4.ようこそ、アルカンシエルへ
初恋の人がいる喫茶店で働くことになったが
店長がなぜかお面をしていた。
汚れひとつない、綺麗なブラウスに袖を通す。
ボタン、ネクタイを一つずつ閉めて、改めて鏡をみながら、つい
「なんか、着慣れないなぁ」
とぼそりとつぶやいた。
ずっとスーツにお世話になっていた僕にとって、喫茶アルカンシエルの制服は正直違和感半端ない。
こんな格好、青天目さんに見せたらきっと笑われるんだろうなぁ……
「着替え、終わりましたか?」
控え室をノックする音に、慌てて返事をする。
ドアを開けると、そこには鬼のお面を被った店長さんがいて、咄嗟にぶつかりそうになる。
驚いたような声をあげるも、すぐ彼は淡々と話し出した。
「うちは、普通の喫茶店と違って、月水金土と日を限定してやってる。勤務時間は十時から十七時。あとで紙渡すから、詳しくはそれ見てくっさい」
どことなく、彼からコーヒーの香りがする。
説明を聞きながら、つい僕は彼を見てしまう。
人見知りで面を被っている、そう青天目さんは言っていた。
そのせいで表情は一切読み取れない、代わりに、お面の下からわずかに覗く顎のラインや口元が、整った顔つきを想像させる。
不思議ととっつきにくい印象は感じないのは、意外に丁寧な対応……だからだろうか。
もっと彼を知りたい、なんて思って眺めていた最中、ふと目に入ったイヤリングにあっと声が漏れてしまった。
「そのピアス、Aliceのですか?」
「あ? あーー……そっすけど」
「やっぱり! 友人が好きで、よくつけてるんです。昔プレゼントしたことがあって、それに似て……ってすみません! 今は関係ないですね!」
「……よくみてるんすね、人のこと」
すると、彼ははぁっとため息をつく。
きのせい、だろうか。耳元が少し赤くなってるようなー
「店長~、説明終わった?」
そんな中、ほぼ同時に紫藤さんがやってきた。
彼女は僕を見ると、おおっと感嘆の声を上げた。
「やっぱり聖君はきっちりタイプが。めちゃくちゃ様になってるね! 真冬もみてよ〜聖君の制服、似合ってない?」
紫藤さんが作業をしていた青天目さんの腕を引っ張ろうとする。
あ、あわわわわ!まずい!
「だ、ダメです! 見ないでください!!」
咄嗟に叫びながら、僕は全身を隠そうと店長の後ろに隠れる。
途端、彼女からひっくぅい声が聞こえた。
「……何してんの、君」
「だって、自分でも似合ってないと思うっていうか、青天目さんには、絶対見せたくないんです!」
「別に、いつ見ても同じでしょ」
彼女は僕の腕を強引に引っ張り、自分の方に引き寄せて……
「なんだ、いうほどじゃないじゃん。意外と様になってると思うけど」
は、はわわわわ……!
「どうでもいいけど、早くコーヒー作ってくれる? お客さん、もうきてるんだけど」
その声に、え? と声が漏れる。
誰もいなかった一人席、そこにスーツ姿の男性がいた。
時刻は10時すぎ。まさか、こんなに早くお客さんが来るなんて!!
店に来た時の最初って、何したらいいんだっけ? お水を渡す? それともお箸??
えっと、えっと……
「落ち着け、明音」
あれ……? 気のせいかな。今、下の名前で呼ばれたような……
瞬間、ひんやりとした感触が肌に伝わる。
その冷たさが、徐々に冷静さを取り戻してゆく。
「聖はまだ初心者だ、何もしなくていい。あの二人を見て学べ」
すぐ隣に、店長がいた。
いわれるがまま前を向くと、紫藤さんがお客さんの注文を取ってくれていた。
明るい笑顔で、お客さんと談笑している。
しばらくすると、彼女はウインクしながらこちらに歩いてきて……
「日替わりランチと、コーヒーよろしくっ」
その言葉と同時に、二人が動き出す。
青天目さんは、慣れたような手つきで料理を作り始めた。
具材カット、卵溶き……青天目さんの手捌きは、どれを切り取っても完璧だ。
料理までできるなんて、すごすぎる……
「……あんまり見ないでくれる? 仕事の邪魔」
「あっ、す、すみません!!」
「お暑いねぇ〜でも、隣はもっとすごいよ?」
そう言われてカウンターの店長を見やる。
そこには、みたこともない手捌きで、コーヒーを作っている店長さんがいた。
なんとも真剣な顔でドリップする姿は、お面をしているのが勿体無いくらい、見惚れるくらいかっこよくてー
「っし、できた。聖、これ運んでこい」
「え、僕が運ぶんですか!? さっき何もしなくていいって!」
「何事も経験っていうだろ? あの人は常連だし、ランチメニューですってそこからそこに運ぶだけ。はい簡単」
「で、でも、僕……」
「習うより慣れろ、早く行ってくっさい」
うう、無茶苦茶だ……
これは、変な印象を払拭するチャンスなのでは!? よ、よぉし……!!
