18.真冬が吹けば那月が張り切る
前回のあらすじ。
演奏会にて真冬がサックスを披露し、
ついに、名前呼びまで発展しました。
降り注ぐ雨粒が、窓に張り付く。
梅雨明けしたというのに、まだ雨は続くし、じめっとした暑さのせいで、店内でクーラーが効いてるとは思えないほど。
それなのに、今の僕は何も感じない。
なぜならここ、アルカンシエルは……
「いらっしゃいませ〜」
「あ、あの、ここ、アルカンシエルであってますか? この投稿見てきたんですけど」
「ありがとうございます! お好きな席へどうぞ」
少しだけ、お客さんが増えたのです!!
きっかけは、あの演奏会。
来てくれた人が、たくさんSNSでつぶやいてくれたらしい。
中でも一躍話題になったのが、無論真冬さんだ。
「お待たせしました、ご注文のラテです」
「あ、あの! この前サックス吹いてた人ですか!?」
「……さあ。人違いじゃないですか?」
「嘘! 絶対本人なのに!! 演奏、めちゃくちゃよかったです! また開催してください!!」
仮面をしたにも関わらず、店員が少ないため彼女が演奏していたことは、皆の暗黙の了解状態になっている。
それでもお客さんからの評判は本物で、少しずつ客足が伸びている。
中でも彼女を一目見ようとする、女性客が……特に……
「まさか、こんなに効果あるとはなぁ。まさに真冬様々ってとこか。で、なんでお前はそんなにむすくれてんだ?」
「別に、むすくれてないもん」
「まー大体予想はできるがな。相変わらず、お前は分かり易いな」
彼ーこうはそういいながら、出来上がったコーヒーをほい、と渡す。
そりゃあ真冬さんは綺麗だし、サックスも素敵だったから、こうなることは予想できていた。
でもやっぱり、僕的には複雑というか……真冬さんの良さは僕だけが知っておきたかったっていうか……
「客、今の人で最後だったよ」
カップを下げた真冬さんが、言いながら僕の方へくる。
僕の機嫌に彼女が気付いたのか、怪訝に顔を顰めた。
「何? その顔。僕に何かついてる?」
「……真冬さん、すっかり人気者だなぁと思って」
「そう? いい迷惑だよ。せっかく顔隠したのに」
「俺の見せ場取ったやつが言うことかよそれ……こんだけ言われてんだ、またやるのも手だよな。なんなら、今月からは週一で開催するのも……」
「言っとくけど、やるなら僕抜きで組んでね。人前、あんまりでたくないから」
「あ? この前吹いただろ」
「あれは気が向いただけ」
気が向いただけ。そういう彼女の表情は、どこかスッキリしている。
あの演奏が、よほどきっかけになったのだろうか。
まるで一皮剥けたような……
「はーい、みんな〜ちゅうもーく!!」
そんな時、だった。今の今まで裏にいた那月さんが、ぱんぱんと手を叩きながら店内に入ってくる。
その手には、たくさん料理が乗ったワゴンが押されていた。
「えー、営業も無事終わったんで、うちが考えた新メニューを発表したいと思いまーす」
「……は? なんだ急に」
「いやほら、最近割とお客さん増えてるし? 夏休みにも入るから、ちょーどいいと思って。真冬だって毎回弾いてくれるわけじゃないし、目玉になるもの作ってた方が、宣伝になるかなって」
「一理あるね。けど那月、大丈夫? 黄河の無駄なこだわりのせいで、今まで採用されたことないのに」
「あはは、そうだっけ? 大丈夫! 今回は、こう君の舌を唸らせるくらい自信作だから!」
そういいながら、彼女はウインクをする。
なんだか今日の那月さんは、上機嫌だ。
真冬さんの演奏を聞けたのが、嬉しかったのかな。
「じゃあ早速行くね。まずはこれ! 名付けて、レインボークリームソーダ! 7色のシロップが用意されていまぁす」
「わぁ、綺麗ですね!」
