表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/64

第三・Ⅱ・運否天賦

 飛ぶ身体。弾ける意識。勝者は一人だけで、立てる者はその人のみ。

 誰もがそうだと思い、サウスラーナもまた同様にそうなると思っていた。突き刺さった拳は確かな手応えを覚え、動作も完璧。これで倒れない程彼女の身体は頑強ではなく、殴った感触としては通常の女性よりも少し硬い程度だった。

 であればこそ、サウスラーナは現状に対する正確な答えを引き出す事が出来た。

 いや、少し考えれば解るだろう。只の女よりも硬い程度の肌では何も守る事は出来ないし、それが出来たとしたら間違いなく物理法則を歪めているのは必然。

 故に、起きた事象に一瞬で辿り着く者が居たとしても不思議ではなかった。


「ふ、ふふふ……決まったと思いましたね?」


 突き刺さった腹の上。ナギサはサウスラーナへと微笑みを向けている。

 その顔は痛みを我慢するそれではない。常と変わらずのもので、されど確かな危険性を孕んでいた。

 拳を引き抜き、サウスラーナは後方に下がる。彼女の異常を的確に見抜こうと目を細め、攻撃を打ち込んだ箇所が明らかに攻撃が決まった時点のまま止まっているのが確認出来た。

 ナギサの能力は固定化。何を固定し、どう固定させるのかは不明のままだったが、彼女の姿を見ればある程度の予測は立てられる。

 しかし、それだけだと思うのは禁物だ。反則的であればこれ以上の真似をしたとしても不思議ではないのだから、気にし過ぎて悪いということはない。

 

 壊れたナイフの柄を握り、彼女は内心舌打ちする。

 本音を言えば、能力を行使される前に勝負を付けたかった。それをもって余裕のある勝敗を生み出し、彼女には早々に退場してもらいたかったのだ。女の戦いではあるが、彼の傍に居ようと思うのであれば相応の力が必要になってくる。

 この段階で能力の行使無く呆気なく倒れるのであれば、とてもではないが彼とは並べない。

 つまりこの時点で第一の課題は突破されているのだ。その事実に歯噛みを覚えない筈も無く、彼女の顔には普段とが違う苦みが混ざっていた。 

 その反対にナギサの顔には明らかな余裕がある。これで少なくとも、完全否定をされるだけの理由は消失したのだと目が語っていた。

 ならば、ここから先は通常の比では済まさない。女の戦いも、常の戦いも、諸共全てに全霊を注ぐのみ。

 

「全力で終わらせる……ッ!!」


「やってみなさいなッ!!」


 先とは違う、両者共に死をも狙った戦いが幕を開いた。

 ナギサの狙う箇所は頭、首、胸の三カ所。対してサウスラーナが狙うも同じ。

 武器が無いサウスラーナの方が不利の状況だが、それを彼女自身の技量によって覆す。彼女の槍の間合いは既に把握したのだから、その範囲よりも内側に籠れば上手くは動けない。

 そういった結果を伴った行動は確かな成果を叩き出し、攻撃を当てる回数はサウスラーナの方が多い。

 されど、それで勝負が決まる訳ではない。

 サウスラーナの拳が彼女の顔面を殴り飛ばす。されどその感触は岩の如く硬く、逆に彼女の腕の方に鈍い痛みが走った。

 一瞬のみ生まれた隙にナギサは拳の間合いから離脱し、そのまま槍の先を胸に向けて突き出す。

 サウスラーナはその動作に間一髪で対処するも、胸に当たる筈のそれは腕に命中。只の棒であるとしても、使い手が使い手だ。痺れてしまうのは避けられず、さりとてそれが無くなるのを待たせてくれる相手ではあるまい。


「貴方……阿頼耶を無詠唱で動かしているの?」


 故に時間稼ぎ。僅か数十秒の時間しか稼げなくとも、戦場に向かう決意を秘めている彼女であればそれで十分。周囲の驚愕の反応も釣れれば、彼女自身が話さないなんて真似もしないだろう。

