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魔族の温もり

 私が覚えているのは、エマから貰ったお茶を飲んで、シャワーを浴びた所までだった。  エマが誰かと話している気もするけど、ハッキリと覚えていない。  鏡で自分の瞳を見つめた時、何か、暗い何かが私を包み込んで、引きずり込んで行った気がする。  必死に抗ったけど、闇の力は大きくて、強くて。  こんな時、いつもなら暖かい光が私の手を掴んで引っ張り上げてくれていた。



 だけど、だけど・・・母様は現れなかった。  闇に飲み込まれた私は、そのまま沈んだままだった。  次に気づいた時、私は指一本動かせないまま、地に倒れていた。  身体中がおかしい。  激しい痛みと、吐き気どころじゃない気持ち悪さで目を覚ました。



 空が青い。  それは分かる。  何となくだけど、青い気がする。  目もおかしくなっている。  ハッキリ見えない。  涙で滲んだ様に、靄がかかった様に、鮮明に映ってはいない。  そんな私の目に、人の形をした誰かが私の顔を覗き込んだ。



 「生きてる?」



 「ヒュー・・・ヒュー・・・」



 耳の方は、大丈夫。  でも、声が出ない。  熱くて、話そうとすると焼けるような痛みに襲われた。



 「うん。  まだ、生きてる。  魔女の血のせい、いや、おかげか。  何にせよ、お前はこのままだと何れ死ぬ。  どんなに自己治癒力が高かろうが、治る前に魔物か魔族に喰い殺されて終わり」



 「ぁ・・・ぅ・・・」



 「あー、喋らなくていい。  どうしたものかな。  このまま死んで貰っては折角の素体が勿体ない。  かといって連れて帰れば首を落とされる、か」



 聞き覚えのある声だったが、ハッキリと思い出せない。  確か、最近になって知り合った人だった気がする。  でも“誰なのか分からない”。



 「試してみてもいいか」



 人の形をした者は、私の腕辺りに何か針を刺した。  正確には、刺したと思う。  感覚も分からなくなってきた私には、何をされているのかさえ、その時は分からなかった。



 「よし。  どっちに転ぶか分からないけど、運が良ければ命は助かる。  “結果”を楽しみにしている」



 人の形をした者は、そう言うと、姿を消した。  どれ位経ったか、時間の感覚も分からず、残された私は、霞んだ目に映る空を見上げている事しか出来なかったが、突如、それが現れた。



 「ぁ・・・が・・・!」



 何かが私の中で脈を打った。  心臓が破裂しそうな勢いで膨れ上がる感覚と、先程までの痛みとは比べ物にならない激痛と熱さ、ありとあらゆる全ての苦痛が私を襲った。



 「ガァアアウ!!  アガァアア!!」



 叫び声を上げながら、私はのたうち回った。  叫べば叫ぶほど喉の痛みと熱さが押し寄せたが、そんなものはどうでも良かった。  



 ───苦しい───痛い───くるしい───いたい───クルシイ───イタイ───





 母様、誰でもいい、誰か・・・ダレカ

 





 ダレカ タスケテ



 



 



   

 

 「こっちこっち!  凄い叫び声がしたの!」



 「人間じゃないでしょうね?」



 「多分。  空気は人間じゃないみたいだけど」



 誰かが近づいてくる足音がする。   



 「うわっ!  何これ!」



 「凄い血!  早く村に連れて帰ろうよ!」



 「何処の誰かも分からないのに?  止めておきなさいよ」



 「でも、このままじゃ死んじゃうよ!」



 二人の女の声が何か言い争っているのが聞こえる。  後に聞いた話では、私は自分の意思とは関係なく、言葉を発したらしい。



 「たす・・・けて」







 バタバタと忙しない足音で目を覚ました私の目に最初に映り込んだのは、角を生やした赤毛の女の子だった。  女の子は私が目を開いたのを見ると、後ろを振り向いて声を張った。



