第九幕 死闘
彼を壁画の部屋へと案内した時、私は安堵していた。
思わず、安心してため息をつくぐらいには。
なぜなら、いなかったから。
――竜が。
前に竜を見たのはこの部屋が最後だった。
あの竜はこの迷宮の番人なのだ。
どこにでもいるし、どこにでも現れる。
今まで会わなかったのは運でしかない。
出会ったら終わり。
どこに行こうが行くまいが、出会うときは出会うし、出会わないときは出会わない。
この迷宮の大きさを考えれば、合わない確率のほうが高いとまで言える。
彼に伝えなかったのは希望を捨ててほしくなかったから。
まあ、彼ならそこまで悲観的になることもないのかもしれないが、念には念だ。
知らなくていいのなら知らないほうがいい。
その時はそう思った。
知ったときは、死ぬ時だから。
だから、伝えなかった。
こうして、出会ってしまってから、伝えといたほうがよかったかなと思った。
そもそも、出会わないように彼を導くのが私の仕事だ。出会ってしまったのは私のせい。
本当に――本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だから謝った。
「ごめんね。――少年。本当なら、こうならないために私がいるのに。私が欲張ったばっかりに――本当に――ごめんなさい」
謝ったら、少年はとても悲しそうな顔した。
あまり――表情に変化のなかった彼が。
悲しそうな顔をしたのだ。
さらに申し訳ないと思った。
重い音が部屋の入り口で響く。
急に、背後の気配が濃くなった。
もう二度と、見たくないと思っていたのに。
また見なければいけないのか――。
私はゆっくりと振り返り、その姿をしっかりと視界に収める。
――厄竜。
食物連鎖の頂点に存在する竜種、そのなかの一つ。
理性を持たず、あらゆる生命を狩るためだけに存在する。
その巨大な体躯を持ちながらも小鳥のように素早く、あらゆる猛獣よりも強い力を振るう。
盾よりも強固な鱗に覆われ、矛よりも鋭利な爪と牙を自在に振りかざす。
人など紙切れのように切り裂かれる。
暴力。
ただそれだけがこの怪物を突き動かすのだ。
帝国の優秀な理術師、数十人がかりでやっと対処できるようになる。
そんな存在。
まだ、真武の基礎を少し使えるようになった程度の少年にどうにかできる相手ではないのだ。
それが例え、基礎の威力ではなかったとしても。
厄竜相手では意味を成さない。
相手が悪い。
悪すぎる。
吸い込まれそうなほどの、その漆黒の鱗を太陽苔の光が静かに照らす。
一つ一つが必殺の武器となりうる、鋭い牙が並んだ口。
その口から、重低音を伴って浅く息が漏れた。
まるで、獲物を前にして興奮を隠せないかのように。
突如。
予備動作もなく、厄竜は地面を蹴った。
私のほうが竜との距離は近い。
しかし、私のことなどいないかのように素通りし、
まっすぐ、少年に向かう。
一瞬だった。
私も少年も声を上げる暇もなく、竜の爪は少年の腹を切り裂いた。
切り裂かれたその腹を塞ぐものはない。
なんの弊害もなく、彼の身体を生かしていたはずの膨大な量の血が噴き出す。
支えるものがなくなったかのように、ふらりとそのの体が揺れたあと、少年は地面に仰向けで倒れ込んだ。
傷口から滝のように流れ出る。
命のかけらがどんどんその体から出ていく。
その血をとめるものなどない。
待っているのは確実になった死、ただそれだけだ。
あたりを真っ赤な色が染めていった。
きれいだった床も、壁も、そして竜も。
グルル……っと、一つ満足感を得たと言わんばかりに、竜は喉を鳴らした。
そして――私の方に顔を向けた。
―――っ!
なぜっ!?
気づけないはずなのに。
私のことをはっきりと認識できるのは……それこそたった今、壮絶な死を遂げた少年だけのはずが……。
まさか……マナか?
この竜は私と同じようにマナが見えるのか?
疑問と驚きが脳内を駆け巡る。
次いで、言いようのない怒りがふつふつと湧いてくる。
私までもを殺そうとしてくる目の前の厄災に、
たった一つの希望だった少年を殺されたことに、
抗えない理不尽に、
世界の裏切りに、
――この期に及んで、何もできない自分に。
私は少年に言った。
何回かは守ったあげられるかも、と確かに言ったのだ。
いつから、
いつから私は約束も守れない奴になった――?
