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59.真実の音で冬を溶かして

前回のあらすじ。

橙子のために一人頑張る純。

その裏で、橙子は決意を固めた。

そして純も密かに抱いていた夢を、彼女に語り合う。


新たな季節を前に、

それぞれが自分の未来へと動き出す――。


これは、それぞれが選ぶ、これからの物語ー

        *真冬side*


「あの、青天目真冬さん……ですよね? 私、音楽事務所のものです。以前行われたアルカンシエルの演奏会を聞きまして……サックス奏者として、うちの事務所に来ませんか?」


二月に入って、すぐの頃。その人は突然、アルカンシエルに尋ねてきた。

純が高校受験を終え、店も少し落ち着いていたからそれを見計らってきたのだろうか。

この会社、見覚えがある。オーケストラとか、音楽では有名な会社だ。

そして僕が一度だけ参加した、大会の主催者……


「えぇ、スカウトですかぁ? すごーい! ふゆにゃん、やっるぅ〜!」


「演奏会ねぇ……今頃すぎませんか? そもそもこいつ、あれ以来ほんっとに弾かねっすよ」


「このところ、立て込んでいまして……遅いお誘いになってしまって、すみません」


その場に居合わせた橙子がはしゃぎ、盗み聞きしていた黄河が怪訝に顔を顰める。

僕は一度、サックスから離れている。

優劣をつけられたり、周囲からの期待が嫌になってしまってから、人前でやることはいまだに抵抗がある。

だから二つ返事で、やります、なんて言えなくてー


「全然、今じゃなくていいんです。じっくり考えてお答えください」


「あ、あざましたー。……だってよ、どーすんだお前」


「……少し考えるよ、休憩してくるね」


おそらくこの事務所に行けば、サックスは吹ける。

けれどそれは、ここから離れることと同じだ。

それに前のように、自分の好きに吹けなくなるかもしれない。

また、好きだったものを、嫌いになってしまうんじゃ……


「ああっ!! また失敗したぁ!!」


休憩室に行くと、そこには明音がいた。

何かをオーブンに焼いていて、焦げたような匂いが部屋内に充満している。

思わず鼻を摘むと、あっ、と気まずいように彼は笑った。


「ご、ごめん真冬ちゃん……もしかして、今から休憩……?」


「まあ、ね。それより何してるの」


「か、カップケーキ、作ろうと思って……もうすぐバレンタインだから、練習してるんだけど、うまくいかなくて……」


彼のそばにあるお盆には、こげたカップケーキがたくさん置かれている。

休憩だというのに休むことをしないのは、実に彼らしい。

ほんと、この店は不器用な人ばかりだ。


「それなら、家でやればいいのに。ここだと黄河にバレるよ?」


「う、うちだと親がうるさそうで……仮とはいえ、付き合って初めてだし、手作りに挑戦したんだけど……なかなかうまくいかないなぁ」


「ふーん……どうして君は、そんなにまっすぐ突き進めるの?」


不意に、心の奥に溜まっていた問いが口をついて出た。

明音がキョトンとした顔でみつめてくる。

誤魔化すこともできなかった僕は、そのまま続けてみせた。


「さっき、音楽事務所の人が来てね。僕のサックスを弾いてほしいっていわれたんだ」


「えっ!? それ、すごいね!? でも、どうするの? 真冬ちゃん、受けるの?」


「……どうだろ。君みたいにまっすぐ決めることができたら、いいんだろうけど」


嫌味まじりに言ったな、なんて思う。

それだけ僕にとって、彼らは眩しい。

対極的にいる存在だと思っていた。

それでも彼は……明音は、いつもと変わらない笑みをみせてくれた。


「うーん……そりゃあ僕だって後悔することだって多いし、怖い気持ちがないことはないけど……それよりも、好きなものには正直にいたいって思うんだ。その方が楽しいって、よくこうも言ってるし」