 「ねー!  やっと起きたみたいだよー!」



 「ほんとー!?  良かったー!」



 遠くから別の声が響くと、誰かに声を掛けた女の子は私の前で手を振って見せた。



 「見える?  これ何本?」



 女の子が指を折り曲げ、私の顔の前に突き出した。  女の子の指の曲がりを数えた私は、声を発した。



 「三・・・」



 「見えてるね。  目と頭は大丈夫そう。  声も聞こえてるよね?」



 女の子の言葉に私は軽く頷く事で答えを返した。  そこまで確認した女の子は一度私から離れると、コップに入った水を持ってきた。



 「起きれる?  上体だけでいいから」



 そう言われ、私はベッドに横になっている事に初めて気が付いた。  しかし、起き上がろうとしたが、身体に力が入らない。  モゾモゾと何とか身体を動かしても、とても一人では起きれなかった。  見かねた女の子が私の背に手を当て、補助する形で何とか上体だけを起こすことが出来た。



 「飲める?」



 差し出されたコップを受け取ろうとしたが、腕が震え、力が入らないせいでコップすら持つことが出来なかった。  女の子は軽く溜息を付くと、コップを構えて口を開いた。



 「話せるから口は開けるよね?  開けて」



 「ん・・・」



 何とか口を開くと、女の子は私の口へコップを宛がい、ゆっくりと傾けた。  身体に力は入らないが、水を飲む事は出来た。  心地よい水が私の喉を潤すと、身体中に水分が行き渡る感覚になった。



 「冷たかった?」



 「う、ん」



 「感覚もあるね。  取り合えずは大丈夫かな」



 女の子はそう言うと、私が随分時間をかけて飲み干し、空となったコップを手に離れていった。



挿絵(By みてみん)



 女の子の後ろ姿をぼんやり見つめていたが、私は改めて周囲へと目を向けた。  木で出来た壁に小さな窓。  女の子が歩いて行った方には木のテーブルに木の椅子が四つ。  どうやら、ここは誰かの家らしかった。



 私がそんな事を考えていると、部屋の奥から女の子と女性が二人で歩いて来た。  先程まで私の世話をしてくれていた女の子と、そんな女の子より背が少し高く、黒髪の女性もまた、角を生やしている事から魔族という事が分かった。



 「起きたのね!  良かったー!」



 涙ぐみながら小走りで近づいてくる魔族の女性は、私の傍に来ると、床に膝を付け、私が見上げないで良い様に、視線を合わせた。  そんな女性の後ろには、私の世話をしていたもう一人の女の子が腕を組んで此方を見ていた。



 「死んじゃうのかと思ったよ!」



 「ほんとにね。  その娘に感謝しなよ?  二ヶ月も眠ってたあんたを看病してたんだから」

 