この体なってから久しく感じていなかったはずの激情が、全身を支配する。
怒りという激情が。
「クソったれっ……」
この状況で言葉を発することがどれだけ危険かは分かっている。
だが、それでも悪態を吐かずにはいられない。
案の定、厄竜は私が発した声に反応したのか、その獰猛な瞳をさらに眇めてこちらを睨んだ。
見えていたわけではないのか……。
そう思ったと同時に、竜は少年を殺した時と同じようにその爪を振り被って、跳んできた。
確実に狩る、と言わんばかりの攻撃だ。
だが、こちらも素直にやられてやるわけなどない。
どうせ殺されるなら、命を削ってでもこいつを。
こいつを殺してやる!
何度もやったことだ。
何十年も修行を積んだ、その成果を今、
――ここでぶつける。
一度、深呼吸し、
マナを自らの手に集約し、型を作る。
作るのとほぼ同時にマナを流し込む。
祈りは省略する。
それでも十分な威力になるから。
さらに、印も省略してみせる。
そして詠唱。
「罪には罰を――混合、風裂、《絶対聖槍・風牙》」
手のなかに集約された膨大なマナが輪郭を持ち始める。
万物を穿つ風属性の上位奇跡「風裂槍」と、私の所有する、あらゆるものを阻む恩寵「絶対聖域」を、幾度の実験の末に融合させた、オリジナルの理術。
私が使える理術の中では一対一のデュエルにおいて、最強の技。
それを極限の集中力により、普通ではありえない速度で詠唱を完了させた。
私の手の中に形成されたのは、黄金に輝く風を纏った槍。
これを放てば多分、――私は消滅する。
だが、悔いはない。
今ここで、こいつを倒すことが私にできる唯一の償いなのだ。
私を信頼してくれた者たちへの、償い。
最後に――英雄としての矜持を全うできるのだ。
――悪くない。
幸い、竜は自ら逃げ場のない空中へと跳躍した。
確実に、一撃で仕留めるための動きなのかもしれないが、これは私にとってはチャンスだ。
そのチャンスを逃すわけにはいかない。
死ぬ覚悟など、既に終わったことだ。
どうせあの時、死んでいた命。
今更、迷いも逡巡もない。
ここで果たせるなら本望だ。
私は憂いを払うように、これが最後の一振りになるだろうと確信しながら、全身全霊の一擲を憎き竜に向かって放っ―――
――放てなかった。
目の前に跳んで迫ってきていたはずの竜が、
途端に目の前から消えたのだ。
刺し貫くべき目標を見失い、手に持っていた光の槍が急速に崩れていく。
発動までに至らなかった理術のマナが元の持ち主である私に返ってくるのを感じた。
そして、遅れて理解する。
いや、正確には理解できなかったというのが正しい。なぜなら、
―――私の背後から飛び出した「何か」が目にも留まらぬスピードで目の前の竜を壁際まで吹っ飛ばしたということを理解したから。
空中にいたはずの竜。
その獰猛に眇められていた目に、今はレイピアが突き刺さっている。
――そう。
少年の傍らに落ちていたはずのレイピアが。
そのレイピアを握りしめ、今もなお、奥まで突き刺そうと力を込めるのは、
―――死んだはずの少年であった。
野蛮だった。
少年と竜の闘争はなんとも野蛮な戦いだった。
竜が、ではない。竜と少年が、である。
そもそも、少年が竜と戦えているという時点でおかしい。異常だ。
戦えるような戦力差ではなかったからこそ、少年は竜に瞬殺されたのだ。
というか、彼は死んだのだ。
間違いなく、あの怪我では何秒と持たずに死に至るはずだ。
それなのに、それなのにである。
少年は今、竜と渡り合って戦っている。
私は目の前で起こったできることが全く理解できずに立ち尽くす。
脳が視界の情報をうまく処理できない。
なんだ。
なんなのだ。
現実……なのか。
むしろ、夢の中のほうがまだ現実的だ。
今の私にできることは彼の死闘をこうして眺めているだけだった。
私が、跳んで来た竜に向かって、最後の術を放とうとしたその時、少年は既に立ちあがっていた。
