驚いたジル先輩は、それらを有効に活用し、イシュタルトの技術の発展に尽力すると約束してくれた。

 そしてついでの様に

「あ、ジャスやトーマも貴方の研究に力を貸しますから、来年軍官学校に入学したら、一緒にたくさん研究しましょうね?」

 と、言い放ちかえっていった。


 それからは特に大きなイベントも無く、大水練大会の日まで過ぎた。



 大水練大会の初日と二日目は普段どおり過ごし、ボクはサリィたちと一緒に三日目の本戦から観戦を開始した。

 本来王家用の観戦席に単独で入れるのは国王と皇后、そして皇太子と正妃とその子どもたちだけだけれど、その入れる人たちと一緒ならば、それ以外の人も入ることができる。

 ボクは扱い上ヴェル様とフローリアン様の養子なので単独でも入ることが可能だそうだけれど、今日のところはそもそもほかの王族と一緒なので問題なく入ることができた。


 王家の観戦席には現在かなりの人数がいる。

 国王であるジークはもちろん、ヴェル様、リアン様、ハリー、サリィ、リント、キャロル、そしてエミィとオルガリオも今日は一緒についてきている。

 セラディアスの排除後、オリヴィアとオルガリオは完全に後ろ盾を失ったもののその分、利権や派閥に囚われず自由に交友関係を持つ様になり、オルガリオは以前よりも積極的にサリィやハリーたちと絡む様になった。

 今日もお行儀よく座っている。


 ほかにはボクとアイリス、アニスにサークラと神楽が座っていて、メイド枠としてノイシュ、エイラ、エッラが近侍している。

 扉の外には数名の護衛が待機しているので、ボクたちは安心して試合を観戦していた。

 本線出場者で知っている顔は2年生のジョージと1年生のシリル先輩くらいだけれど、ジャン先輩はこの頃は頭角を現していない様で、1年生の本線出場者はシリル先輩だけらしい。


 すでに付き合い始めて半年近く経つサークラはもちろんジョージを応援している。

 なんとなく悔しいことだけれど、二人は趣味も合うみたいで、ジョージから送られた服をサークラはよく普段使いしているし、ジョージはよく小物としてサークラから送られたブローチやブレスレットを着用している。


 横目でサークラを見ると、今日もジョージから贈られた透明度の高いサファイアのはまったヘアピンをつけて普段着用の、決して下品でもみすぼらしくも無い水色系色のドレスを着ている。

 ボクとアイリス、アニス、神楽、サリィそしてエッラは水着着用だ。

 ボクは参加者ではないけれど、場合によっては舞台に降り挨拶する可能性もあるとかないとかで水着を着ている。

 他は付き添いみたいなものだね、ボク一人よりアイリスもいたほうが絵面が華やかだ。


 北侯爵家の面々は家臣の家柄の者たちと共に観戦するらしく今日は一緒にいない、またアイビスとフランもそちらで観戦することになったらしく、神楽の相手はボクだ。

 普段なら姉や養姉がボクを奪い合うところだけれど、サリィはアニスを抱っこしていてご満悦、エミィはアイリスと手をつないでいる。


 サークラもジョージの出番が気になるらしく気が気でない様で王族席でも一番前に座っている。

 この席にトーレスはいない、トーレスは王族席より近くで見たいからと北侯爵家が見ているところにお邪魔している。

 来年入学ならば同級生になるし、親睦を深めて置くのもちょうどいいのかもしれない。


 知らない方ばかりだけれど、やはり若い学生の試合というのも見所があり、特に海の無いイシュタルトでは水上というフィールドはあまりなじみが無いためなかなかままならず面白い。

 オーソドックスなのは水中でも気にせず筋力強化で押し切るタイプと、器用な人は水上歩行という繊細な操作が必要な魔法で水面に出て戦う。

 中でも見事なのは・・・。


「おぉーっと!ここでシリル選手水面に大量の蔦を這わせた!どうやら蔦の上を足場にしている模様、しかしクリスト選手も負けじと水面に氷を走らせてその上を移動する!っとおちたぁ!?どうやらシリル選手が歩行用とは別に氷の道を破壊する蔦を這わせていたみたいだぞ!どうするクリスト・グレイシャー選手!」

 実況の人が大体説明してくれているけれど、ボクは加速状態で観戦しているのでより正確に見えている。

 今の氷の道を壊した蔦はあらかじめ這わせていたわけではなく、クリスト選手が凍りの道を伸ばそうとしている先に一瞬遅れてシリル先輩が蔦をまっすぐ伸ばして追いついてそれを引っ張った。


