第二話 救えたはずの代償
「――間に合え!!」
トシノリは、全力で走った。
視界の先――
人影と、迫る車。
さっき見た光景と、まったく同じ。
違うのは、ひとつだけ。
――今はまだ、間に合う。
「どけぇぇぇ!!」
叫びながら、飛び込む。
体当たりで、その人影を突き飛ばした。
直後――
キィィィッ!!
車は、目の前で止まった。
あと数センチ。
それだけで、すべてが終わっていた。
「……はぁ……はぁ……」
息が荒れる。
倒れ込んだまま、空を見上げる。
――助かった。
そう思った、その瞬間だった。
――ドンッ。
鈍い音が、響いた。
“さっきとは違う場所で”。
「……え?」
背筋に、冷たいものが走る。
振り返る。
少し離れた交差点。
人だかり。
ざわめき。
「……嘘だろ……」
足が、勝手に動いていた。
走る。
人をかき分ける。
そして――見てしまった。
倒れている、別の誰か。
制服の袖が、血に濡れている。
赤く広がるアスファルト。
動かない体。
「……なんでだよ……」
喉が、ひりつく。
頭が追いつかない。
助けたはずだ。
確かに、助けた。
なのに――
「どうして、別の誰かが……」
「それが、“世界線”だよ」
静かな声が、背後から落ちた。
振り返る。
ルルが立っていた。
さっきと同じように、穏やかな顔で。
――でも、その目は。
少しだけ、冷たかった。
「一つを救えば、どこかで歪みが出る」
風が吹く。
レモンバーベナの香りが、かすかに漂う。
「トシノリ……あなたは今、“選んだ”の」
その言葉が、胸に刺さる。
「選んだって……何を……」
ルルは一歩、近づいた。
そして、はっきりと言った。
「誰かを救えば、別の誰かが死ぬの」
言葉が、理解を拒む。
でも、目の前の現実が、それを否定しない。
「……そんなの……」
拳を握る。
震えが止まらない。
「……間違ってるだろ……」
悔しさが、喉を焼く。
怒りが、胸を締めつける。
恐怖が、足を縛る。
ルルは、ただ静かに見つめていた。
「じゃあ、どうする?」
試すように。
逃げ道を与えない声で。
トシノリは、顔を上げた。
涙をこらえながら。
「……決まってる」
一歩、踏み出す。
現実から、目を逸らさないように。
「……それでも」
歯を食いしばる。
「全部、救う」
ルルの目が、わずかに見開かれる。
そして――
ふっと、微笑んだ。
「……やっぱり、そう言うと思った」
風が吹く。
世界が、わずかに揺れる。
戻れない場所へと、確かに進んでいる。
その中心に――
トシノリは、立っていた。