 噂話はする方は楽しいが、される方はあまり楽しいものではない。

 無詠唱で阿頼耶を動かす。それは一見するとどんな意味があるのかと思うような内容だが、知っている側からすれば有り得ないものだ。

 発動自体は出来る。だが無詠唱時のものと比べれば発動した出力は一割か二割が限界であり、また自分の意思を伝えていないからこそ発動時間も酷く短い。

 ならば彼女はその一割か二割の出力で岩石程の硬さを有しているのか――答えは否だ。

 

「発動自体はしていますが――正直我慢もしてますよ」


 確かに表面上は硬い。しかして、その実体は表層だけに留まっている。

 内部への振動はそのまま届き、ナギサの頭部は間違いなく揺れていた。それでも平時のように動いているのは一種の気合や根性といった類であり、或いは愛と呼べるようなものなのかもしれない。

 

「それに貴方とて、もう動かしている筈でしょう?全貌は未だ掴めませんが」


 ナギサの指摘に、彼女は気にするような事もせずに頷く。

 此方もまた発動自体はもうしている。それが認識し辛いものであるというのも解っているからこそ、変な真似をしなければ露見しないだろうとも確信していた。

 しかし、それでは駄目だ。こうして戦いを続ける以上どちらが上かは示さなければならない。

 今後の彼を巡った争いは激化するだろう。その時に多少なりとて優位に立てなければ、最悪権力という一番厄介な要素に飲まれて敗北を喫する可能性があった。

 それに時間自体も押してきている。これ以上の無駄な浪費は避けるべきであるのは言うまでも無く、であればこそ致し方なくとも切り札を見せる必要性は生まれていた。

 

「なら、もうこれで終わりにしましょう。時間も押してきているわ」


 柄を先程捨てた彼女は、無手の状態で構える。

 対して彼女もその提案に乗ったのか、槍を握る手を強めた。徐々に徐々にと空気も変わり始め、大多数の者達は成績優秀者の二名がどんな攻撃を繰り出すのかと期待を寄せている。

 だがと、内心で別の心配をしている三名が居た。

 それはウィンター・ライノール・ノースの三名であり、彼等の顔は普段とは違い眉を寄せた厳しいものとなっている。


「サウスラーナの様子が不味いな」


「公爵令嬢様も随分きな臭い雰囲気だぜ。こりゃもしかすると……」


「教師が介入する前に厄介な事になりかねん。流石に殺生沙汰は勘弁だぞ」


 三人共に彼女達の纏う空気を知っている。

 それは死の空気。もしくは殺意の嵐と言っても良いかもしれない。 

 この試験において殺害は厳禁だ。すれば退学で済む筈も無く、どちらがどちらを殺したとしても相当に暗い未来を背負うことになってしまう。

 そして残念ながら、三人を除いた誰も彼もがそれに気づいていなかった。

 ライノールが内心で観客達に罵詈雑言を言い放つ中、ノースはゆっくりと体勢を整える。

 

「ライノール、ウィンター。最悪の場合はそちらに投げるから受け止めてくれ」


「任せておけ。教師への言葉も用意しておこう。お前では誤解されるかもしれんしな」


 助かる、と短くノースは感謝の意を示した。

 内心に思うのは苛立ちだ。何故、どうして、彼女達はこんな真似をしようとするのか。

 理由は判明している。それを理解もしている。だがどうしても、納得までは辿り着かない。

 己のような男に好意を寄せるなど、まともではない。特に英雄願望を持つような男など、女からすれば自殺志願者にしか見えまい。

 サウスラーナはそれを望んでいたのでまだ納得は出来るが、問題なのはナギサだ。

 彼女の何が琴線に触れたのかが、まずもって解らなかったのである。接触した回数は少なく、話した言葉自体も決して多い訳ではない。

 贈り物を渡し合う仲など断じて無いし、もしもそうであったのであれば悩む必要など無かった。

 一体全体何がどうなっているのか。彼もまた、今という状況に混乱の極致に居た。

 