「お、おま、お待たせ、しました!! ら、ランチメニューです!!」
そんな僕の意気込みは虚しく、儚く散る。
結果、一言もまともに言えず、見事に噛みまくる始末……お客さんからは、「頑張ってね」と優しく励まされるし……
こんな姿、見せたくなかったなぁ。
背中を丸めながら帰ると、店長さんが背中を震わしているのがみえて……
「あーー! 店長さん笑ってる!!」
「わ、笑ってねぇ、よ、です」
「まあまあ、初めてにしては上出来だと思うよ? ね、真冬」
「……ま、見応えはあったかな」
「それ褒めてます!!?」
まだ笑いを堪えてる店長さんと、微笑む紫藤さんの横で、青天目さんが少しーほんの少しだけ、笑っていた気がした。
こういう顔をみると、改めて実感させられる。
あ、やっぱり好きだなぁって。
人生初の初恋のため、聖明音、頑張りますっ!!
§
「聖君ってさ、いい人だよね」
髪をくしでとかしながら、那月が笑う。
彼女の横顔を眺め見ながら、真冬はロッカーの棚を閉めた。
「そりゃあ、告白してきた時は驚いたけど。全体的に優しいオーラが出てるんだよね〜根が素直っていうのかな」
「まるで声をかけてよかったでしょ、といわんばかりのことを言うね」
「むしろ真冬が冷め過ぎなんだよ〜あんだけ好きって言ってくれる人、珍しいんだからね?」
そういいながら、彼女はひっきりなしにくる連絡へ返事をする。
あ、いいねきた、などとほほ笑む様子は、正直見慣れたものだ。
相変わらずの調子に、真冬のため息はさらに深くなるばかりでー
「……あー、ぶね。まじやばかったわ。あの野郎……まさかピアスまで勘づくとは」
控室を出るが否や、うんざりしたような声がする。
客席には、彼がいた。
疲れ切ったのか、全身をかけるように椅子に身を投げている。
「つかなんで俺がこんなことしなきゃなんねーんだっつーの。暑苦しいったらねぇわ」
「お面被ってやるって言ったのは自分でしょ? 自業自得だと思うけど」
「すべての元凶はお前だろ真冬。働けって切り出したすバカもいるし……」
「もぉ、それについては謝ったじゃん〜ごめんって〜。そもそもこう君が変な無茶ぶりするから、ややこしいことになったんでしょ〜?」
「腹抱えて笑ってた奴に言われたくねぇわ」
「どのみち同じ店にいる以上、バレるのは時間の問題。いつまでも茶番に付き合わさないで、ちゃんと言ってよね。黄河」
真っ黒に染められた短髪が、ぱさりと下に落ちる。
鬼のお面とかつらの下、彼ー天宮黄河はまた、深いため息をついたー
(つづく!!)
おまけの小ネタ③
明音が来るちょっと3話より前ー
黄河「いいか、お前ら。俺はしばらくこの面を被る。俺だってこと、ぜっってぇバラすなよ。この面外すまで、別人として接しろε-(`・ω・´)」
那月「えぇ〜難しいこと言うなぁ。気抜くと、ついこう君って呼んじゃいそう〜( ̄▽ ̄;)」
黄河「慣れれば別に対したことねぇだろ。店長とか、普通に呼んでくれれば……」
真冬「……名前、宇賀あまみだったっけ。面倒だから、黄河でよくない?( - - `)」
黄河「隠す気ねぇだろお前( ・᷄-・᷅ )」
そして現在。
真冬「……ねえ黄河、君は彼にバレたくないんだったよね( ˙-˙ )」
黄河「………(;・ ̫ ・)」
真冬「僕らに無理強いさせてる割に、自分はピアス外し忘れたり、ふざけた敬語使ったり……隠す気ないの、そっちだよね? わざとやってる?( ꐦ・᷄-・᷅ )」
黄河「な、慣れねーんだよ敬語なんて! ピアスはついうっかりで…悪かったって!\(°Д° )/」
那月(前途多難だなぁ……( ˊᵕˋ ;))
バレバレすぎる店長の正体。




