御前会議
御前会議
1941年12月1日。宮中で御前会議が開かれ、大日本帝国は対米開戦を正式に決定した。
泥沼化した中国での支那事変。そしてそれを打開するはずだった仏印進駐。しかしそれがもたらした米国との決定的な決裂と石油・くず鉄の全面禁輸。日本は追い詰められ対米開戦を決断したのだった。
開戦が正式に決定した直後、忽然と分厚い本が陛下の眼前に現れ、ドズンッ!という音と共に陛下が就く机に落下した。
突然の出来事に、御前会議に参加していた者達は声もなく息を呑み、陛下の机の上で落下の拍子に開いた分厚い本に注視した。
「へ、陛下っ!危険です!」
御前会議の場はたちまち騒然となり混乱する中、お諌めする間もなく陛下は開いた本の中をご覧になられていた。
「危険なきごとし。何者かの意図あるを覚ゆれども、日本にとりて天佑神助となり得る可能性あり。卿らも覧じてはいかがであろうか」
陛下が分厚い本をパラパラと捲る手を止め、御前会議参加者に促した。
一同あっけに取られながらも、陛下の御言葉通りにその本を閲覧した。
その分厚い本は『枢軸型録通信販売』と題されており、一見普通の分厚い本のように見えたが、忽然と現れた事から尋常の本でないことは確かだった。
型録は、総天然色の挿絵と品目ごとに金額や簡単な解説などが書かれたものであり、冒頭には次のようなことが書かれていた。
この枢軸型録通信販売は、絶対に勝てない対米戦争に臨む大日本帝国へ向けた、兵器・戦略物資などを即座に届けるものである。
型録に掲載されている物は、別の世界線の枢軸国が開戦から終戦までに開発・生産・輸入できたものである。
品目の中から希望の商品を選び、名称と数量、詳細な届け先を紙に記入し、その注文書と商品代金の上に型録を載せることで注文は完了する。
支払いは現金のみであり、政府小切手は使えない、お釣りも返ってこない。
数量に制限はないが、注文受付は1945年8月15日の正午までである。
この型録を活用し、絶望的な対米戦争に勝利して欲しいと締めくくられていた。
俄かには信じられない話であり、別の世界線というのが何なのか謎ではあったが、型録を試すのは簡単であったため、この場に出しても問題がなく、手品などでは出し難い大きさがある九○式鉄帽が購入されることになった。
「本物だ…」
どよめきと共に誰かの呟きが室内に響き、枢軸型録通信販売の本が正真正銘本物である事が証明されたのだった。
そこからは侃々諤々と皆が意見を交わし、どの兵器・戦略物資を購入すべきか議論が白熱していった。
型録には、航空機やエンジン、電探や通信機、艦船や車両、銃砲や弾薬など多種多様な軍需品が載っており、戦艦から軍手まで幅広く取り扱っていた。そして、工作機械、機械油や潤滑油、工業用ダイヤや各種資源といった様々な戦略物資も取り寄せが可能であった。
一体どんな存在がこの型録を送りつけたのかは分かろう筈もないことであったが、目的ははっきりしていた。
それは、大日本帝国をアメリカに勝たせるためであった。
これ程までの梃入れをせねばならぬほど、アメリカという国家は強大であるという証左であった。
一同が型録を回し見ていく中で、陛下が海軍の特攻兵器に険しい表情をされる場面もありつつも、議論は進んでいった。
これでアメリカに確実に勝てると陸海軍が息巻く中、陛下がポツリと御発言なされた。
「購入可能な資源の中に石油も見出さるるに、なおも、対英米開戦の要有りや?」
その御言葉を聞いた面々は、一同沈黙するのであった。
お読みいただきありがとうございます。
枢軸型録通信販売を活用する、五つの世界線を書いていきます。
1941年12月1日
1941年12月8日
1943年1月4日
1944年7月22日
1945年4月7日
上記の日時にそれぞれカタログが現れます。