 つまり見切りと反応速度で対応したわけだ。

 1年生の時点でこれって、やっぱりかなり強かったんだねシリル先輩。

 結局この足場合戦を制したシリル先輩がその後の展開を支配し、見事シリル先輩が勝利した。


 その次、サーベル使いと短い槍2本持ちとがあたり

 どちらも見事な水上歩行を見せてくれた。

 手数の多さで上回る槍持ちが終始リードを取り、サーベル使いも見事な機動戦を見せてくれたものの戦況を覆すことはできずそのまま決着となった。


 さてさらにその次いよいよジョージの出番だ。

 ジョージは大きめな片刃のサーベルと、短剣・・・というよりはごく短い手槍を持っている。

 簒奪候家の人間とはいえ、単純に武力の高いジョージは人気がある。

 ここでは力のあるものはそれだけで信奉の対象となりうるのだ。


 しかし逆サイド、西のコーナーの選手にも大きな歓声が上がった。

 選手はどこかで見たことがある気がする女の子だ。

 司会の声に耳を傾ける。

「・・・西のコーナーより降り立ったのはみなさんご存知、2年生の問題児アリエス・マリア・コルベレ選手だぁ!」


 問題児って紹介どうなの?名前を呼ばれたところでさらに大きな歓声上がってるし、それにアリエスって知った顔じゃないか!

「アリエス選手は13歳になったばかりの2年生ながら、その手段を選ばない抜群の戦闘センスで学内の注目を集めている選手です。昨日の予選では拾った水着の破片を使い見事な5人抜きを魅せてくれました。手元にある資料に寄りますと、授業での模擬戦闘では他にも落ちていた枯葉や捕まえた蝶々、ブルスト教官の入れ歯など多彩なというか、普通そんなものを武器に使うのかと思える様なものを武器として利用したと記録が残っております。また年少の女生徒の保護者おねえちゃんを自称しており、学校の内外を問わず絡まれている女生徒や道に迷っている女児を保護し、送り届けているという事実もあり不思議と人気のある生徒です。わたくしの妹も先日街中で靴が壊れて困っていたところ制服を着たピンクの髪のお姉ちゃんに助けてもらったといっておりましたのでおそらくアリエス選手のことかと思います、ありがとうございます!」

 なぞの情報量の多さだ・・・・そんなこといっている暇があったらステータスの読み上げとかしたらいいのに・・・。

 っと、始まってしまった。

 

 2年生同士の戦いだけれど二人ともすでに水面に立っている。

 二人ともすでに水上歩行は可能みたいだね。

 それだけでもなかなかに熟練しているといえるけれど、ジョージはやはり「水棲」はもっていない様だ。

 水棲があれば水面を行くよりもデメリットの無い水中を行くはずだ。


 両手に大小の武器をもったジョージに対して、今のところアリエスは武器を持っていない様に見える。

 しかしアリエスは何かでジョージの武器をはじいている。

 よくよく目を凝らしてみるとそれは水だった。

 両手に水の玉を持っていてそれがジョージの剣が迫るたびにその部分が固まってジョージの武器をはじいている。

 わけのわからない戦法をするね・・・。

 それだけにジョージはやりにくそうだけれど、徐々に慣れてきたみたいだ。

 ようやくジョージの剣がアリエスに肉薄する様になってきたと思ったら、アリエスは水着の腰についていたリボンをはずした。


 水着といってもこちらの世界の水着は、前世の様な露出の多いものは少なくイメージ的にいうならば男子も女子もかかわらず上も下も隠している。

 また、男子は一般的に袖の無いタンクトップに、したはハーフのパンツタイプが多いけれど上下が一体となっているため下からはく必要がある、そのため伸び縮みしやすい素材で作られている。


 女子生徒用は少しバリエーションがあって、基本は男子同様の上下がつなぎになった半そでか長袖のスカートにスパッツ状のものが付属したもの、こちらは着替えやすさ重視でスパッツの部分がセパレートになったものもある。

 それとは別にもう少し年かさのいった女性といっていい年齢の人用に背中側が大きく開いてヒモや留め具でとめる形式の半そで半ズボンをひとつにした形のつなぎ型も存在するが、アリエスは前者、しかもちょっとかわいさを重視したデザインだ。

