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15.僕らはみんな不器用だけど

真冬がサックスを辞めた理由を聞いたら

黄河が変な方向に張り切り出した。

「F……はこれか。で、次は……?」


「那月さーん。夜のメニュー、こんな感じでどうでしょうか?」


「おぉ〜ありがとぉ、明音君!」


「はーーコードはC, D, E, F, G, A, Bがあんのか……で? これをどう押さえるんだ?」


「ん〜個人的には、お酒もうちょい増やしたいかなぁ、オリジナルカクテルとかどうかな?」


「そもそも作れないでしょ。本格的なバーじゃないんだし、そこまでいる?」


「は?? マイナー? メジャーで音色が変わる?? 種類ありすぎんだろ、ふざけんなくそ」


「……そこ、静かにしてくれない? さっきからぶつぶつうるさいんだけど」


迷惑そうな顔を浮かべた青天目さんが、ため息まじりにいう。

文句を言われたにも関わらず、彼は音を鳴らす手を止めることはなかった。


あれから、数日。僕たちの店では、晴れて演奏会をすることになった。

急に思い立ったにも関わらず、申請許可はあっさり降りたらしく、日取りも末頃にとすぐに決まったらしい。

機材の調整、舞台の掃除、そして慣れない夜の仕事など、やることは山積みだ。

そんな中、無謀すぎる挑戦をしている人が、1人ー


「うっせーな、文句あるならそっちが別の場所でやりゃあいいだろ? 俺は口で覚えるタイプなんだよ」


「知らないよ。そもそも営業中にやらないでよ、店長がそれってどうなの」


「やらなきゃ覚えられるもんも覚えらんねーだろ」


「まあまあ二人とも、そのへんに。でも、こう君はすごいねぇ。まさか、練習するために本当に借りてくるなんて」


那月さんが、感心したような声を上げる。

彼ーこうが行っているのは、アコースティックギターの練習だ。

もともと青天目さんの演奏が聴きたくて、言い出した演奏会。

しかし彼女には事情があり、無理に弾いてとも言えなくなってしまった。

そんな中、やらないくらいなら自分がすると啖呵をきったのが彼なのだ。


普通に考えれば、数週間で初心者がギターなんて無理に決まっている。

それなのに彼は、知り合いからギターまで借りてマスターすると言い出したのだ。

負けず嫌いにも程がある、と言うか……本当、何から何までこうらしいなぁ。


「それより他にやることあるでしょ。ちらしは? 演者とか、ちゃんと決まったの?」


「当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだ」


「こう君って本当顔広いよね〜、あっさり見つけてきちゃうんだもん。あ、ちなみにこれが、SNS用にうちが作ったちらしね」


そういうと、彼女は店のアカウントから、演奏会の告知をみせてくれる。

なんとも彼女らしいデコレーションと、相手を惹きつける文章だ。

その中には、特別ゲストも登場! なんて書いてあって……


「ねえこう、この特別ゲストってのは?」


「あ? 俺だけど」


「ほ、本当に弾くつもりなんだ……」


「見てな明音。真冬の演奏なんか聞かなくても、俺の方がすげーってことを証明してやるよ」


自信満々な笑顔を浮かべながらそういうと、彼はうるさいから休憩室でやってくる、とその場を後にする。


こうは、本当すごい。

その背中を見るたびに、どうしようもなく頼もしくて感じてしまう。

もしかしたら、本当にできるんじゃないかって気にさえさせてくれて。

だから、応援してしまうんだ。がんばれ、って。

そんな僕に、彼女ー青天目さんはぽつり。


「……呆れた。君まで、本当にできると思ってるの?」


と言って見せた。


「わかってる? 本番まで、二週間しかないんだよ? 初心者で、しかも超絶不器用な黄河がギターなんて、無謀すぎる。時間の無駄でしょ」


「そ、そこまで言わなくても……こうは、店のために一生懸命なだけですよ」


「だとしても、自分で弾こうってなる? 馬鹿すぎるでしょあの人」


「……それだけ、青天目さんに諦めてほしくないんだと思います」


その言葉に、彼女がぴたりと動きを止め、「は?」と声を漏らす。

獲物を射抜くような鋭い目つきが、突き刺さるように痛い。

それでも僕は、言うことをやめなかった。


「こう、いつもああなんです。好きに一生懸命っていうか……話を聞いた上で、こんなことを言うなんて図々しいにも程があることくらい、わかってます。でも僕、好きなんです。青天目さんのサックスが、どうしようもないくらいに」


「……よく言うね。たった一度しか聞いたことないくせに」


「青天目さんだって、好きだったんですよね? サックスを吹くこと。その気持ちに、嘘はつかないでほしいんです」


思えば、彼女にこんな強く言ったのは、初めてかもしれない。

それだけ自分が、怒っているのだと実感した。


真面目にやっているこうを、馬鹿にしたような言い方もそうだが、それだけじゃない、

彼女はどこか、好きなことを諦めている。

その気持ちを、まるでなかったことにするように。

だったら、僕ができることはー


「そうだ! 自分のために吹く、ってのはどうですか?」


「……自分の?」


「誰のためでもない、自分のために吹くんです! 好きなことをするのに、ダメなことなんてないんですから!」


守ろう、彼女を。

いつでも弾いていいと思えるようになるまで、そばで。ずっと。

一度辞めてしまったことに、再び踏み出すのは大きな勇気がいると思うからー


「自分のために、かぁ。すごいなぁ、明音君は」


「うぇ? すごい?? 僕がですか?」


「すごいよ〜ギターを弾くって言った、こう君だってすごい。うち、何も言えなかったからなぁ」


「那月……」


「少しずつでいい。真冬のやりたいようにしてみなよ。別に今回の演奏会は、弾かなくていいからさ」


那月さんの言葉に、うんうんと大きく頷く。

どんよりとした雨雲の隙間から、一筋の光が差し込んだような、そんな気がした。


(つづく!!)

おまけの小ネタ

黄河「…………」←練習中


真冬「………」←あえてみないふりをしている


明音「あ! その曲知ってる!! 店でよく流してるやつだよね!」


那月「あー、あれか! すごい、よくわかったね!」


明音「この曲好きなんですよねぇ〜あれ、でもちょっと音が違うような……?(꒪˙꒳˙꒪ )」


真冬「それ、音ずれてるよ」


黄河「………話しかけんな。気が散る( ・᷄-・᷅ )」


真冬「仕事中に練習したいなら、真面目にやって。そもそも君、チューニングとか、ちゃんとしてる?( - - `)」


黄河「ちゅーにん……は?」


真冬「それ、弦切れてるじゃん。そもそも張り方下手すぎ。ちょっと貸して」


黄河「あ、ちょ、やめろ! お前の手なんか借りたくな……てかなんでギターまで詳しいんだよ!! お前が弾けるのサックスだろ!?ヽ(`Д´)ノ」


真冬「そういうのいいから。店内が騒音でうるさいって苦情来ても知らないよ」


黄河「騒音言うな!!ヽ(`Д´#)ノ 」


明音「ど、どうしましょう那月さん。僕のせいで、二人が楽器の取り合いに……( ˊᵕˋ ;)」


那月「気にしないでいいよ〜いつものことだから(*ˊ ˋ*)」


似たもの同士のいいコンビ。

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