 だが、そんな彼が納得してくれる時間を用意する程現状に余裕は無い。

 共に確殺の意思を持ってしまった。そして観客はそれに気付かない。教師は嫌な予感を感じているが、まさか貴族界の上位に居る者達が常識を知らぬ筈が無いだろうと高を括っていた。

 その前提は一気に崩壊を見せるだろう。

 既に止められない領域に居るが為に、彼女達は今こそ己の全力をぶつけ合う。

 

「――発動せよ(アクセス)、我が神意(アラヤ)


 ナギサの透き通るような声が響く。

 

「首を跳ね、神を縛り、鎧となりて我が身を守れ。其は最も硬き、愛する石なのだから」


 発動するは防御の意思。

 その源泉は変わらないという決意。ただ彼への愛を忘れず、何時までも恋い焦がれていたい。

 それを成すが為に己は何者にも穢されないのだ。針の一つですらも傷付ける事叶わず、絶対防御の意思にて諦観へと墜ちるが良い。

 人は生きている限り決意を鈍らせる事が幾度となく訪れる。例え誓ったとしても、その誓いを破る事も場面によっては起きるだろう。

 だがしかし、己は変わらない。変えてなるものか、絶対に。

 もしも変わるのだとすれば、それは恋い焦がれた対象と番いになれた時のみ。

 

「我が意を汲め――不壊金剛(Almaz)(ada)(man)意思(tine)


 槍が緑の輝きを放つ。その正体は槍本体に纏う緑の結晶体が放つ輝きであり、これこそが彼女の全力。

 壊れないからこそ諦めない。その意思の強さは並外れたものではなく、そうであるからこそ宝石の輝きは単純な防御性能以上に他者を魅了して止まない。

 あそこには澄んだ清らかな愛がある。純粋であり、強靱な恋が詰まっている。

 誘蛾灯に誘わる蛾の如く、男性達はその輝きへと知らず手を伸ばしていた。それが決して手に入らないと解っている筈だろうに、それでも見果てぬ夢を求めて男達は夢幻を旅するのだ。

 これぞ我が全霊。想いの強さならば誰にも負けはしない。

 見せつけるが如く凛と立つ姿は若いながらも公爵家を率いる素質を有していた。もしも彼女が別の男に恋をしていれば、間違いなくサウスラーナとの間には友情が芽生えていただろう。

 

 否、己が同じ男を好いた同士であるからこそナギサの想いは痛い程理解出来る。

 自分とてそのように真っ直ぐな愛をぶつけてみたい。迷惑に思われるからと、そんな理由で何も行動しないのではなく甘えてもみたい。

 そんな幸運に自分も巡り会いたいと思いつつも、彼という幸運と婚約者になれた事実に彼女は自身の父へと感謝を捧げる。

 有難う、我が父よ。こんなにも素晴らしい人との縁を作ってくれて。

 恩は返せない程に大きい。だからこそ、この幸運に負けない女でいよう。力強く真っ直ぐに、英雄の隣という見果てぬ夢を目指す為に。

 

「響け天運――我が神意(アラヤ)にて世界に示す」


 この良過ぎる運は全て己の父が、彼の父が運んできてくれたもの。

 断じて世界の意思によるものではなく、故にこそ世界の意思に己を左右されなどしない。

 逆に世界に見せつけるのだ。将来の英雄の隣に立つ女は、この私であると。

 何人たりとて邪魔はさせない。最後に勝つのは自分で、最後にあの人と笑い合うのも自分だ。それこそが彼女が敷く、彼女独自の基本法則。

 世界の意思側からの恩恵は非常に少ない。発動に必要な材料を揃えただけであり、肝心の意思力については全て彼女個人から捻出しなければならないという不安定さがある。

 しかして、それを支えらえる程の何かがあれば世界という一つの法則下に新たなる法則を書き込めるのだ。

 

