自らの意思
――人が死んだ。
鈍い音とともに、目の前で女性の体が宙を舞う。
避けられるはずがなかった。
そう思った、次の瞬間。
――世界が、巻き戻った。
「……は?」
気づけば、俺は数秒前と同じ場所に立っていた。
夜の道路。赤信号。静まり返った空気。
さっきと寸分違わない光景。
違うのは、俺の中に残っている“記憶”だけだ。
反対側には、ヘッドフォンをつけた女性。
そして遠くから、トラックのエンジン音。
――同じだ。
さっき見た光景と、まったく同じ。
心臓が嫌な音を立てる。
これは偶然じゃない。
「おい!」
反射的に叫ぶ。
だが、女性はこちらに気づかない。
さっきと同じだ。
だったら――
俺は一歩、前に出た。
その瞬間、頭の奥で何かが軋む。
視界の色がわずかに薄れ、音が遠のく。
世界が、ほんの一瞬だけ“コマ送り”になった気がした。
――来る。
女性が前に出る。
トラックのライトが迫る。
今度こそ。
「どけッ!」
体が悲鳴を上げるのも無視して、俺は飛び込んだ。
女性の肩を思いきり突き飛ばす。
次の瞬間。
衝撃。
視界が白く弾けた。
――ああ。
倒れたまま、空を見上げる。
夜の街灯が滲んで見えた。
体の感覚が、どんどん遠くなる。
……助かった、のか。
視界の端で、女性が倒れ込むのが見えた。
トラックは急ブレーキで止まり、運転手が慌てて降りてくる。
よかった。
その一言だけが、頭に浮かぶ。
――そのとき。
音が消えた。
ざわめきも、足音も、すべてが途切れる。
まるで世界から音だけ切り取られたみたいに。
そして。
空間が、歪んだ。
目の前の景色が、ガラス越しに見るように揺らぎ、
街灯も、道路も、人も、すべてがわずかに“ズレる”。
「……なんだ、これ……」
声を出したはずなのに、音がない。
代わりに、耳の奥で高い金属音が鳴り続ける。
「――驚いたよ」
いつの間にか、目の前に“誰か”が立っていた。
人の形はしている。
だが、はっきりとは見えない。
輪郭が曖昧で、まるでこの世界に馴染んでいないみたいに浮いている。
そいつは、俺を見下ろしていた。
「何の力も持たない人間が、“結果”を変えるとはね」
――結果?
「……今、君は“死ぬはずの未来”を、別の形にした」
淡々と、そう言う。
理解が追いつかない。
だが一つだけ、はっきりしていることがある。
――俺は、さっき。
“変えた”。
「……これは、本来ありえない」
男はわずかに首を傾げた。
「記録にない変動。予測外。例外……」
その言葉の意味は分からない。
でも、本能が警告していた。
これは、関わってはいけない存在だ。
「まあいい」
男は興味を失ったように呟く。
「これは慈悲じゃない。君はただ、巻き込まれただけだ」
一歩、近づいてくる。
逃げようとするが、体が動かない。
まるで世界そのものに固定されたみたいに。
「それに――少し、退屈していたんだ」
男の手が、俺の顔に触れる。
冷たい。
感触があるのに、現実感がない。
「だから、これはほんのお詫びだ」
視界が、暗く塗りつぶされていく。
「また――書き換えにおいで」
その言葉を最後に、意識は深い闇に沈んだ。
――そして。
目を開けたとき。
そこは、知らない空の下だった。
私が受験生のため投稿頻度は不定期になってしまいますが、気長に待っていただけたらと思います。
これからどうぞよろしくお願いします。




