魔の血
夜のロイヤルクラウン城内を歩く私は、クイーン様とのお茶会の後、自分の部屋に戻っている所だった。 以前の様な寒さは無く、快適に歩けてはいるけれど、此処までメイドの一人にも会わないのは少なくても私が入ってからは無かった。 やっぱり、以前に比べて魔族との戦争が激しくなってきている事を痛感する。
一人、考え事をしながら歩いていると、廊下の角から見知った空気を感じた。 この空気、間違いないわ。 分かる、私の仲間であり、友達であり、最初のファンでもある、あの娘だ。 空気からして、向こうは私に気づいてない。 ちょっと、驚かせようかしら。
私は倉庫と書かれた部屋に入り、扉を少しだけ開けた。 廊下の角から目を擦りながら歩いて来たのは、やっぱり私の友人だった。 少し大人びた雰囲気、長くなってもおさげに結んだ髪。 何処か子供っぽいけど、そのスタイルは大人の女性を思わせた。
友人が倉庫の前を歩いて行くと、私は気づかれない様に音を立てず友人の後ろからついていった。 欠伸をしながら友人が独り言い始めた。
「ふぁ・・・眠い~。 今日はご飯はいいや~」
「しっかり食べないと倒れるわよ?」
「うん~。 明日は朝から食べる様に~・・・!!」
返事をしながら、何かおかしいと思ったのか、友人が慌てて振り向き、私の顔を見て驚愕した。
「ど・・・ドヤ顔ちゃーん!」
「うわっ! ちょっと、エマ! 苦しい」
急に抱き着かれ、体重を預けられた私は踏ん張る力を込め、エマを受け止めた。 暫くギュッと抱きしめられていたが、徐々にエマが離れて行った。
「ドヤ顔ちゃん! 心配してたんだよ~!」
「リースさんと一緒だったのよ? 心配事なんてある訳ないじゃない」
「嘘ばっかり~。 聞いたよ? 三美凶の一人と戦ったんでしょ~?」
「私じゃなくリースさんがだけどね」
「その後は氷の地に行ったんだよね~? そこでも凄い戦闘があったって聞いたよ~」
「何でそんなに知ってるのよ」
二人で廊下を歩きながら話す。 ああ、やっぱり気心が知れた間柄の話は楽しいわ。 変に気負わなくていいし、特にエマと話すのは好き。 この娘の独特の雰囲気がそうさせるのかしら。 ゆったりとした会話が続けられるわ。
部屋に戻っても私とエマの話は終わらず、二人でベッドに腰かけ話続けた。 独り言で眠いって言ってたエマも、完全に目が覚めたのか、私達の話は尽きる事は無かった。
「はー、成程ね。 リースさん、逐一情報を渡してたんだ」
「うん~。 リースさんとドヤ顔ちゃんの話を聞く度にノーティスが燃えてたよ~。 私も頑張らないと~ってね~」
「ノーティスらしいわね。 今は遠征中でしょ? タイミング悪かったわね」
「うん~。 でも、ノーティスちゃんなら大丈夫だよ~。 凄く強くなったんだよ? それにそれに~部屋が一人で寂しかったからドヤ顔ちゃんが帰って来てくれて嬉しい~!」
「私もエマに会いたかったわ」
「うん~。 あっ、お茶入れるね~。 “メイドさん”に身体がリラックスできる茶葉を貰ってね~。 美味しいんだよ~」
「疲れているのに悪いわね」
「ううん~。 ゆっくりしてて~? “きっと気に入る筈だから”」
私はベッドから立ち上がり、るんるんと鼻歌を歌いながらお茶を用意するエマを見て、改めて帰ってきた事を実感した。
エマが淹れたお茶を飲んだ私は、暫くはエマとの話を楽しんでいたが、段々と瞼が重くなってきていた。 おかしい。 いくら疲れてるとはいえ、こんな急に眠くなるなんて───。
「ドヤ顔ちゃん~大丈夫?」
「う、うん・・・。 ちょっと、眠く・・・」
「そっか~。 良かった~。 ちゃんと“効いてくれたんだね~”」
「今・・・なんて・・・」
駄目だ。 エマの言葉に違和感があった筈だけど、眠くて耐えられない。
限界に達した私は、完全に意識を失った。 どれ位経ったのか、私はいつの間にかベッドに横になっていた。 まだ、頭が覚醒していない中、重い瞼を無理やり薄っすら開けると、エマが誰かと話しているのが何となく分かった。
「・・・はい~。 今は・・・寝て・・・」
【暫く・・・様子・・・お願い・・・】
「分かっ・・・。 これから・・・」