 だからこそリボンがついていても何の不自然さも無かったけれど、アリエスはリボンに魔力を通すと自在に操り始めた。


 先ほどの水の玉と同様に縮めたり伸ばしたり柔らかかったり、硬かったりと、ジョージはせっかく水の玉の癖に慣れてきたのにまた若干変則的な戦いに変化したアリエスの挙動におされ気味である。

 大水練大会の戦闘は、一発命中判定を貰えば負けとなる。

 拳で叩き落すのはセーフだけれどダメージを負えばアウトという基準だけれど、逆に軽い攻撃でも直撃ダメージありと判定されればそれは即座に負けだ。

 そんな中この変則的な戦法を多用するアリエスは嫌な敵だろう。


 そしてリボンの攻撃の間を縫う様に、水の玉の攻撃も繰り出し始める。

 試合は終始アリエス有利に運んでいたけれど・・・


「おおぉっと!これはハプニングアリエス選手の水着が切れてしまった。体には傷は付いていない様ですがアリエス選手の武器としていたリボンと胸元のリボンが切れている。アリエス選手がたまらず胸元を隠し隙だらけですが、ジョージ選手追撃はしない紳士です!っとここでアリエス選手が降参を宣言しました。直撃判定は回避した様ですが戦闘の続行は不可能だと判断した模様です。素晴らしい試合を見せてくれた2年生の二人に拍手を!」

 今のはむしろぎりぎりの斬撃や水着が切れたことよりも、ジョージの使った魔法にアリエスがなんとなく気付いたのが降参の理由だろう。


 アリエスの魔力の量も強化魔法の性能もジョージを上回っていた。

 ただそれを覆す魔法をジョージは持っている。

 オケアノスの固有魔法「奪魔法インターセプト」ならば魔力的強化を打ち消すことも可能だ、アリエスは今回武器らしい武器を持ち込んでいなかった。

 それは彼女が見せてくれた様にあらゆるものを武器として使えるらしい彼女の豊富な強化魔法の運用があるから通常武器を持ち込む必要がなかったということだ。

 しかしジョージはそれを許さない相手だった。

 それに気付いたからこそアリエスは自身の慢心を悟り降参したのだ。


 その後ジョージも4年生の斧2本と鉄の棒を使う先輩との試合で敗北し、サークラはがっかりした様な、でも怪我が無くて安心という表情を浮かべていた。

 本当悔しいけれど、サークラはもうジョージのことを特別な男性としてみているよね・・・?

 この日はやや試合が長引いたこともありボクが舞台に下りることもなく終了し翌日に準決勝と決勝を残した。

 

 翌日、ジョージを下した2本斧の男性と準決勝でシリル先輩を破った4年の鞭状の剣を使う女生徒との決勝となり、10分にわたる水上戦闘は広いウィールド全体を使った大規模なものとなった見た目パワー型なのに、巧みに斧を投げたり棒を使って直撃を回避したりとする男性生徒タウラス・フォン・ゴールドさんにあまりにも鞭剣の扱い方がうまく一本の武器なのに三方向同時攻撃などを平然とやってのける女生徒レイナ・ヴァージニアさん、二人の戦いは終始レイナさんのほうが攻め続けていたが、最後には鉄の棒を片方の斧と合体させて、長柄の斧にしたタウラスさんの長短2本の斧による変則的な戦法に鞭剣の間隙を突破され敗れた。


 優勝は4年の男性生徒タウラスさんとなり、最終日のコンテストでも男性と総合の一位はタウラスさんとなり女性一位はレイナさんが輝いた。

 やはり強さというのはそれだけで信奉を集めやすい、特に今回は在学中の4侯爵家や王族があまりおらず、ハルベルトもジョージもコンテストには登録しなかったため票が荒れることが無かったのだ。


 日ノ本の娯楽番組の様に焦らす様なことはせず、一位から発表していき、表彰やご褒美も優勝者から順番意手渡される。

 優勝のタウラスさんには国王ジークからじきじきにお言葉をかけられ、ヴェルガ様から短剣が手渡された。

 タウラスさんは通例に従い騎士の礼を執り、会場は大いに盛り上がった。


 普通は優勝者、しかも水上戦闘とコンテストの両方で優勝したタウラスさんのところが一番盛り上がるのだけれど、今年は少し違ってしまった。

 準優勝で、女性部門一位だったレイナさんの表彰は、お言葉がけをサリィが、記念品の贈呈をボクが行うことになった。

 水の上に設けられた壇上に上がった時点で

「あれは誰だ?」

「サーリア姫様はわかるけれどあちらのかわいらしいお人形さんはどこのどなたかしら?」

「いや、おとといから王族席にいらっしゃったぞ?」

 などといって会場内大いにざわつき、サーリアがレイナさんに労いと祝いの言葉を述べた後に

「それでは記念品を贈らせていただきます。王都にお住まいの方はそれとなくうわさを聞いていると思いますが、こちら新しくわたくしの妹になってくれたアイラです、あぁアイラは記念品じゃないですよ?アイラから手渡して貰います。」

