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魔の巣食う校舎で私は笑う  作者: 弥生菊美


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40.因果応報


 

 友人二人を殺めた自分に最早何も恐れるものなどない。どんな事も乗り越えられると思った。皮肉なことに、自信がついたのだ。発覚を恐れもしたが、それよりも野心の方が強かった。大学にパイプを持つ初瀬家の婿になり教授まで上り詰めた。自分には自責の念などに駆られている暇などなかった。二人を殺めた以上の人間を救えば償いになる。十分すぎるほどの償いを自分はしているのだ。だからこそ自分の人生は順調に進んでいる。そう思ってきた。だが、定年を直前に理事と言う立場も約束され、ようやく頂上まで上り詰められる。そう思っていた矢先に突き付けられた沼田からの、医局費の不正利用、医局員へのパワハラと論文の捏造について、そんな事、何を今更?と思った。


 提示されたのは佐々木を教授選から落とせと言う話だった。佐々木が次の消化器外科の教授になれば、自分の駒として今まで通り消化器外科を動かせるが、沼田は意に添わぬ指示は全て拒否するだろう。今までも、沼田が自分に反論することがあったが、沼田の替えの利かないオペの腕と、多少吠えるくらいの犬など意に返さない。というアピールとして、本院に残してやっていたが、自分は意見しても排除されない特別な人間と、ずいぶんと勘違いをしているようだ。佐々木が医局長になれば、辺鄙な病院へと飛ばすつもりだった。


 自分は友人の死を無駄にしないために、上に上り詰める努力をしてきたのだ。贖罪代わりに数えきれないほどの患者の命だって救ってきた。なのに、そのすべてを、私の友人の死を無駄にしようとする沼田が許せなかった。


「お前が何を言ったところで、次期教授を決めるのは私ではない。この大学でのすべての決定権は理事長だ。私を脅したところでどうにもならない。無駄なことをして自分の立場を悪くするな沼田」


「教授と理事長は親しい間柄だ。教授の意向を伝えれば、どうとでも変えられるのでは?それと、自分の立場などこれ以上悪くなりませんよ、教授にとって私は既に切り捨て要員、使いづらい駒でしょうから」


「はっ!よくわかっているじゃないか、これ以上話をしても無駄だ。

まったく、こんな深夜まで実りのない話をしていたとはな、私は帰るぞ、二度とくだらない話で私の時間を潰すな!」


 そう吐き捨てるように怒鳴り、医局の安い灰色のソファーから立ち上がれば、沼田もそれに合わせるように立ち上がる。ソファー横にある流し台を見れば、包丁が出しっぱなしで誰が使ったのか梨を切ったものの途中で止めたような形跡のシンク、既に茶色くなっている。よく見ればシンクの中には食べ残して捨てたであろうラーメンが汚らしく残っている。


「おい沼田、何だこの汚い流しは、医局秘書は……忌引きだったな……。

研修医か助教にでも掃除させろ!あぁ、丁度いい……使えなさそうな奴にやらせろ。使えない奴は外科にはいらない。オペとは関係ない仕事をさせて、自ら辞めさせるように仕向けろ」


 だが、うんともすんとも言わない沼田を不審に思い「また反抗する気か?」と振り返れば、大きく深呼吸をした沼田がこちらを見据える。


「教授……今すぐに出来ないことも、根気よく教えれば花開く者もいます。努力を怠らず忍耐のある若い者もいます。怒鳴り萎縮させ、追い込んで過重労働させ病ませて辞めさせる。これ以上あなたが若い医師達を潰すことは許せない。佐々木はあなたの分身のような気性だ。あれが教授になれば今まで以上に心を病む医局員が増える」


「はぁー、その話は終わりだと言っただろ!」


「教授、教授の旧姓は日野でしたね」


「は?何だ急に、それがなんだ?今の話の流れで何の関係がある?」


「教授は研修医時代にご友人を二人亡くされている」


その言葉に一気に全身の血が下がるような気がした。


「そうだ……。痴情の縺れからの無理心中だったか?そんな話を蒸し返して、それがなんだ?」


「私の父はあなたの事をよく覚えているそうです。その二人が失踪した日に、この建物の1階で女性の声と階段から何かが転がり落ちるような音を、そして階段を見ればあなたが立っていたそうです。何事もなかったような顔をして……」


「父……」


その瞬間に、蓋をしていたあの時の記憶が一気によみがえる。


「まさかっ……消化器内科の准教授が……」


 あの時の准教授が沼田の父!?顔は知っていたが名字までは知らなかった。自分が外科に入局した後、そう言えば一度も見かけていなかった。


「そうです。父はあの事件を知って、当時の教授と理事に報告をした。

ですが、父に出された選択肢は医師の道を断たれるか、口をつぐむ代わりに港区野島総合病院の院長の席に座るかの二択を迫られた。選んだ道は言わずもがなですよ……。私もまだ学生でしたので、父が出世したくらいにしか当時は思っていませんでしたが5年前、父が亡くなる直前に先ほどの話を聞かされました。ずっと悔やんでいたと、命を救うはずの医師が己の保身のために二人の若い研修医の無念を晴らせなかったことを、ずっと悔いていたと……。その時に、私がこの大学の外科に入局することに父が猛反対したのかも合点がいきました。父は気が気じゃなかったことでしょうね……」


