同居は続くよいつまでも の巻
ナイチンゲールが働きだして半年が経過した。
よいやく使い物になってきたらしく、早朝から用を言いつけられたり、遅くまで(と言っても日が落ちる前には帰されるが)使われているようだ。
"ようだ"と言うのは、実は働きだして一月たったぐらいには送迎が要らなくなり、その後は店に行く用事もなく、働きぶりについては本人の口から聞くだけだからだ。
分からずとも構わないし、どんなに朝が早くとも、帰りが遅くとも、家事の手が抜かれることはないので、ウメには何も言うことはない。
・・・のではあるが、生活費を入れて貰ってる上に掃除、洗濯、食事、はては風呂の支度までしてもらい、さらには・・・
「薬草って見分けるの難しいんですね」
せっかくの休みまで潰して、ウメの薬草採集に付き合わせたりするのは、さすがに心苦しい。
「だから言ったじゃん。慣れないと難しいって。ここはもういいから、先に家に帰りなよ」
「う、家?・・・二人の・・・」
言葉を噛み締めるように頬を染めてうち震える少年。
無惨な姿で捨てられていたのだから、帰る家があることが嬉しいのだろう。"家"と言うと、時折こんな姿が見られる。
こんなのを見ると、なかなか出ていけとは言いづらい。
「お弁当も持ってきたので、採集の役には立ちませんがご一緒させてください」
地面に置いた籠を指差して頬笑むナイチンゲール。
拾ったばかりの頃に比べると、笑顔が自然になった。
言葉使いも仕事場ですっかり身に付いたのか、子供らしい乱暴さが無くなっている。
上品な振るまいが生まれながらの美貌を、さらに麗しいものに引き立てている。
正視できないレベルだ。
「こんなの面白くないでしょ?」
「実はさっきから山菜ばかり採ってるんです。今夜は山菜ご飯にしましょうね」
ナイチンゲールの、いたずらが見つかった子供の笑顔に釣られて笑う。
「この間作ってくれた卵のスープに入れても良いんじゃない?あれ凄く美味しかった」
ウメはがそう言うと頬を赤らめて、分かりました!と答えた。
犬のように尻尾があれば、ぶんぶん振っているだろう。
料理の腕も上がったナイチンゲールの山菜尽くしのご飯。
ものすごく楽しみ。
ある日ウメは薬を持って、ナイチンゲールが働く娼館にやって来た。
いつも薬を卸している店の主に、納品した避妊薬を直接持って行って欲しいと頼まれたのだ。
入口にいた厳ついおじさんに用向きを伝えると、番頭さんを呼びに行ってくれた。
荷物を床に下ろして待っていると、奥から女の子の嬌声が聞こえてきた。
入口の少し奥に、事務所に繋がる応接室があるが、声はそこからするようだ。
何事かと行ってみる。
「そこに座られると困ります。もうすぐ店が開きますから二階に戻って下さい」
冷たさをはらんだ男の声に、お?っと思う。
声に聞き覚えがあったからだ。
「まだ大丈夫。着替えも済んでるし」
「触らないで下さい。掴まれたら仕事が出来ません」
「ほら見て、今日は新しい服なの。下着もよ?ふふふ」
「邪魔です」
「あ、やだ。痛ーい」
なんだかピンクな雰囲気だ。
女の方が。
さすがプロは違うな。
可愛らしい"プンプン"という擬音まで聞こえてきそうだ。
「あ!オルガ、また抜け駆け!」
「ちょっと!クリエラ姉さん、押さないでよ!」
「いつも付きまとって。ゲールが迷惑してるでしょ」
「姉さんこそ、抱きつかないで、ゲールが嫌がってるわ」
「ゲール、私の部屋に来て。また美味しいお菓子をいただいたのよ」
「ねぇ、一階の仕事じゃお金になら無いでしょ?二階にいらっしゃいよ。私が頼んであげる」
「どちらも結構です」
「も~。二階のお仕事、楽しいわよ?」
「今の仕事に満足してます。だから二人とも邪魔しないでください」
男の受け答えから想像すると、際どいことにはなってないようなので、こっそり覗いてみた。
もしかしてと思った通り、そこにいたのは成長したナイチンゲールだった。
眉間にシワを寄せ、しどけない格好の若い女の子達に背を向け花を生けていた。
驚いて見ていると、花鋏を片付け始めたので慌てて入口に戻る。
なぜか顔を合わせたくなくて、店の外で待ってしまった。
理由は分からないが、モヤモヤした気持ちをもて余したので、納品書を店に届けた足で役所に向かう。
嫌なことを忘れたければ、冒険者と(一方的に)楽しく汗を流すのも良い。だか、考えをまとめるなら賢いお役人さんに相談する方が良い。
冒険者どもは脳が筋肉で出来ているからな。
その点、お役人は見た目はパッとしないが、難しい試験に合格してる。
「て感じで、実はおっきくなれましたとか詐欺じゃないですか?」
「おい」
「ほだされて追い出さなかったのに」
「ちょっとまて、お前」
「あ、家事が楽になったからだろ、とかの突っ込みは無しですよ」
「突っ込まねーよ!なんで役所のカウンターで愚痴ってるんだ!」
「嫌だな、愚痴じゃありません。相談です」
ウメが指差した先には"相談窓口"の札が。
「そんな相談、筋違いだ!」
「はぁ?あってますよ」
さらにウメが上を指差す。
そこには"児童保育・家庭課"の看板が。
「い、いや、違うだろ?」
「違いませんよ。あの子の保護を最初に言い出したのは役所で、イアンさんですからね」
「ぐぅ・・・」
かろうじて、ぐぅの音だけは出るが、言い返せずに黙りこむ。
「あー、やっぱり話してたら考えまとまりました」
「え?」
「今月中に出てくように言ってやります」
「ちょっ」
「嘘つきは信用出来ないし、・・・彼女とか連れ込まれはじめたら困るし」
やべぇ!俺が唆したと思われちまう!
なんてかフォローしないと!と焦るイアン。
「ないないない!それはないだろ!あの執着系少年に限って」
「はぁ?」
「えーっと、あれだ、ほら、・・・あ、嘘つかざるをえないとかさ!」
「どんな状況ですか・・・」
やべやべ!焦るイアン。
普通、淫魔が誰かに執着することはない。それは、糧をとる方法が原因だと聞いたことがある。
確かに、誰か一人に決めてしまったら、食事もままならなくなるだろう。
そんな習性を持つはずのナイチンゲールが、ウメに執着している。
それを引き離すようなことをしたら・・・。普通に考えても報復は免れないだろう。
魔族の報復・・・。ぞっとする。
「それはお前、あれしかないだろ、ほら・・・あんな美形でいたら、襲われちまうからだろ!」
「襲われる・・・」
「そうそう。店の中は勘弁してやれよ。淫汽食っちまったらでかくもなるだろ」
「まぁ・・・」
渋々頷くウメ。
よし、あと一押し。
「お前のとこなら、ちょっとやそっとじゃたどり着けないし。街なんかに住むなんて、襲ってくださいって言ってるようなもんだろ」
「え、じゃ、やたら甲斐甲斐しく家のことするのも・・・」
「追い出されないようにだろ(理由は単に側に居たいだけだろうがな)」
「そういえば、安眠出来るようになったって喜んでた・・・」
「そうか」
「わ、私ってば、なつかれたと思っちゃってた・・・恥ずかしー!!」
顔を隠して悶えるウメ。
いや、なつくどころか執着されてるがな。と心で呟くイアン。
なんとか同居は継続しそうだ、と胸を撫で下ろした。