 とサリィがいった途端に会場が静まりかえり。


 ボクがレイナさんの前に歩み出て魔導灯差しとボク手作りの「特製魔導篭手・初期型」を手渡すと

 レイナさんは目をぎらつかせ、顔を真っ赤にしてボクを見ていたのが少し怖かったけれど。

 会場は大いに盛り上がった。


「かわいい、お人形さんみたい!」

「サーリア姫様と並ぶと淑やかな姉姫様と元気な妹姫様といった感じでとてもよくお似合いです。」

「抱っこして一緒にお昼寝したいわ!」

 なんていった女生徒を中心とした歓声が上がった。


 それからジークによるボクの紹介となり、当初はユーリとの婚姻を控えて花嫁修業や貴族教育のための養子縁組であることを公表するつもりだったのだけれど、当人の片方がいない場で発表するのもいかがかということになって、結局は・・・

「皆さん始めまして、去る1月にヴェルガ皇太子殿下、フローリアン皇太子妃殿下に養子として迎えていただきましたアイラ・イシュタルトです。ボクは、今日この場にはいらっしゃらない、やんごとなき方の正室となるため、時には陛下や両殿下直々に心得をご指導いただいております。王都に暮らす以上顔を合わせる機会もあるかもしれませんが、気軽に接していただければと思います。」

 と、挨拶したところコンテスト参加者に混ざっていたアリエスがレイナさんとともに今にも飛びつきそうな野生動物の様なギラついた視線をボクに送っていた。

 レイナさんもどうやらアリエスと同様、若年の女の子が大好きらしい。


 とまぁそういった内容のことが大水練大会中の出来事だったのだけれど・・・



 今季節は秋、ボクはあの大水練大会をきっかけとしたいくつかの事案に頭を悩ませている。

 一つはボクに仕えたいという軍官学校生の学生たちの進路希望だ。

 これが今年卒業見込みの学生20余名分ほどが届いている。

 その中にレイナさんのものも含まれている。


 軍官学校の卒業生は一般的に所属派閥シュバリエールの地方の軍に仕官して、そこで自分を呼んでくれる先輩の評価や、実際に働きぶりをみて所属が決まるのだけれど、近衛部隊や親衛隊に仕官する際に仕えたい人物などの希望を取る場合がある。

 無論希望すれば通るというわけではないけれど今回の場合は微妙だ。

 現在ボクは王室の預かりとなっておりボクに仕えたければ王領軍の所属となるが、ボクは早ければ数年以内に、遅くても10年未満で西のホーリーウッド所属となる。

 その際に全員がついていけるわけではないし、そもそも現在仕官希望を出している人たちはボクがホーリーウッドの嫁になることを知らないだろう。

 城の内部にコネを持っている人なんかはボクがユーリの正室候補だって知っているはずなんだけれど、大会の場で言葉を濁したために混乱を招いてしまった様だ。


 仕官希望者の半分はボクの容姿を慕ってのことかもしれないけれど、残りは中央に残りたい、それならばおそらく新設されるであろうボクに仕える近衛になれば昇格のチャンスも多いのではないかと考えた者のはずだ。

 その人たちからしたら、ボクが数年後にはホーリーウッドに帰るということが後から知らされればそれは騙された!という様な不満を生むかも知れない。

 別に隠しているわけではないのでそれは実際の配属前に伝えればすむことなのだけれど、それに付随する様に発生した噂話のほうが問題だった。


 まったくの事実無根ではあるのだけれど、ボクの結婚相手についての噂話だ。

 あの日この場にやんごとなき方と濁したことで、年が近く現在婚約者のいないリントハイムかグレゴリオまたはオルガリオの婚約者候補なのではないかという噂話が立ってしまったのだ。


 ていうか・・・・あの場にリントハイムとオルガリオはいたのに、サリィやジーク、そして新顔のボクが目立ったせいで印象に残らなかったのかな?