【・・・ブルデン・・・ソフィ・・・ジュ・・・】
「お一人・・・誰か・・・」
【・・・-スと・・・トレブル・・・】
「そこに・・・行かせ・・・」
【・・・頼み・・・】
「・・・した~。 アルメリアさん~」
意識が朦朧とする中、再度眠りにつく私が最後に聞いたエマの言葉は、私の知らない人の名前だった。
私が目を覚ますと、エマは既に部屋にはいなかった。 上体を起こすと、気分が良いのが分かる。 身体も軽い。 まるで、自分が自分じゃない様な気がした。 私はベッドの横に置かれているテーブルに、置手紙と水差しが置いてあるのを目にした。 コップに水を注ぎ、それを一飲みすると、置手紙に目を移した。
『今日は朝から武器の調達があるから、先に出かけるね。 夜には帰って来るね。 行ってきます。 エマ』
「エマ、昨日も遅かったみたいだし、今日は随分朝早くから出てるのね。 あのお茶のおかげで凄い身体が軽くなったってお礼を言いたかったんだけど」
私は“働き者”のエマに関心しながら、シャワーを浴びる為に服を脱いだ。 その時、クラウディアさんに血を取られた時に巻かれた包帯に目がいった。 それを見た時、無性に心がざわついた。
「邪魔・・・ね」
私が包帯を毟り取ると、そこには傷跡の一つもない素肌があった。 別に今更何とも思わないけど、傷が直ぐ治るというのは普通の人間とは違う。 そう、私は特別な人間。 母様の血と、魔女の血を受けた、特別なの。
シャワーを浴びながら改めて考える。 人間と魔族の間に生まれた存在がダブル。 ダブルはその存在から忌み嫌われ、迫害を受けてきた。 人間の理性、協調性を持ちながら、魔族の身体能力を持つ。 でも、ダブルは何れ魔族の血が暴れ出し、人間も魔族も魔物も襲い始める。
そして、そんな不安定な存在でありながら、理性を強く持ち、コントロール出来ている人がいる。 一人は私の師であるリースさん。 そして、南の氷の地で出会ったヴラナさん。 この二人でさえ、私の怪我の治りには驚いていた。 ダブルであってもそんな事はあり得ない、と。
「ダブルでもない私って何?。 特別な人間? それとも、特別な魔族? でも、いい響きよね」
そう、つまり私はそのどれにも当てはまらない。 人間でもなく、魔族でもない。 そして、ダブルでもない。 私は不意に髪に力を込めた。 シャワーの水で顔に張り付いた髪が硬質化され、鋭く尖った。
「悪魔の力・・・か。 リースさん、私が暴れたら殺すのかな。 ふふっ。 “面白そう”」
力を抜くと、濡らされた髪が顔に張り付く。 途端に、身体から力が抜けた。
「はぁ、やっぱり少し疲れる、わね。 でも、前ほど辛くない。 身体の熱さもない。 むしろ、楽しい。 こんなに簡単に動かせる様になるなんて。 ふふっ」
シャワー室を出て、タオルで身体を拭いて行く。 洗面室に備え付けられた鏡に映る自分を見た。 そこには一糸まとわぬ姿の私がいた。 此処を出る前に比べて、髪が伸びた。 少し、筋肉がついた。 だけど、そこには間違いなく“私”がいた。
「ふふふっ。 何だか、気分がいいわ。 ああ、そうだ。 今日は“リース”と錬磨だったわ。 会いに・・・行かなきゃ」
私は下着だけを身に着け、洗面室を出ると、水差しに残った水を全て飲み干した。
「ぷはっ。 足りない。 喉が渇くわ。 もっと、欲しい。 誰か適当に・・・いや“リース”。 そうだ。 リースが・・・“欲しい”」
貧血気味といえる足取りで衣服を身に着けた私は、もう二度と戻る事が無い部屋を後にした。 お腹が空いた。 喉も乾いた。 食べたい・・・ハヤク、タベタイ。
「・・・何だ?」
「この空気、あの娘? いや、違うわね。 これは、何?」
アンナの部屋のソファーで横になっていたリースだったが、妙な空気を観て起き上がった。 そんなリースにアンナは刀を手にしながら答えた。 紅茶を飲んでいたソフィアも剣を手に立ち上がり、扉をジッと見つめていた。 そんな手練れの中でも極上の力を持つ三人が同時に何かを警戒するアンナの部屋は、緊張感で包み込まれていた。
