煌びやかな部屋の中で
お題
『ホテル』
『マフィン』
『ジャージ』
「失礼しまーす……」
ある日、俺は校長室に呼び出された。
心当たりなんてものはまったくないのだが、まさか教師の言う事に逆らえるはずもないし、校長からの直々の呼び出しだからって別に悪い事ばかりではないはずだ、と思い校長室にやってきた。
弱弱しい声と共にその扉を開けた俺は、その先に広がっていた光景に目をみはることになる。
今まで入った事すらなかった校長室は、まるで高級ホテルのスイートルームかと見まがうほどの豪華な装飾で溢れていた。
ビッグサイズのシャンデリアなんてものがこの学校内に存在していたという事実だけでも驚きなのに、明らかに校長室にあるべきでない……というか、学校にあるべきではない宝石類だのインテリアだのがずらりとならんでいたのだ。
この校長室は宝物庫か何かだったのだろうか。
「やあ、よく来てくれたね」
こんな立派な部屋にすれたジャージなんかできて良かったのか、いやいや、学校なんだからむしろジャージの方が制服だろうと目を回している俺に、件の校長はフランクに話しかけてきた。
別に、よく来てくれたね、と言われるほど校長室を尋ねることはわずらわしい事でもないが、次回以降は確実に足を運びづらくなるだろう。
この煌びやかな空間にいると、頭がクラクラしてくるのだ。
「さて、今回君を呼び出した理由だが……もちろん把握しているね?」
いや、知りませんけど。
俺は普段から品行方正を心がけて生活しているし、職員室ならいざ知らず校長室にまで呼び出される謂れは無いはずだ。
校長、誰かと勘違いしていませんか。
「おや、知らなかったのか。てっきり認識してるもんだと思ったんだがね……」
何を。
「知らないなら教えてあげよう。君、ちょっとこの映像を見てくれるかね」
そう言って、校長は机の上のノートPCをくるりと回転させて俺の方へと向けてきた。
画面に表示された映像は、どうやら校長室の監視カメラのようだ。
映像からカメラの位置を把握すると、さっとそのカメラがあるであろう位置を見上げる。なるほど、確かについている。
で、この映像が何か?
「もう少し見てくれれば分かるだろうよ」
いまいち意図の汲めない校長のセリフだったが、やがて俺はその真意を知る事となる。
映像の中の校長室の扉が開き、何者かが部屋の中に入ってきたのだ。
……違う。
何者かと言うより……俺だ、これは。姿かたちはどこからどう見ても俺なのだ。
けど、俺はこんな映像、身に覚えが無い。
この映像が果たしていつのものなのかはわからないが、俺がこの校長室に入ったのは今が初めてだ。
これは一体?
「まあ、慌てるな。言いたいこともあるだろうが、まだ映像は終わっちゃいない」
校長のその言葉の直後、『画面の中の俺』は何を思ったか、壁にかけられたネックレスを一つ手に取った。
そして、そのまま、そのネックレスを持ったまま、彼は校長室から出ていった。
……なんだこれ。
「ひとまず、この校長室で何が起きたのかは理解してくれたかい?」
ち、違う!
ネックレスを盗んだのは、俺じゃない!
確かに俺に似ていたが、俺は班員じゃない!
「ああ、分かっているよ」
……分かっている?
「悪いが、君の事を色々調べさせてもらってね。この映像は先週の木曜日の深夜に撮られたものなんだが、君はこの時間、自宅で日課のマフィン作りに励んでいたことが確認できている」
確認できているって、人のプライバシーをそんな簡単に……。
というか、どうやって確認したんだ。
探偵でも雇ったのか?
「いや、実は私が探偵なんだ」
は?
「という冗談はさておいてね、まあ君の妹さんに話を聞くなり何なりすればたやすいものだよ」
情報の流出経路は妹だったらしい。これは帰ったら説経だな。いや、このおかげで俺の無実が証明されたようだから別にいいんだが。
で、だとするとさっきの映像はなんなんだ。合成?
「いや、あの映像は確かにこの部屋で撮られたものだよ。そこに合成や演出、編集の類は一切ない」
じゃあ、そっくりさんか?
俺によく似た何者かの犯行で、俺にその心当たりがないか訊くために俺を呼び付けた……あたりが妥当な線だろうか。
「ふむ、いい線行ってるね」
いい線、とは?
「もう答えを言ってしまうと、今回の犯人はドッペルゲンガーだ。間違いない」
……は?
「君も聞いたことがあるだろう。自分とおんなじ顔の妖怪さ。実在するんだ、彼らは」
はっきりと、そう断言する校長。
こうして、俺の日常は崩れ始めたのだった。
書いといて言うのもどうかと思うんですけど、ドッペルゲンガーって妖怪なんでしょうか。
このシリーズはプロローグみたいな話が多いですが、続かないんです。




