20.最低な告白は逆
「じゃあ、グレバーニには何が迫ってきたのかしら」
先輩達の推測を聞いて、エルスティンが首をかしげる。
エルスティンの場合は、好きな人が遺体になった。
もしグレバーニに好きな人がいないなら、そんな遺体は現れないだろうし、それなら精神を病むことはない。
「奴の人生が転落するきっかけになった人間、もしくは魔法道具の顧客とかじゃないか、とおれは考えている。金づるではあるがろくなことを頼まない客を、グレバーニはバカにしている、もしくは嫌いだったんじゃないか。そういう奴は自分のことを棚に上げて、人を見下すからな。そんな奴らが、鏡の中ではどうなると思う?」
ホークルの言葉に、それぞれが考える。
「バカにしてる奴が偉くなる、かな。あ、グレバーニみたいなタイプの奴って、そんなの見たら傷付きそうだなぁ。どうしてあんなろくでもない奴が、とか言って」
ローグラッドが腕組みしながら、自分の意見にうんうんとうなずく。
「たぶん、プライドがずたずたになるよな、それ。きっと憤死ものだ。じゃあ、単純に嫌いと思ってる相手からは……逆になるなら、言い寄られたりする、とか?」
言いながら、ガージェスが苦笑する。
「だけど、顧客はほとんど男性の名前だったわよね。あ……ということは、おじさんに抱きつかれたりするのかしら」
「わ……気持ち悪い」
アードリーの言葉を聞いて、思わずエルスティンが本音を口にした。
自分の場合は大切な人が死んだが、嫌いな人間が何人も身体をすり寄せて迫って来たら……。
鏡の世界では、逃げるに逃げられない。同じ顔をした嫌いな人間に大勢で囲まれれば、気分がいいものではないだろう。
「プライドが傷付けられたところへ、男に言い寄られる。しかも、その気持ちが強かったり、同じことを何度も考えたりすれば、人数が増える。だとしたら、相当な精神的負担だ。それが延々と続けば、頭がおかしくもなるだろう」
「うわー。オレ、絶対にそんな死に方、いやだぁ」
ローグラッドは組んでいた腕を外し、自分の身体を抱きしめる。
聞いていたガージェスも、さすがに寒気がした。大勢のむさ苦しいおっさんに囲まれるなんて、冗談じゃない。
「ホークルの意見、研究班では文句なしに採用ね」
アードリーがくすくす笑う。
その後、違法な魔法道具は全て順次回収され、再利用できる物はしっかりと安全確認をしてから、使われる部署へ回された。
建物は解体されたので、周辺は時間をかけて森へ戻るだろう。どうやら魔法が使われたのは建物内だけだったので、森に影響が出るようなことがないのが幸いだ。
鏡については、魔物が関わっている様子もなく、破棄が決定される。その破棄については、希望通りにガージェスが担当することになった。エルスティンも一緒に。
そんなこんなで、ようやくこの一件も終わりが見えた。
気付けば、最初にキルファの森へ向かってから、三ヶ月近くもかかっている。一つの案件なのに、結構長かった。
「もう夏だよねぇ。早いなぁ」
エルスティンが研究班で仕事を始めたのは、春。グレバーニの魔法道具の一件がこうして終わる頃には、季節も変わろうとしていた。
マントの下の服は、薄着になりつつある。
「ああ。この前エルスティンが入って来た、と思ったのにな」
横ではガージェスが、すみれ色に変わりつつある空を仰いでいる。仕事も終わり、二人で帰路についていた。
「最近、アードリーとローグラッドが一緒にいるところ、よく見る気がするのよね……。あたしがそう思ってるだけかな」
気にして見ていたのではないが、二人がよく話をしているな、とふと思ったのだ。
同じ部屋で同じ仕事をしていれば当たり前のことなのだろう、と考えていたのだが、仕事以外の話もよくしているような。
盗み聞きしている訳ではないので、本当のところはわからない。
「アードリーのローグラッドを見る目が、前と変わって来たからだろ」
「どういうこと?」
「今回の件で、偽らざる気持ちを知ったってことで」
鏡に取り込まれ、エルスティンと同じく多くの遺体を見たローグラッド。彼はその時に「アードリーの姿をたくさん見た」と話していた。