 グレゴリオは母親ともどもこちらに寄り付かないというか、ヴェル様には媚びるけれどフローリアン様の子どもたちに対するあたりが強い、ただ最近その噂を真に受けたらしく、ボクに接近する動きを見せている。

 これは昨日の午後のことだ。


---

 

 午後一番のお勉強を終えて、アイリスと別れ研究室に向かう途中

「最近はすっかり涼しくなって過ごしやすくなって参りましたね。」

 中庭に露出した廊下を歩いているとき、エッラが庭木を見ながら何気なくつぶやいて、神楽とボクもなんとなく庭を見ながら足を止めたのだ。

 その日は資料室のある棟ではなく、ガーデンパーティの作法を習った帰りだったので何時もと違う庭を通ったのだ。


 普段あまり見ることの無い庭にはこちらでは珍しいはっきりとした紅葉をする品種のものが植わっており、その落葉がなんとなく寂しさを感じさせて、そういえばそろそろエドガー父さんがホーリーウッドに出てくる時期なのだと、ボクに思い出させた。

 主にボクのせいでホーリーウッドには現在父の家族がいない、寂しい思いをさせてしまうなとちょっと申し訳なく思っていると、背後から声をかけられたのだ。


「これ、ソナタがアイラかえ?」

 目の前にいたのは真っ赤な髪をした妙齢の女性、おそらくは25前後か・・・。

 会ったことはない方だが、肉感の良い豊満な肉体に切れ長の、自信と情熱を形にした様なルビーの瞳。

 口元は羽扇で隠している。


 爪も肌もよく手入れされているのがわかるけれど、焚き染めた香の匂いが少ししつこいかな?

 気合の入った胸元の開いたワインレッドのドレスを着ており、上から下まで赤系色で整えられている。

 その容姿を見てそれがグレゴリオの母だと気付くことができた。


「これはグリゼルダ殿、お初にお目にかかります。アイラ・イシュタルトです」

 側室の身分であるグリゼルダは正確には王室には含まれない、そのため姓もイシュタルトではなく実家の姓を名乗っている。

 ヴェル様からの寵愛が深ければこの限りではないが、今もイシュタルトを名乗ることを許されていないことを考えれば、ヴェル様からの寵愛は薄いのだろう。


 彼女は、旧ヴェンシン領の子爵家の出身の女性で、ジークがヴェル様に側室を取らせていた頃に送り込まれてきた女性だ。

 名分としては過去一度も正室、側室ともに輩出していない極東地域の嫁を取るべきだという東側貴族に押されて取った形になるが、実際ジーク側も混血させたことが無い土地のものと混血すれば「鑑定」持ちが生まれるのではと希望をもって側室に取らせたに違いない。


 まぁ見てくれは美人だが非常に性格が強く、贅沢を好む性質であるので、ヴぇル様も扱いに困っている。

 グリゼルダ本人もそうだが、その実家もことあるごとに王家に出しても差し障り無い程度の範囲で援助を求めてくるので非常にやっかいだということだ。

 イシュタルト姓を賜っていないグリゼルダと姓を貰っているボクとでは一応ボクのほうが身分も権力も上なのだけれど、グリゼルダはふんぞり返っている。。


「ソナタ殿下の養女となったからにはわたくしにも挨拶にくるのが筋であろう何ゆえ来ぬ?」

「エッラ」

 グリゼルダの問いにボクはエッラを呼ぶ。

「はい、2月頭に王家内部でのアイラ様のお披露目を行う際に、ヴェルガ殿下、フローリアン妃殿下の連署による招待状をお送りいたしましたが、返書も無くご欠席になったためアイラ様の存在を快くお思いになっていないのだろうと陛下がおっしゃり、私どもアイラ様のお側を含め、グリゼルダ様やグレゴリオ様にお会いしても話しかけられない限りは居ないものとして接する様にとのご指示でございます。」

 と、エッラがボクの代わりに長い言葉を伝えてくれた。

 それは前回のセラディアスにはボク自ら言ったことだけれど、彼女たちも同じく出席しなかった。

 理由はおそらくヴェル様とリアン様の連署というのが気に食わなかったのだろうけれど直接それを言えるほど非常識ではあるまい・・・。


 しかしグリゼルダはこちらの想像の斜め上の回答をくれた。

「しかしアレは!わたくしを軽んじたあの女の無礼が原因じゃ!?それにソナタもわたくしのグレゴリオの正室になるのであればわきまえるべきじゃろう!」

 いまなんていった?


