第九話 鏡(八咫鏡)
静寂が、戻ってきた。
あれほど暴れていた世界が、嘘のように止まっている。
トシノリの手には、まだ温もりが残っていた。
一振りの剣。
――草薙の剣。
「……終わったのか」
呟きは、どこか現実感を欠いていた。
――カラン。
乾いた音が、足元で響く。
視線を落とす。
そこにあったのは――
鏡。
ひび一つない、異様なほど澄んだ鏡。
だが。
そこに映っているのは――
自分ではなかった。
「……なんだ、これ」
ルルが、小さく息を呑む。
「それは……」
一瞬、言葉を探す。
そして。
「見ちゃダメ」
はっきりと、拒絶した。
だが――
トシノリは、目を逸らせなかった。
鏡の中の“それ”が、こちらを見ている。
――知らない顔。
――知らない時間。
――知らない終わり。
映像が、流れ込む。
音もなく。
容赦なく。
「やめろ……」
声が、かすれる。
見える。
倒れる誰か。
崩れる世界。
伸ばされた手。
届かない。
そして――
トシノリの手の中で、光る“真珠”。
「……まさか」
ルルが、目を閉じる。
逃げるように。
それでも、逃げきれないように。
「それはね」
静かに、言った。
「“映すもの”じゃない」
一拍。
「暴くもの」
トシノリの呼吸が、止まる。
「真珠は――」
わずかな沈黙。
「誰かの、魂だよ」
音が、消えた。
世界が、遠のく。
鏡の中で、誰かがこちらを見る。
その目は――
助けを求めていた。
「……嘘だ」
否定は、弱かった。
ルルは答えない。
ただ、トシノリを見つめている。
「……じゃあ、俺は」
言葉が、続かない。
何をしてきたのか。
何を壊してきたのか。
すべてが、繋がる。
手の中の剣が、わずかに震えた。
ルルが、ひとつだけ問いを投げる。
「それでも、進むの?」
鏡は、何も隠さない。
ただ――
すべてを、見せ続けていた。