その時は「そうか」で済んだのだが、鏡の性質についてわかってくると「ん?」となってくる。
元々、ローグラッドはアードリーによく声をかけていた。アードリーは「彼は誰にでもそういう対応をするのだろう」とスルーしていたのだが、ローグラッドが「アードリーの遺体を多く見た」と語るのを聞いて、話が変わる。
ローグラッドも自分が話した内容の意味に気付き「ばれた」と思ったらしい。
こういう状態だった、と話していた時は、まだ何がどうつながるか不明なので正直に伝えていた。
つまり、偽らざる気持ちを、自分でも気付かないまま伝えていたのだ。
それが今回のことで、アードリーだけでなくローグラッド自身にもその気持ちが見えた。
声はかけていたが、本人はあくまでもフランクに接しているつもりでいたのだ。よくできる美人の先輩が相手では高嶺の花だから、と本気にならないように。
アードリーは、ローグラッドの口調が軽いので、そんなに深く考えていなかった。
「死んで悲しいと思うくらいには、気持ちがあるってことね」
と、アードリーもまんざらではないらしい。そうこうするうち、エルスティンも気付く程に、二人の会話シーンが増えていった。
「ふぅん、そうだったんだ……」
話を聞いてうなずき、エルスティンは遅ればせながら気付く。
時間の長さこそ違えども、ローグラッドはエルスティンと同じ状態にあった、ということを。
今の話は、丸々エルスティンにもあてはまる、というのを忘れていた。
調査の続行やら報告書の作成やらで気持ちがよそへ向いていたし、誰も突っ込まなかったので、エルスティン自身も意識しなくなっていたのだ。
が、今の話でエルスティンのことが完全にスルーされるとは……考えにくい。
昔からエルスティンがガージェスのことを好きなのは知っているだろうが、その本気度がどこまで伝わっているのか。
それまでは普通に話しながら歩いていたのに、エルスティンは急に言葉が出なくなった。
医務室で目覚めて家に帰った日のように、顔が沸騰するのがわかる。今が昼間程に明るくなくても、顔色を判別できるくらいの明るさはまだ残っていた。
だとすると、このまま横を向けばガージェスに完全にばれてしまう。……いや、もうばれているのかも知れないが。
気付かなかったとは言え、えらい話題を自分からふってしまった。
「ホークルにさ、言われたんだ」
「え?」
「いつまで聞かなかった振りをするのかって」
何を? と言おうとしたが、声が出ない。それに、今の話の流れでわかりそうなもの。
「俺自身、もう少ししっかり仕事ができるようになったら、と思ってたから、いきなりこういうのって、その、段取りが狂うって言うかさ」
エルスティンは、こっそりとガージェスの顔を見た。
顔が赤く見えるのは、気のせいではなさそうな。
「エルスティン」
「は、はい」
急にこちらを向かれ、エルスティンは肩が震えた。
「俺があの鏡の中にいたら、俺の周りは死んだエルスティンでいっぱいだったと思う……って、告白として最低点だな、これ」
自分で言って、ガージェスは眉をひそめた。
遺体になったエルスティン。それは、あの鏡の中では愛しい相手ということ。
知らない人が聞けば「死んだあなたでいっぱい」なんて縁起が悪いにも程がある、と怒りそうだ。
でも、あの鏡の中、という言葉があれば真逆。
実際、エルスティンの心には、あの鏡の中よりたくさんのガージェスがいる。
「ガージェス……」
鏡の悪夢から覚めた時のように、エルスティンはガージェスにしがみついた。そんな彼女を、ガージェスはしっかりと受け止める。
「好きだ、エルスティン。子どもの時からずっと」
「うん……うん、あたしも……」
鏡の中で、同じ遺体があった意味。
それについて、みんなはわかっていた。誰も何も言わなかったのは、これはガージェスが応えることだったから。
あの日見た「命のないガージェス」はエルスティンの中で次第に薄れ、目の前にいる一人のガージェスになる。
ぬくもりを持ったガージェスに。