「グリゼルダ殿、側室の貴方が妃殿下のことを悪し様に仰るのは離宮の中以外ではおやめになったほうが賢明かと存じます。それとボクはユークリッド様との婚姻を予定しております。どこから出てきた話かは存じ上げませんがグレゴリオお兄様との縁談などは伺っておりません」

 ふんぞり返っているグリゼルダに淡々と告げるとグリゼルダは目を白黒とさせてボクを見つめた。

「いやしかし、父上も叔父上もソナタをグレゴリオの正室に取らせることで王位継承権を上げる算段に違いないといっていたのだぞ!?」

 信じられないと聞こえてきそうな声色でかわいそうなくらいにうろたえるグリゼルダ、ご実家のご家族ともども都合のいい脳をお持ちの様だ。


「そんな話は聞いたことありませんし、そもそもボクはホーリーウッド領からユーリの婚約者として陛下に挨拶するために出てきたのですから、それを横から攫う様な措置は王室もなさらないでしょう?」

 追って告げるとグリゼルダは顔を赤らめ怒った。


「そうか!またあの女の横槍じゃな!?うちのグレゴリオがリントハイムの継承権を追い抜くのが気に食わずに、アイラを横取りしたのじゃな!!」

 そもそもなんでボクを嫁にとれば継承権が上がると思ってるか知らないけれど、仮にボクがグレゴリオに嫁いでも継承権はボクが3位でグレゴリオが27位というのは変わらないグレゴリオの順位がリントを上回るのはリントが何か罪を犯して継承権自体を失うときくらいだ。

 ボクが3位を貰ったことは限られた人しか知らないことだけれど、それもボクがホーリーウッドに戻るまでの話だし関係ないかな。


 その後引き連れたメイドになだめられながら離宮に帰って言ったグリゼルダのことをどうしてあんな風に育ったかなぁと考えながら研究室に戻った。


---


 結局昨日は、ほとんど研究に手もつけずに気疲れした精神を労わる様に神楽とエッラ、エイラと4人でお茶を飲んだりしてだらけてすごしてしまった。

 今日こそはがんばるぞと思って意気込んでいたのだけれど・・・。


 ドンドンドンとノックされた研究室の扉、取次ぎのためにエッラがドアのほうへ向かい扉を開錠する。

 ここは軍事機密になる予定のものを研究する施設なので、かなり高級な魔力錠を施している。

 外からはボクしか開けることができず。

 中から開けることができるのもボク以外では現在神楽、エッラ、エイラ、ジーク、ヴェル様くらいだ。

 取り次ぐために扉のほうへ向かったエッラが何事かを扉の外の来客と話しているが、徐々に声が大きくなってきた。


「申し訳ありませんがこちらの部屋は入室に制限がございます。一旦廊下のほうまでお下がりいただきお待ちいただきたいと・・・」

「なぜか!?余は王子であるぞ!!カリーナ、こじ開けよ!」

「いえ王子、ですが、ここはアイラ姫殿下の研究室ですので、こちらのメイドが言うとおり勝手に押し入っては、皇太子殿下どころか国王陛下直々の叱責を受けるかと思います。」

 と問答が聞こえてくる。


 王子で居丈高で、カリーナというメイドが居るとなると間違いなくグレゴリオだ。

 しかもカリーナもまだ8歳か9歳のはずで、エッラ相手に扉をこじ開けるなんてことは難しいはずだ。

 グレゴリオは幼い頃から気が強く傲慢であったという、あのグリゼルダという母から生まれ、生まれながらにイシュタルトの姓を持っていては、それも仕方なかろうと思わなくも無いが、何はともあれエッラに任せておくのはかわいそうだ。


 ボクは椅子から立ち上がる。

 相手するにしろしないにしろこの部屋の中をあまり見せるわけにはいかないからね。

「エッラ代わろう。」

 今日も研究はすすまないのだろうな・・・と思いながら、ボクは入室しようとするグレゴリオを外に迫り出しつつ扉から表に出ようと試みるのであった。

手元のメモにグレゴリオのお母さんの名前は入っていなかったのでたぶんこれが初めてだと思いますが、もし過去に突発的に名前をつけて出していたら管理しきれてなくてごめんなさい、近いうちにキャラクターリストを追加しようと思います。

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