そして、ありえないスピードで、空中を移動する竜の目に、傍らのレイピアを拾って突き刺した。
――竜に切り裂かれていた少年の腹は完治していたわけではなかった。
ただ、血は止まり、神経が伸び、筋肉が少しづつ再生され、皮膚が生まれていく。
そんな様子が、見て分かる。
聖属性奇跡の回復術とは明らかに性質を異にする「回復」が少年の腹を徐々に元へ戻していく。
――ありえない。
だが、これは現実。
私は、奇跡の生還を遂げた少年を見た。
少年の握るレイピアは深くは刺さらなかったらしい。もし、深く刺さっていたら、それは竜の脳まで届く。
そうなれば、少年の勝ち。
……わかってやっているのだろうか。
……彼は自分の行動を理解しているのだろうか。
その選択は――あまりにも的確すぎる。
少年がもっとも竜に勝てる確率が高い選択肢は、
落ちているレイピアを拾い、覚えた身体強化を使って爆発的に加速し、死んだと思って油断している竜が、空中にいるタイミングで突貫し、最初の一撃で、レイピアを脳に届かせ、殺すこと。
あまりにも、正しい。
さっきまで死んでいた人間とは思えないほどに、その選択は正しい。
どれだけ、戦場に慣れている歴戦の戦士でも、その選択をとることは難しいはずなのに。
彼はそれをやってのけた。
だが、そこまでして、少年の剣は竜を殺すまでには至らない。竜はレイピアが刺さった瞬間、瞳を閉じた。ただそれだけ。だが、それもまた的確だ。
竜ともなると瞳を閉じるだけで、その剣の進行を食い止められるほどの力はある。
そして、実際止まった。
少年は竜をこの時、殺すことができなかった。
少年は動かなくなったレイピアから手を離さざるを得ない。
一発で仕留めきれなかったのは致命的だ。
武器を失うことになる。
竜は少年がレイピアから手を離したのをみて、すぐさま目から引き抜く。
片目は潰れた。
だが、それだけだともいえる。
片目がなくなっただけで、竜が少年に負けるということはない。
しかし、一度殺したはずのものに目を潰されたこともまた、事実。
怒り、だろうか。
あるいは、焦りか。
獲物としか認識していなかった存在に殺されかけた、その怒りを含んだ咆哮を、竜はあげた。
生き物から出たとは思えないほどの風圧が、鼓膜を震わす。
直後、竜は少年に踊りかかった。
やはり、速い。
竜の爪は縦横無尽に少年に襲いかかる。
さっきまでの少年であれば、何度も殺されているであろう、必殺の嵐。
だが、少年はすんでのところでその攻撃を躱していた。
確実に『それ』を扱う技術が上がっている。
今もなお、上がり続けている。
今のところ少年が使えているのは、真武の基礎である身体強化と見たこともない回復術。
ついさっき理術を知った人間の動きではない。
なのに、今は防戦一方になってしまっていた。
当たり前だ。
本来、竜と単騎で殺し合う人間などいない。
それだけ、竜は強い。
竜の猛攻は止まらない。
だんだんと竜のほうが、少年の動きに対応し始める。
はじめは竜の爪撃をかわしていた少年も、徐々にかすり傷が増えていく。
そしてついに、深い裂傷が少年の肉体に刻まれていく。
腕や足がどんどん血だらけになる。
――これ以上は、見ていられない。
何か声をかけなければ。
「少年! 隙を作ってくれたら、私がまた槍を――」
私と少年の目が合う。
少年が声に反応してこちらを見た時に
その目をみた。
そして、気づいた。
少年は――竜と同じ目をしていた。
獰猛な目を。
まるで、少年が少年でないかのような――。
そして、何より笑っていたのだ。
この状況で、少年は――戦いを楽しんでいた。
血だらけになりながら。
――狂気だ。
彼は今、変わってしまっている。
多分、竜に殺された時に生まれてはいけない「何か」が彼の身体の中で生まれてしまったのだ。
今の少年は本能のみで動いている。
野生の勘だけで竜と渡り合っている。
これじゃあ、どっちが化け物だか、わからない。
なぜ、そうまでなって戦えるんだ?