瞬間、アンナの部屋の扉が吹き飛んだ。 吹き飛んだ扉が正面にいたソフィアに迫ったが、ソフィアの手により扉はあっけなく細切れと化した。 埃と扉の破片が飛び散る中、一人の存在が部屋へと足を踏み入れた。
「フフッ。 フフフッ。 ミツケタ。 リース。 ワタシノ ゴハン ミツケタァァ!!」
叫びながら刀を振るう娘に、リースは腕を掴んで動きを止めた。 その相手の顔を見た時、リースは愕然とした。 共に旅をし、意見がぶつかり合う事もあったが、それでもこの娘はリースを信じて付いて来ていた。 死に掛けた戦いも、魔物との錬磨も共に歩んできた。 笑顔が可愛くて、偶に見せるドヤ顔が小憎たらしくて、それでも、真っすぐな目をした娘だった。
しかし、今リースの目に映る娘は全く違った。 目の焦点は合っておらず、口からは涎を垂らし、人間としての意識が完全に無くなってしまっていた。 言うなれば、空腹を抑えきれない魔族そのものだった。
「アンタッ! 何があった!?」
「クワ・・・セロ! ア゛ア゛ア゛ッ!!」
傍から見ても完全におかしくなっている娘を見て、アンナが鬼の形相でリースへと口を開いた。
「リース! そのまま抑えておきなさい! “そいつ”はもう人間じゃない! 斬るわ!」
「待てアンナ!」
有無を言わさず斬りに掛かるアンナを止めたリースだったが、アンナは言葉を聞かず、娘の後ろに回り込み、一刀を振るった。 しかし、娘とアンナの間に割って入ったのはソフィアだった。 アンナの刀を剣で受け止めたソフィアは、アンナへと口を開いた。
「様子」
「ええ、確かにおかしいですね。 ですが“あれ”はもう人間ではありません。 斬ります」
「アンナッ!! 待てってば!」
「黙りなさい! ガデルベルナの時と同じことを繰り返す気!? 同じ過ちは二度も起こさせない! “そいつ”は此処で斬る!」
「ダメだ! この娘は・・・!」
魔に憑かれた全てを敵とするアンナに対して、リースは娘を抑えながら声を張った。 しかし、アンナはそんなリースの声も遮断し、刀を持つ手に力を込めた。
「ソフィア様? 邪魔立てするというなら、貴女も斬ります」
「くっ・・・!」
力を込めるアンナの刀に、ソフィアの剣が押され始めた。 ブルデンバウムで最強と呼ばれているソフィアでさえ、アンナ相手では完全に抑え込むのが難しい。 二人の鍔迫り合いを見ながら、リースは声を荒げた。
「バカ!! ソフィアは人間でしょ!」
「魔に憑かれた娘を庇い立てするというならば・・・敵よ」
「じゃあ、アタシも斬るつもり!?」
「必要とあれば、ね。 退きなさいソフィア、リース」
敵と対峙する時に見せるアンナの瞳は、ソフィアを本気にさせた。 並大抵の事ではアンナは引かないと、そう認識したソフィアは剣を振るった。 しかし、アンナもまた同時に二刀から繰り出す刀撃を放った。
「見隠れ──“乱”」
「仇の太刀──“五月雨”」
ソフィアの“乱”が見えない速度でアンナを襲うと、アンナの“五月雨”が周囲そのものを切り刻んだ。 無差別に周囲を切り刻む範囲が広すぎるアンナの技に、ソフィアの剣撃がアンナの刀撃に飲み込まれると、その勢いは止まず、リースと娘に迫った。
「チッ!!」
迫りくる刀撃に、リースは咄嗟にエルフハーピーの力を解放させ、娘を庇う形で身を守った。 風の障壁に守られたリースと娘だったが、アンナの刀撃の破壊力は凄まじく、障壁を突き破りアンナに切り傷を与えたばかりか、ロイヤルクラウンの塔の一部を完全に切断した。
「イッタ・・・! この大バカアンナ!!」
「流石にタフね。 それがエルフハーピー本来の姿と力という訳? 魔に憑かれた娘を守るダブル・・・正体を現したわね」
「アンタ頭おかしくなったんじゃないの!? いつからアタシがアンタの敵になったのさ!」
「言った筈よ。 魔に憑かれたその娘を守る者も───」
アンナが口を開いているその瞬間、ソフィアの剣がアンナに狙いを定めた。 剣が放たれる瞬間、部屋と呼ぶには悲惨な光景と化した場所へ、凄まじい威圧と眼力を放った女性が足を踏み入れた。
「城内で、何をなさっていますの?」
現れたのはクイーンだった。 規律と秩序を重んじるクイーンにとって、この惨状は当然見過ごす訳にはいかなかった。 更には、周囲に黒服のメイド数名も武器を構えており、クイーンの命令一つでいつでも飛び出す体制を整えていた。