「でしょ? うちの店名、虹って意味があるって聞いて閃いたんだ〜今時推し活も流行ってるし、SNSにもあげられるし、ちょうどいいのかなって!」
「……あ? オシカツ? なんだそりゃ」
「自分が夢中になってる対象を応援する、様々な活動全般を指す言葉だよ。君、そういうの本当疎いよね」
「うっせ」
「で、こっちは男性客向けに、コーヒーゼリー〜。トッピングをあえてシンプルにして、苦味を強めにしてみたんだ。で、アクセントに黒蜜きな粉を添えて〜」
次から次に、聞き慣れない単語が流暢に語られる。
並べられる食べ物はどれも美味しそうで、みてるだけでお腹が空いてくる。
男性、若者。どれも対象を落とさず、コンセプトまでしっかりしている。
す、すごいなぁ……
「とまあこんな感じだけど……どう、かな?」
「随分張り切ったね。最近、夜遅くまで部屋の電気ついてたの、これのせい?」
「あー、バレてた? いやぁ、久しぶりに真冬の演奏聞いたら、うちも頑張んなきゃって思っちゃって。何もしないで、閉店するなんてやっぱ嫌だから」
「一人で頑張るのもいいけど、無理、しないでよ。那月、すぐに背負い込む癖あるから」
「……うん。ありがと、真冬」
「でも、本当にすごいですね那月さん。このコーヒーゼリーも、クリームソーダも全部美味しいです!」
試食用に作られたものを食べながら、僕は聞く。
褒められたのが嬉しかったのか、彼女はにっと笑みで返してくれる。
「えへへ、でしょ? で、肝心の店長さんはどうですか? なーーんも言わないけど」
「……あ? そう、だな……まあ、これくらいなら、新メニューにしてやらなくも、ない」
「何その反応〜絶対納得してないじゃーん」
「どうせ、思ったよりいいのが出てきて、悔しいだけでしょ」
「真冬黙れ」
「相変わらず、こう君は負けず嫌いだねぇ。じゃあ早速、SNS用に写真とろうよ! 真冬、ちょっと付き合ってくれない?」
「はいはい」
そういいながら、真冬さんが机を綺麗に拭いたり、写真に写り映えしやすそうなレイアウトを組んでいく。
それを携帯越しでみながら、那月さんが「もうちょっと右〜」などとアドバイスをしてゆく。
すごいよなぁ、ここの人は。
こうのコーヒーといい、真冬さんのサックスといい、どれも店になくてならない才能だ。
それに比べて僕は、何もできないただの一般人。
彼女たちといると、痛いほどそれを痛感する。
もしかして、真冬さんが僕に振り向かないのも、僕がぱっとしないから……だったりするのかなぁ……
「よし、タイムリミットまで時間がねぇ。お前ら、気合い入れてやるぞ!!」
こうの声が、高らかに響く。
何かが始まる予感を感じながら、僕はひそかに意気込んだのだった。
(つづく!!!)
おまけの小ネタ
店がちょっと人気になりました
真冬「はぁ、疲れた( - - `) 人が増えるのはいいことだけど、あんなふうにやっぱり騒がれるのは苦手だな……(´`;)」
黄河「納得いかん( ・᷄-・᷅ )」
真冬「……なに? 急に」
真冬「演奏会でいいとこどりした挙句、一丁前に文句言うとか、どんだけお前わがままなんだよ( ・᷄ὢ・᷅ )」
真冬「君が目も当てられない演奏するのが悪いんでしょ? むしろ感謝して欲しいんだけど」
黄河「ああ、感謝はしてるさ。だがなぁ……そもそも真冬だけ脚光浴びるのはおかしい!! この店で顔がいいのはどう考えても俺だってのに!!(°Д°)」
真冬「……このお店が話題になったのは、あくまでも演奏会のおかげ。でも一つだけ言ってあげる。君、顔が怖いから、それ以前の問題だと思うよ( ˙-˙ )」
黄河「んだとこの野郎!!ヽ(`Д´)ノ」
明音「ふ、二人とも落ち着いて〜! お客さんいる前ですよぉ〜!!\(; ºωº \ Ξ / ºωº ;)/」
真冬と黄河の因縁はまだまだ続く。