 「そう言いながら貴女もずっと様子を見に来てくれてたじゃない。  もう、この恥ずかしがり屋さん」



 「うっさい!  折角助けたのに死なれちゃ居心地が悪いでしょ」



 じゃれ合う二人を見ていた私は、ずっと疑問に思っていた事を口にした。



 「誰・・・?」



 「あっ、自己紹介が遅れたね。  私はルナって言うの。  こっちはエルンヴァイス。  エルンちゃんでいいよ」



 「ちゃんは止めなさいよ、ちゃんは」



 「小さいんだからちゃんが似合うよ!」



 「背の事は言うなってーの!  こっちの話はいいんだよ!  で、あんた名前は?」



 私を見つめ、腕を組んだままエルンヴァイスがそう言うと、私はゆっくりと口を開いた。



 「名、前・・・」



 思い出せなかった。  自分の名前なのに、名前がどういう役割を持っているか分かっているのに、その名前だけが私には思い出す事が出来なかった。



 「分からない?  もしかして、記憶がおかしいとか?」



 「可能性はあるよね。  あんな怪我だったんだもん」



 「ごめん、なさい」



 謝る私に、ルナは慌てて首を振りながら私の手を握った。  握られた手が、ルナの瞳の色の様に暖かい。  



 「いいの!  ゆっくり思い出せばいいよ」



 「しかし、名無しってのもなー。  呼ぶときに困るでしょ」



 「後で一緒に考えようよ。  今はゆっくりしなきゃ。  食欲はある?」



 ルナの言葉に、私が答える前に、お腹が先に答えを出した。  その音を聞いたルナとエルンヴァイスは小さく噴き出すと、私は自分の顔が熱くなりながら小さくなった。



 「あっはは!  うん!  ちょっと待っててね!  エルンちゃん、手伝ってね!」



 「はいはい。  えーと、固形物は止めた方がいいよね?」



 「そうだね。  スープにする?」



 「あ、あの・・・」



 二人が離れる真際、私は意を決して口を開いた。  私の言葉に、二人が同時に振り向くと、もごもごとしている私を急かすことなく、私の言葉を待っていてくれた。



 「どう、して?」



 「どうしてって?」



 「どうして、助けて・・・」



 私の言葉に、ルナとエルンヴァイスが互いに顔を見合わせると、暫くした後、私へと向き直った。



 「あたしはルナが助けるって言うから、成り行きってやつ?」



 「出たエルンちゃんの恥ずかしがり屋!  私は、放って置けなかったから、かな。  それと、貴女が助けを求めたから」



 「私、が?」



 「うん。  振り絞るように掠れた声で言ったよ。  “助けて”って。  それに、本当に酷い怪我だったんだよ?  助けなきゃって思うでしょ?」



 ルナの言葉に、私は何も言えなかった。  魔族は敵だと教えられ、実際に魔族と戦ってきた私にとって、ルナの言葉は痛かった。  私は、魔族が今の私みたいになっている時、手を差し伸べられるのか、そんな事を考えた。



 「まっ、この村はそういう魔族が住んでるんだよ。  ちっさい村だし、皆で助け合って生きてる」



 「魔族、なのに?」

 


 「あー、もしかして、あんたも“そっちの口”?  魔族は力が強くて狡猾で人間なんて一捻りで殺せるって?  そんなの、戦闘に特化した奴等だけだよ。  私達みたいに力が無い魔族だっているさ」



 エルンヴァイスの言葉に、思い当たる事があった。  南の大陸で、出会った魔族の子供達。  元々は東の大陸で過ごしていたが、魔族同士の殺し合いに巻き込まれ、力が無い者達は生きる場所を追われていた。  どうやら、此処はそんな生きる場所を追われた魔族達の集落らしい。



 「ねっ、お話する前にご飯にしようよ。  お話はそれからでいいじゃない」



 「そうだね。  横になれる?  手伝おうか?」



 「だいじょう、ぶ」



 言いながら私は何とか上体を倒し、二人へと顔を向けた。  そんな私を見て、二人は安心した顔つきになり、話をしながら部屋の奥へと歩いて行った。



 まさか、自分が魔族の世話になるとは思わなかった。  どうしてこうなったのか、何があって身体がまともに動かせないのか、断片的にしか思い出せない。  何か、凄い大変な事があった気がする。  でも、今は考える気力も無い。 傷が治って、身体が動かせる様になったら、少しずつ思い出せばいい。  そんな考えを持った私は、今は魔族の二人の世話になる事を決めた。



 


 「はい、あーん」



 「あ、あーん」



 「美味しい?」



 「う、ん」



 「良かった!」



 暫くして、ルナとエルンヴァイスが食事が乗ったトレイを手に戻ってきた。  まだ、喉の調子や私の体調を考えて固形物は最小限に、野菜を小さく切り刻んだ粥の様にした流動食を食べさせてくれた。  無理に噛まなくても良く、そんな心遣いが嬉しかった。



 「ご馳走、さま」



 「はい、お粗末様でした!」



 「それでさ、何だってあんなとこで死に掛けてた訳?」



 私が食べ終えたのを見ると、テーブルではパンを齧りながらエルンヴァイスが口を開いた。  エルンヴァイスの言葉に、私は断片的な記憶を辿りにたどたどしく答えた。



 「闇が、迫って来て。  それで、気づいたら、倒れてて・・・」



 「闇?  闇って何だろう。  エルンちゃん分かる?」



 「さあ?  まあ、何にせよ私達が見つけて良かったよ」



 「うん、そうだよね。  あの辺は偶に人間も来るし、危なかったよね」



 「あんたの気まぐれ散歩ってのも役に立つ事もあるんだね」



 「散々止めろって言ってた癖に!」



 「当たり前でしょ。  手練れの人間に見つかりでもしてみなよ、大変な事になるよ」



 ルナとエルンヴァイスの言葉に、何となく違和感を感じた。  確かに魔族と人間は対立しているけど、どうして人間が私を見つけたら危ないのか、どうにも私の感覚と二人の会話が噛み合わなかった。