「運命を操る舵よ、今こそ我が身に全てを任せよ。球体は四角となり、羽の生えた靴は脱ぎ捨て、底の無い壺には新たに底を設けよう。逃げる幸運をその手に掴んで離さぬ為に、我は神としての姿を捨てる者也」


 発生した事象は運気操作。

 己の意思で好きな確率を引き出し、如何に低い確率であろうとも高確率へと変動させる。

 不可能を可能に変える事までは出来なくとも、那由他の果てにあるような砂粒程度の確率を手元に引き寄せる事は出来る。それは正しく神の御業であり、世界とは別の異なる場所の法則であった。

 彼女を中心とした最大数百キロが全て射程圏内。よって逃げる事は転移でもない限りは実質不可能。

 突破するには彼女に勝つ確率を十割にせねばならず、それは今のこの学園の生徒では不可能であった。

 運も実力の内という言葉をそのまま形にしたのが彼女の異能だ。

 

「見るが良い。これぞ我が世界――運命の輪(Wheel of)幸運よ来たれり(Fortuna)

  

 両者互いに、これで出せるカードは全て出し切った。

 発生した事象の副次的効果として彼女達は各々世界から大なり小なり力を与えられている。その関係上既存の肉体性能を大きく上回る程の力を有し、更に意思力次第では上昇していく。

 己こそが一つの世界だと豪語する者。己の意思は世界に訪れるあらゆる災厄に負けないと豪語する者。

 同じ人間でありながらもあまりの存在感の違いに、生徒全員は息を呑んだ。

 これこそ人の限界。それを見せつけられたようで、自分達の努力を木端微塵にされたような感覚を抱いた。

 勝てないと誰もが無意識下に畏れを刻まれる。

 視線が此方を向いたと考えるだけでも足が震え。吐息の一つでも身体に掛かればその部位が死体の如く凍えてしまう。正しく人が立ち向かうべき相手ではなく、しかしてあまりの恐怖故に視線を動かせない。

 見ていなければ何時の間にか死ぬのではないか。

 女の匂いに釣られて首を落とされるのではないか。

 そういった不安が渦を巻き、誰もが興奮していた己に罵倒する。ただ早く終われと思うばかりで、それ以外の一切に思考を費やす事が出来ないでいた。

 

 その中で、二人は互いの意思を衝突させる。

 負ける気は絶無。そも、他者を恐慌の域に到達させるような人間が既に普通の精神性を有している筈が無い。自殺者が出ないだけこの状況は比較的マシである。

 されど今、この場でどちらかの死体が生まれようとしていた。教師も事ここに至って最悪の状況であると悟ったが、その足は恐怖によって一歩も動かせない。

 生物としての格が違うのだ。此処で動けるのは、それこそ同類しかいない。

 

「一撃よ――」


「はい、一撃です――」


 互いに最後の一瞬に全てを注ぐ。

 時間も残り十秒。これを逃せば引き分けという微妙な結果に終わってしまう。

 力を込め、己の意思を高め続け、相手の隙を伺い続け――――全ての準備が終わった刹那に彼女達は流星と見紛う程の輝きを纏いながら一直線に突き進んだ。

 ナギサは心臓を、サウスラーナは首を、各々狙った箇所へと近付き落とすと決めている。

 最早一秒という時間すら生温い。彼女達にとってはそんな時間すら短く感じるだろう。

 全てが灰色に映るような世界で――今彼女達は互いにぶつかり合う。


「――そこまでだ」


 誰もが爆発を予想したその瞬間、一人の男の声が彼女達の中間で響いたのであった。

次回はいよいよ主人公です!こちらも最低でも二話構成になると思います。

それとなのですが、前回でもお気に入りしてくれた方、非常にありがとうございます。一つ入るだけでも小躍りしそうになるくらい嬉しいですし、書く気力も湧きますね。

これからもどうぞお読みいただければ幸いです。それではまた次回で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