「……ほんと、君は好きに一途だよね。黄河と一緒で」


「それだけ真冬ちゃんのサックスが大好き、だからかな? 僕が真冬ちゃんを好きになったのも、サックスがきっかけだったから」


こうやって僕の音を好きと言ってくれる人は、どんなにいるのだろう。

明音の言葉は、熱いお湯のように僕の凝り固まった心を溶かしていく。

かつてサックスを吹こうと思わせてくれた、あの時と同じー


「って、ごめん。なんか一人で勝手に舞い上がっちゃった! また聞けるかもって思ったら、つい……」


「……そんなことないよ、気持ちは十分ありがたいから。それ、やるの大変でしょ。手伝うよ」


彼の明るさは、どこか心地がいい。

出会えてよかった、柄にもなくそう思えた。



その夜。僕は鏡の前で、迷うことなくハサミを握った。

視界を遮るこの長い前髪は、僕の弱さの象徴だ。

嫌なことから逃げるように、みないふりをして。

でももう、逃げない。

はさみを入れた瞬間、隣の窓が開いてー


「ごめんね〜洗濯物が溜まってて、なかなか終わらなくて……ってどうしたのその前髪!! 切ったの!?」


暖かそうな寝巻きを着た那月が、驚いたように目を丸くする。

髪を整わせながら、僕はいつもの調子で答えて見せた。


「まあ、気分転換にね。ごめんね、急に呼び出して」


「気にしないでよ。珍しいなぁとは思ったけど、これも幼馴染の特権ってやつかな!」


相変わらず、那月は優しい。

急に話したいと言っても、夜でも構わず会ってくれる。

外はすっかり寒いというのに。


「それで、話って? なにかあったの?」


「……黄河から聞いてるよね、音楽事務所の話」


「ああ、スカウト受けたってあれ? すごい話だなぁとは思ったけど……え、まさか真冬、受けるの!?」


那月が、驚いたように目を丸くする。

彼女は知っている。僕が、サックスを離れた理由。

あの事務所に行けば、かつてのように『天才奏者』として、囃し立てられるのだろう。

優劣を競わされ、誰かの期待を背負わされた、嫌いだったあの場所へ。


それでも今は、不思議とあの頃よりも心が軽い。

そう思えたのもきっと、彼らのおかげだからー


「思い出したんだ、那月に初めて聞かせた時のこと。誰かのために吹くのって、悪いことだけじゃなかったなって」


「真冬……」


「……やるだけ、やってみるよ。好きなものに、もう嘘はつきたくないから」


自分のために吹けばいい、明音はそう言ってくれた。

好きだったサックスを、また吹けるようになったのは紛れもなく彼のおかげだ。

そんな彼が、いいと言ってくれた音を僕は信じたい。

それだけサックスを吹くことは、僕にとって「大好き」なことだったからー


「ま、それが事務所でどれくらいできるかわからないけどね。個人事務所も考えたけど、かなり面倒そうだし」


「面倒そうって……ふふっ、真冬らしいなぁ。そこまで一人で決めちゃうなんて……真冬には敵わないなぁ、うちなんて、どう切り出そうか悩んでたのに……先越されちゃったじゃん」


「え?」


「面倒とかいわずにさ、開いちゃおーよ、個人事務所! うちを、真冬のマネージャーにしてくれない?」


そんな僕の決意を、そっと包み込むように彼女は微笑む。

新たな風が、吹き始めた瞬間だった。


(つづく!!)

おまけの小ネタ

純「ほえーー、そんなことがあったんだ」


藍「すごいですねー、真冬さん。サックス様様じゃないですかー」


真冬「……ちなみに聞くけど、君達はどう思うの? この話について」


黄河「あ? 俺に聞くなよ。お前の話なんだから、どーでもいいわ( ・᷄-・᷅ )」


橙子「えー、そんな冷たいこといいますぅ? この上ないいい話だと思いますよ? ふゆにゃんの演奏、普通によかったですし」


純「まふゆがやりたいなら、やればいいと思う( -ω-)゛」


藍「そーですねー、ミーは音楽の良し悪しはわかりませんし。ぶっちゃけ興味ないでーす」


真冬「………本当、君たちらしいよね。じゃあ受けるって言ったら?」


藍「えぇー受けるんですかー? 人手がいなくなるのは困りますー( ・᷄ㅂ・᷅ )」


橙子「ふゆにゃんがいなくなったらぁ、次期サブチーフは私ってことですかね?(*´艸`)」


純「それよりお腹すいたから、ご飯食べない?」


黄河「むしろお前がいなくなってせいせいするわ。受けるならさっさと受けやがれ( ˙⩌˙ )」


真冬「………( '-' )」


明音「あわわ、まってよ真冬ちゃん! 本当は言ってほしくないだけで……か、帰らないでぇ!\(; ºωº \ Ξ / ºωº ;)/」


信頼から成せる技。

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