29.暗中模索
自販機からガタンッ!という無遠慮な音がして缶コーヒーが落ちてくる。署内の喧騒から離れた場所で、缶のプルタブをプシュリと開ける音がやけに大きく響いた。
「よっこらしょっ」と言いながら古びた合皮の黒い椅子に三郷が腰かけ一息つく。小林の話から数日と経たずに1号館の地下1階の捜査が始まったと耳に挟んだが、一体何が出てくることやらと思わずにはいられない。あの大学は闇が深そうだ……。そんな事を考えつつ、コーヒーをすすりながら三郷は思考を自分の担当事件に戻す。
聴取終わりは席に直行するよりも、ここでこうしてコーヒーを飲みながら考えを整理するのが、自分の中でのルーティーンとなっている。ここはフロアの端にある為、若干喧騒から離れられるのだ。考えをまとめるにはちょうど良い。
今日事情聴取したのは副理事の枡口と外科の教授である初瀬。2人とも今回が2回目の約1ヵ月ぶりの聴取だったのだが、枡口の方は何をどうしたのか、前回はひたすらオドオドとしていて、本当に副理事なのか?と思うほど、落ち着きがなくハンカチで何度も汗を拭うような、まるで焦っているかのような様子で「わからない。知らない。」の一点張りであったのに、今日は落ち着き払っており、まるで別人のように堂々と質問に答えていた。
そんな枡口と中身が入れ替わったかのように、初瀬の方は挙動不審で前回と本当に同一人物かと思うほど、頬が痩せこけ、目は落ちくぼみ、まるで浦島太郎の玉手箱でも開けたのか?と言いたくなるくらい急激に老け込んでいた。本人は20年以上の付き合いのある片腕が亡くなって意気消沈していると言っていたが、あの目は何かに怯えている目だった。だが、その割には沼田医師の話については淡々と、そしてハッキリと答えるのだ。何の迷いもなく、それがどうにも引っかかる。沼田医師と言い争っていた者が、自分にも危害を加える可能性があると怯えているのか、それとも言い争っていた本人で公表すると言われていたその何かが発覚するのを恐れているのか?いや、であれば、もっと揺らぎがあるはずだ。自分の理事への道が断たれる可能性を危惧して?いや、周りからの話と過去のインタビュー動画を見たが、どこからどう見ても自信家、傲慢、そんなのが透けて見える話ばかりだった。この程度でここまで精神をやられるようなタイプではない。むしろ自分のキャリアに汚点をとか言って、激高するようなタイプだろう。
となると……白骨化遺体について何か知っている?ふむーとため息交じりの声をだして、缶コーヒーを飲み干す。たしか、白骨化遺体の担当チームが署の倉庫から当時の事件の書類を引っ張り出していた。ぐちぐち言われるのが目に見えているが、ちょっくら後で覗かせてもらおうかね。「よっこいしょ」と再度言いながら立ち上がると、缶をゴミ箱に捨てて鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。
「三郷、お前ここで何してる」
椅子が6脚に長机が相向かいになっているような小さなミーティング室に、山と積まれた過去の捜査資料が古びた段ボールから引っ張り出され所狭しと並べていた。その部屋に、白骨化遺体の担当ではない三郷が出入りしていて困っていると、捜査チームの新人である角田から連絡が来て顔を出してみれば、想像以上にデカい態度で占領している三郷の姿があった。
椅子を2脚並べて靴を脱ぎ散らかし、足を延ばして背もたれにどっぷりと寄りかかり、捜査報告書を読んでいる三郷は、こちらを一瞥すると
「よっ!前田!お邪魔してるよ」
と、気軽に挨拶をしてくる三郷に苛立ち思わず口の端がひくりと痙攣する。
「お前の担当は沼田医師の事件だろ!自分の事件を後回しにするとは、お前それでも刑事か!?
遺族に被害者に申し訳ないと思わんのか?」
怒鳴りたいのを何とか我慢して、何とか声を押さえて吐き出すが怒りを含んだ言葉に、さすがの三郷がこちらを見上げると、椅子から足を下ろす。
「酷いな前田、俺が被害者をないがしろにするような捜査したことあったか?」
「今のお前はしているように見えるが?」
「うちの若手は優秀な奴が多いんでね。役割分担ってやつだ。少しくらい抜けたって問題ないんだよ。」
「それを手を抜いていると言うんだ。」
そう言いながら、三郷の向かいにある椅子に腰かける。あまりの態度のデカさと、普段からの慇懃無礼な態度でつい苛立ってしまったが、刑事としての腕は確かな男だ。そして、被害者や遺族の気持ちを無下に扱うような男でもない。それはわかっている。
つまり……
「沼田医師殺害と白骨化遺体、女医の殺人事件と関係があるのか……」
「確証はないが、それを確かめたくてここに来たんだが……いくら昭和頃の捜査資料とはいえ、ずさんじゃないか?この捜査資料、破れて無くなってる箇所すらある。どういうことだ?」
「そもそもが駆け落ち、無理心中って話だったからな、大々的に捜査はしなかったんだろう。それと、圧力がかかったのも言わずもがなだろ。この大学は今も昔も変わっていないという事だ。それと……お前の読みは概ね正解だが、しかし俺にはそこまで関係があるとは思えんがな。右手首さえ発見されればこの事件も結局前回同様に犯人は婚約者の男で終わるだろう。お前がいくらこだわろうと、俺たちは所詮組織の一部だ。上には勝てんぞ……。」
そう言いながらも、前田が持っていた書類から目的の一枚を取り出して手渡す。
「これは?」
三郷に手渡された真新しいA4の用紙に記載されていたのは、十数人の名前と所属の一覧だ。この大学の名簿の一部のように見えるが……。
「大学病院に勤めてる医師の大半は、その大学の卒業生だ。
ある意味必然だろ。その女医の同級生が未だこの病院に勤めていたとしてもな……。」
前田の言葉に思わずニヤリと笑う。
「相変わらず素直じゃないねー前田ちゃん。ツンデレってやつか?」
「気持ち悪いこと言うな!オッサン同士で!鳥肌が立っただろ!」
そう言うと苛立たし気に立ち上がり、さっさと部屋から出て行ってしまう前田の背中を見送った。貰ったリストを上から順に眺めるものの
「同級生か……みな重鎮で困っちゃうねこりゃ……」
そう言いながら溜息を吐いたのだった。