「クイーン。 貴女まで私の邪魔をするの?」
「邪魔? 何を勘違いしていますの? アンナ、リース。 お客様であるソフィア様の前で、この状況はどういう事? 説明なさい」
「いや、これは───」
「オマエモ クワセロォ!」
クイーンが来た事で場が静まり返った時、リースの手を振り払った娘がクイーンへと駆けだした。 魔族の様に牙は無いものの、口を大きく開き、クイーンの首筋に狙いを定めた。
「順調な経過でしたのに、ね。 残念ですわ」
「クイーン! 止めろっ!!」
リースの言葉より早く、クイーンは片手で娘の顔を掴むと、その場で一回転し、溜まった遠心力を利用して投げ飛ばした。 辛うじて残っている壁を粉砕し、娘は彼方へと放られると、リースが瞬時に翼を広げ、その後を追おうとした。
「追い掛けたら、分かっているわよね」
リースの首筋に刀を這わせたアンナは短く言葉を紡いだ。 本気の殺気を感じたリースは忌々しくアンナを睨みつけたが、アンナもまた、殺意の籠った視線をリースへ向けていた。 そんな二人の硬直具合を見ながら、クイーンが手についた埃をパンパンと落としながら口を開いた。
「全く、ロイヤルクラウンの幹部部隊長でありながら情けないですわ」
「黙っていなさい、クイーン。 リース“あいつ”はもう助からないわ。 あの速度、そして此処の高さからして、数十キロは吹き飛んだでしょうね。 後は、地面に落ちて終わりよ」
「アンナ・・・! アンタもあの娘の錬磨を見ていてくれてたでしょ!? 何でこんな・・・!」
「ええ、見ていたわ。 “人間であるあの娘”をね。 あれはもう人間ではないでしょう?」
「何か事情があったんだよ!!」
「それが聞けるような状態でもなし。 その間に城の者、延いては街の人々が襲われたらどうするつもり?」
「アタシが・・・!」
「貴女の力なら完全に抑え込む事も出来たのにしなかった。 いえ、出来なかったのよね? ガデルベルナの時と同じ様に」
「ッ・・!」
アンナの言葉にリースは何も返せなかった。 リースは以前、ガデルベルナを殺す事も出来たが、それをしなかった。 その結果、ガデルベルナは完全な魔族にされ、魔女の部下として人間達を脅かしている。 何も答えないリースに対して、アンナは溜息をつくと、今度はクイーンへと向き直った。
「確実に殺すなら首を落とす方が良いと思ったのだけど?」
「どうせ殺すなら城内では止めて欲しいだけですわ。 問題でも?」
「“そういう事にしておいてあげるわ。 名女優”」
「“ありがとう。 名脇役あっての舞台ですわ”」
そんな三人のやり取りを見ていたソフィアは、周囲へと目を配っていたが、何かを確認した後、自身の剣を納め、口を開いた。
「あれが、例のトレブル」
「ソフィア様、先程は大変な御無礼を。 お許し下さい」
アンナは口を開いたソフィアへ跪き、頭を下げた。 そんなアンナへ、ソフィアは目を細めながら口を開いた。
「魔の者に対しての対応、理解。 お気になさらず」
「ありがとうございます」
「さ、て。 一人はソフィア様を来賓室へ。 残りの者はこの場の処理を直ぐに始めなさい」
アンナとソフィアの会話後、クイーンが黒服メイドに命じると、メイド達が一斉に動き始めた。 そんな光景を横目にしつつ、クイーンがリースへと口を開いた。
「リース。 今回の件、アルテア様にご報告しなければいけませんわ。 来なさい」
「分かってる、よ」
「アンナ、貴女もよ」
「ええ」
クイーンが瓦礫の山を出るとそれにアンナが続いた。 そして、残されたリースは誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。
「必ず迎えに行くから、生きてるんだよ。 大丈夫、アンタは・・・きっと」
祈るような気持ちで呟いたリースの言葉は、忙しなく動くメイド達は勿論、誰にも聞こえていなかった。 一人を除いては。
「だから言ったんだけど。 離れろ、って。 世話がやける」
血の臭いを漂わせ、白衣を着た黒髪の女はそう言うと、数年ぶりに外へと足を向けた。