手汗が滲み始める手をきつく握りしめて、焦りと動揺を抑える。


「はははっ、何を言い出すかと思えば、まさか君の御父上だったとはな、しかしあの日、研修医の私は雑用をやらされていただけだ。無関係だ。お父上の考えすぎだ。」


「勘違いであるのなら、なぜ大学は口を閉じるように言ったのでしょうか?言えば潰すと脅しまでかけて、勘違いであるならばそこまでする必要はなかったのでは?」


「考えればわかるだろ。無理心中だったのを勘違いの証言で殺人だったのでは?などともなれば、警察も世間も大騒ぎだ。大学の名が不名誉な形で世間に広まるだろ。くだらん、実にくだらん!」


「そうですか……なら公表します。勘違いであるのであれば、何一つ恐れることはないはずです」


「なんだと?証拠も何もない。しかも証言した本人はすでに故人だ。笑わせるな」


お笑いだなと言わんばかりに余裕を見えるように笑う。


「そうですね。証拠は何もありませんが、不正利用や論文の捏造とセットで世間に出れば炎上は免れず。警察も再調査せざるを得なくなるのではないでしょうか?

損得を考えれば理事長もトカゲのしっぽを切らざるを得ないのではないですか?」


「そんな事をして、教授になれるとでも?タダで済むと思うのか?」


「私が教授選に手をあげたのは医局員を守るためです。私はオペさえできれば肩書きなんてどうでもいい。もとより代償は払うつもりです」


 その言葉に腸が煮えくり返りそうになる。自分とは真逆、何処までも真っ直ぐに、そして正義感を振りかざす。天才肌の人間に苦汁をなめさせられて生きてきた凡人の地獄のような辛さなど理解できるはずもない。どいつもこいつも、私の邪魔ばかりする。沼田の人の良さに何度もチラついた小山の顔、お前はまた私を苦しめるのか?


 沼田へとゆらりと一歩踏み出せば、怯えた顔をした沼田も一歩下がる。沼田の胸倉をつかもうとした瞬間、沼田が流しにあった包丁を掴んでこちらに向ける。


「何をする気ですか教授……」


「それはこちらのセリフだ沼田、散々世話をしてやった恩師に向かって刃物を向けるとはな」


「貴方は私の恩師ではありませんよ、今ので確信しました。

やはり、二人を殺したのは教授ではないかと……」


その言葉にピクリと自分の小指が動く


「ずいぶんとお前らしくもない浅はかな結論だな、だったらなんだ?証拠などない」


 そう言いながら沼田の襟首に手を伸ばせば、沼田が包丁で振り払おうとするが、傷つけることを躊躇ったのか、包丁の持っていない左手で伸ばした手を振り払い逃げようとする。沼田の白衣の襟を再度掴もうとすれば、逃げようとした沼田がソファーに足を取られバランスを崩し、倒れこんできた沼田に巻き込まれる形で自分も床へと倒れる。


「グッ」と沼田が苦悶の声をあげる。痛む体に顔をゆがめつつすぐさま起き上がれば、うつぶせに倒れている沼田の腹部分から急速に血だまりが広がっていく、刃渡り20cmはあったであろう包丁が腹部に刺さっていてこの出血量、もって数十分……。徐々に沼田の白衣が赤く染まっていく


「馬鹿な奴だ。私を刺さないように包丁を自分の側によけたのか」


 助ける気などない。このまま死ねばすべて闇に葬られる。ここは自分もよく出入りしている医局だ。自分の毛髪や指紋があろうと何ら不思議はない。

すると、沼田が脂汗をかきながらフッと笑う。


「わたし……は……最後まで、人を救う医師であり……続けたかっただけです。……あなたと違ってね。」


 その言葉に激高し、沼田を蹴り上げてやろうかと思ったが何とか思いとどまる。証拠を増やすわけにはいかない。奥歯をかみしめ怒りに耐える。


「後悔することだな沼田、自分の振りかざした正義がいかに愚かなことだったかを、お前はキャリアを棒に振り無駄死にするんだ。私が理事になる事も、佐々木が教授になる事も止められない。お前の人生がいかに無駄だったかを後悔して死ぬことだ。」


 朦朧として視点の定まっていない沼田を見下ろす。落ちていた沼田のPHSを手の届かぬ場所に蹴り飛ばす。死亡を見届けなければ不安だが、いつ医局員が戻ってくるともわからない。誰にも見つからず、朝までに沼田が出血死することを願って医局を後にした。







 身体が空を切り、どんどん屋上が遠ざかる。小山をこの手にかけてから、小山が居なくなってから運は全て俺に味方していた。小山と佐倉の死も俺のせいにはならなかった。沼田の死も俺のせいではない。天は俺に味方をしていたのではなかったのか?俺の道を邪魔するものを排除しただけだ。


なのに何故……


ドンッ!!!という音と衝撃と共に初瀬の意識は消えた。



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