 「あの、此処は、大陸では、どの辺り・・・?」



 「ぎりぎり西の大陸になるのかな?」



 「北と西と東の丁度交差点、ってとこかな。  ちょっと前に、此処から結構離れてるけど、二回くらいかな?  魔族と人間の大きな戦闘が合ったよ」



 「小さな戦闘は何回もあってるけどね。  二回目なんて凄かったよ?  此処まで音が響いてきたくらいだもん」



 「あのバカデカイクレーターでしょ?  どっちがやったか知らないけど、恐っそろしい事。  知らない?」



 「いや・・・」



 軽く首を振る私を見て、エルンヴァイスは更に言葉を紡いだ。



 「って言うかさ、あんた何処から来たの?  “珍しく武器まで持っててさ”」



 言われて、エルンヴァイスが指を指した。  指された先を見ると、綺麗な刀が壁に立て掛けられていた。  私の愛刀でもある銀雪華が窓から差す光に当てられ、鈍い輝きを放っていた。  そんな愛刀を見つめながら、私は言葉を選びながら口を開いた。



 「西の、大陸の中心から来た」



 「へー!  西の大陸の中心?  こりゃ珍しいね」



 「ほんと!  だから武器持ってるんだ?  魔物はいても、あっち側に魔族なんてほとんどいないって聞いていたけど」



 「どう、して?」



 「どうしてってあんた。  分かるでしょ」



 首を傾げる私に、エルンヴァイスはコップに入った水を飲み干し、袖口で拭ぐった。  何処かで見た仕草だった。  だけど、思い出せない。  とても大切な人だった気がする。



 「ロイヤルクラウンだよ。  あの連中がいる限り、あっち側で生きてられる魔族なんていないさ」



 その言葉を聞いた時、私はビクッと身体を震わせた。  ロイヤルクラウン、私がいた、大事な場所。  そうだ、私はそこにいた。  そして、私の頭の中に大量の記憶が蘇ってきた。  出会った人々、苦しくも楽しい日々。  そして、誰かと旅をしていた事。  しかし、南の大陸で出会ったダブルの事は思い出せても、私の傍にいてくれた大切な人の顔だけが思い出せなかった。



 「魔族を見りゃ問答無用で殺しにかかってくる奴等だ。  こっちは戦う力なんて無いってのにさ」



 「・・・人間だもん。  あっちからしたら私達は敵だし」



 「だからってさ、話も聞かずいきなり攻撃してくるんだよ?  こっちは人間なんて何とも思っていないし、静かに暮らしてるだけだってのに。  戦いたいなら強い奴等同士、他所でやってほしいよ、っとに」



 エルンヴァイスの怒気を含んだ言葉に、私は震えた。  今、私がロイヤルクラウンにいたと言ったら、この二人は私をどうするだろうか。  ルナは兎も角、エルンヴァイスはロイヤルクラウンと魔族の戦争に対して怒りの感情が沸いているのが分かる。  魔族は敵、そう思っていたのに───私は・・・。



 「大丈夫?」



 「う、ん。  はぁはぁ・・・」



 俯き震える私に、ルナが顔を覗き込みながら心配してくれた。  汗が止まらない。  呼吸が荒くなっていくのが分かった。  戦えない魔族もいる、人間に対して恨みも、怒りも無い魔族。  私の考えは間違っていた。  いや、私に教え込まれた考えは間違いだった。



 「ほらー!  エルンちゃんが怖い顔するから!」



 「あたしのせいじゃないでしょ!」



 言い合う二人の声だけが聞こえる。  目の前が暗くなっていく。  そんな私を見かねて、エルンヴァイスが近づいて来るのが分かった。



 「ちょっと、本当に大丈夫?」



 「はぁはぁ・・・」



 「まだ調子が戻ってないんだよ。  安静にしなきゃ」



 言いながらルナが私を横に倒してくれた。  そして、私の手をぎゅっと握りしめてくれた。  暖かい温もりと、ルナの心が私に流れてきたみたいで、徐々に落ち着いてきた。



 「あり、がとう」



 「うん!  今はゆっくり休んで?  眠るまで此処にいるから」



 「変な話して悪かったね。  兎に角、休みなよ」



 頭を掻きながらバツが悪そうに謝るエルンヴァイスを見て、何処かの誰かに似ている姿を思い出した。  そんなエルンヴァイスを見て、小さく笑みを零した私は、ルナの温もりを感じながら瞳を閉じた。


挿絵(By みてみん)

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