私の内に悲哀が満ちる。
その時、竜の爪撃をかわしきれずに、少年が真上に弾き飛ばされた。そこを狙って、竜は少年を噛み砕くべく、その大きな口を広げる。
少年は空中にいて逃れることができない。奇しくも先ほどとは逆の展開になる。
なすすべなく、無数の牙が少年の身体に突き立てられた。
ここまで、奇跡を積み重ねてよみがえった少年でもさすがに無理だ。
竜の顎から逃れることなどできない。
バキッと骨の折れるような音が響く。
ああ、ついに少年が竜の餌食となって飲み込まれてしまう、
そう思った時。
少年のなかの『それ』が、明確にその形を変えた。
私はその変化を見たことがあった。
少年の中の『それ』を活性化させようとした時だ。
少年に自覚させるべく、私がマナを彼の中に流し込んだ際、少年の『それ』はその形を変えた。
私は生まれたときから、マナの流れが視えた。
これは奇跡でも理術でもなんでもなく、ただの体質だ。ご飯を食べれば、眠くなるように。愛する者に抱擁されたら、安心するように。当たり前にマナが視えた。その分、視えていることに気づくのも遅くなったが。
だから、少年の『それ』が私のマナを「喰った」時も、私はその様子をしっかりと視えていた。
本来、マナとかオーラというのは、サラサラな水のようなものだ。森の奥でたった今、湧き出たばかりの純水のような、そんな感触をしている。
だが、少年の『それ』は違う。
こっちから近づけば、掴みどころがないのに、あっちからは幾らでも飲み込んでくる、そんな感触。
もっと曖昧で、常に何かを欲しているかのように、少年の体の中でぐるぐると回っている。
そう。
いわば、何もない空でモクモクと膨れ上がり、内側に大質量の力を宿し、近づくと雨やら雷やらを落としてくる、「雷雲」のようだ、と私は思った。
私のマナを喰ったときも、いい栄養があっちから来た、と言わんばかりにすぐに飲みこみ、そして一回り大きくなった。少年自身が気づいていたかは定かではないが、成長したのだ。雲が。
そして今、竜の顎で噛み砕かれ、喰われかけている少年の中の『それ』が、再び動き出したのを視た。
身体に突き立てられた無数の牙から、少年の『それ』は竜の中へと侵入していく。
そのまま、あのときと同じく、竜の内にあるマナを喰い始める。侵食していく。
『それ』が自ら動き、竜の命を削り取るかのように、竜のものを自分のものとして吸収していくかのように。
その初めての光景をこうして眺めて、私は場違いにも、「美しい」とそう感じてしまった。
確かに野蛮だ。
無理やり他者のものを奪っているのだ。
野蛮であるのは確かだ。
だが、その中にも確かに美しさがあった。
野性的な美しさ。
根源的な生命の神秘。
そうか人はこんな事も出来たのか、という感動。
それらが私のなかに広がっていく。
私が場違いな感動を覚えている間にも、目の前の闘争は着々と進んでいく。
ついに。
竜は少年から口を離した。
体の中のマナを喰われている事に違和感を覚えたのだろう。
喰っていると思っていたら、竜のほうが喰われていたのだ。
竜からしても初めての体験のはずだ。
グチャッと、身体を穴だらけにした少年が地面に落ちる。またしても、大量の血を流しながら。
最初に、竜に切り裂かれた事も含めると、人間が流していい血の量をとっくに超えている。
だが、それも今なら分かる。
『それ』が作り出しているのだろう。
血を。
ふと――気づいた時には、塞がっていた。
あれだけ体中に空けられていた穴が、既に完全に塞がっている。
この様子だと、粉々に砕け散っているはずの骨も、もう治っているのかもしれない。
少年は、自分が作った血溜まりからゆっくりと起き上がった。
さも、当たり前のように少年は立ち上がる。
痛かったはずなのに。
すでに何度死んでいてもおかしくないのだ。
とっくに精神が壊れていてもおかしくない。
それなのに――それなのに少年は立ち上がる。
体は治っても、心までは治らない。
普通なら骨だけでなく、心もとっくに折られている。
そのはずなのに、少年はゆっくりと、だが確固たる意志を感じさせながら、立ち上がる。
君は――なぜそんなに強いんだ。
私がバカみたいじゃないか。
自分の命を犠牲にして全て終わらそうとした私が。
なぜ――君はそこまで強く生きられるんだ。
少年の顔にはもう笑みはなかった。
そこにはもはや、絶望の覇者である竜にすら、覆せない「決意」だけが残っている。
先程までの野性的な眼も今は鳴りを潜め、その眼は静かに、鋭い意志を突きつける。
暗い夜空を照らす、一つの星のように。
鋭利な光と確かな熱を宿したその瞳は、竜を見据えていた。
竜が低く唸る。
今、竜は少年を敵として認識したのだ。
ただの獲物でしかなかった弱者から、
命を脅かせうる「脅威」へと。
――ッ!
瞬間。
少年の『それ』が目を疑うほど、膨れ上がる。
思わず身震いするほどの超質量の衝撃が広い部屋のなかに渦巻く。
そうか――
吸収したマナは普通のマナではない。
竜のマナだ。
今この瞬間、少年が持ち得る力は神聖騎士にも匹敵する。
それほどにも大きな波動が私にも伝わってくる。
少年の体外に漏れ出した『それ』は、青白い光を伴う煙のような形をしていた。
あながち、「雷雲」という表現は間違っていなかったのだと私は思った。
まるで、――蒼い嵐だ。
竜もその波動に当てられて、感じるものがあったのだろう。
今までのどの攻撃よりも速く、鮮烈な動きで少年に突っ込む。
単純な動線。
しかし、もっとも力を乗せられる動き。
少年を最初に殺したときと同じ攻撃だ。
だが、今の少年もあの時より、遥かに異質。
少年は近くに落ちていたレイピアを手に取った。
最終局面になる。
咄嗟に私は理解する。
竜の爪は少年の頭部を正確に狙う。
明確な殺意の籠もった一撃。
その爪の先が少年の脳を貫かんと迫る直前、
少年は上へ飛んだ。
上へ飛んだだけでは、むしろ失策だ。
再び竜に食われることになる。
竜もそれをわかっているのか、先ほどと同じく、その大きな口を広げ、噛みつかんとする。
しかし、少年は想像以上のスピードで跳躍していた。速度がでる、ということはそれだけ推進力も加わる。
少年は――天井を蹴った。
それなりに広い部屋の天井へと達した少年は、真下の竜めがけ直下する。
その手にはレイピア。
少年と竜は互いの命を賭けて、閃光を散らしながら、――ぶつかった。
少年と竜の勝敗を分けたのは、何だっただろうか。
戦況を見極める観察力か、
単純なスピードか、
あるいは力か、
はたまた精神力か、
答えはどれも否だ。
――生への切望。
それが勝敗を分けた。
今まで負けることなどなかったであろう竜は、生まれたその時からすでに、最強種としてこの世に存在した。自分が負ける姿など想像すらしていなかった。
だから――判断を誤ったのだ。
―――少年は、竜の背に静かに立っていた。
その背には突き立てられたレイピア。
少年と竜の周りを、神秘の残滓である蒼い煙光が燻っている。
竜の無数の牙は少年に届かず、
少年のたった一本の牙が、
竜の心臓に届いたのだ。
少年の体から立ち上る『それ』が収まっていく。
完全に収束したあたりで、少年は急に力が抜けたように倒れ込んだ。
慣れない力を酷使したからだろう。
気を失ってしまったらしい。
――よかった、本当に。
彼が死んでしまったら、私は私を殺しただろう。
本当なら私が助けて上げる予定だったのに。
逆に、私が助けられてしまった。
ついさっき別世界から来た、まだ何も知らない少年に。
「君は――私なんかよりも、よっぽど英雄だよ」
やっかみではない、純粋な感謝と感心から出た言葉だった。
私は、いまだに漂っている薄光の間を進み、少年のもとへ近づいていく。
私にできることは、彼が起きるまで、その体を優しく抱きしめてあげることだけ。
いざ抱えてみると、その体は自分が思っていたよりもずっと、小さく感じた。




