魔族vs魔の者
甘かった! 私の計画なんて、プラムベティには全て筒抜けだ! 蝙蝠は私一人だけじゃない。 まだ他にもロイヤルクラウンに入り込んでいる奴がいたなんて! そいつが私の事を吹き込んだんだ! まさか私以外に人間に変化できる奴がいるなんて・・・!
レベルカは自身の指の爪を噛みながら地下へと足を向けていた。 どんな理由があるか分からないけど、プラムベティは知っていながら私を見逃した。 だけど、ある意味チャンスだ! 今のうちに牡丹様を此処から逃がさないと───
「牡丹様・・・!」
「う・・・貴女・・・」
「状況が変わりました。 今すぐお連れします」
レベルカはそう言うと、牡丹を拘束していた鎖を引き千切った。 倒れ込む牡丹を抱え、足早に地下を抜ける。 一刻も早くこの場から離れないと・・・!
暗闇の中から、そんな二人を見つめる赤い瞳が光った。 しかし、レベルカにはそれに気づく余裕は無かった。
おかしい。 いくら何でも、おかしい。 牡丹様を連れて魔女の城を出てから、魔族はおろか、魔物の一匹にも合わない。 此処まで静かな事なんて今までなかった。 やっぱり、罠か。
小さい身体でありながら、人一人背負いながら高速で走るレベルカは、やはり魔族の力を有している事に他ならなかった。 そんなレベルカが辺りを警戒しながら走っていると、念の為として、黒いローブに包まれた牡丹が目を覚ました。
「うっ・・・」
「気づかれましたか? 牡丹様、私の事が分かりますか?」
走りながらそう確認すると、牡丹は小さく頷いた。 記憶の方は大丈夫のようだ。 その事に少しだけ安著すると、レベルカは走る速度を上げた。
「お辛いでしょうが、急ぎます。 気配はありませんが、恐らく追手が来る筈です」
「な、ぜ?」
「私は貴女を救うよう命じられました」
「貴女は・・・魔族・・・」
「そうです。 ですが、今はその事は関係ありません。 このままロイヤルクラウンへ向かいます」
「くっ・・・うぅ」
そこまで話すと、牡丹は気を失う様に眠りについた。
無理もない。 力を奪われ、完全に衰弱しきっている。 空気も殆ど見えない。 このままでは本当に死んでしまう。 その前に、何としてもロイヤルクラウンへ向かわないと。
どれ程走ったのか。 普段ならば、然程疲れもなく行き来する道も、今だけは無限の距離を走っている気分になる。 焦り、疲れ、そして、追っ手が迫るであろう恐怖。 それらを感じながら、レベルカは走った。
星空が広がる大地を走りながら、レベルカは思った。 魔族でありながら人間であるロイヤルクラウンへ肩入れしている。 昔、まだ自分が魔族としての力を誇示していた時、“魔族”である私は死んだ。 人間なんて、唯の餌に過ぎない。 我々魔族こそが、世界の頂点に立つに相応しい種族。 そう思っていた。
そんな私の自尊とプライドはあっけなく打ち砕かれた。 弱者だと、餌だと思っていた人間にあっけなく打ちのめされた。
クイーンと名乗ったその女は、まるで戦場には似つかわしくない姿で、優雅に舞い踊った。 仲間だった者達が何人も殺された。 部下だった魔物も一瞬で葬られた。 だけど、私は、逃げ出さなかった。 天井の化け物に挑んだ私を、クイーンは笑みを浮かべながら倒した。
近づいてくる足音を聞き、死を覚悟した私に対して、魔族に仲間意識があるのが珍しかったのか、私はクイーンに手を差し伸べられた。
『運がいいですわね。 今、貴女は魔族として死にましたわ。 レベルカと言いましたわね。 私と共に来なさい。 そして、ずっと私の傍にいなさい』
気品に溢れた姿でそう言うクイーンに、私は生まれて初めて美しいと感じた。 私は無意識に差し伸べられた手を、掴んだ。
それから、ロイヤルクラウンへ連れられた。 元々、魔族の中でも珍しいとされる、姿を変化させる事が出来た私は、クイーン様の傍から離れなかった。
ロイヤルクラウンで人間として過ごしていると、色々な事が分かった。 人間達は互いに助け合って生きていた。 力有る者は力無き者達を魔族や魔物から助け、逆に、力無き者達は力有る者達のサポートを行っていた。
魔族ではあり得ない光景だった。 誰かと手を取り合って生きて行く。 そんな事、強者である魔族には必要が無かった。 部下である魔物は、所詮は駒に過ぎず、仲間という意識等、無かった。
強いて上げるならば、プリミアとイルミディーテは互いに仲間意識が在った様にも見えた。 だが、それも手を取り合っているのではなく、同族としての意識レベルに過ぎない。
ロイヤルクラウンで暮らしている中、私の心に変化が在った。 悪くない。 互いに助け合って生きている人間達を見て、そう思った。 私を魔族と思わず気さくに話しかけてくるメイド達を見て、改めてそう思った。
今日の錬磨がきつかった、花壇の華が綺麗に咲いた、そんな他愛ない会話でも、楽しいという感情が生まれた。
クイーン様からは、部隊長達の目には触れない様言われていた。 変化が出来るからといえ、空気を完全に人間の物にする事は難しい。 その微妙な空気を見破るのが部隊長達だから、と。 特に、魔族を完全な敵と認識しているアンナ様の目には絶対に映らない様に言付かっていた。
必死に走りながらレベルカは思う。 何故、こんな時に思い出すのか。 そうか、これがメイド達が話していた走馬灯というやつか。 どうやら、私の命はもう、短いらしい。 改めて思う。 悪くない生き様だった。 魔族、そして人間。 相容れぬ二つの道を歩けた事は、幸運だったのかもしれない。
自嘲気味に笑い、目立たぬ様にと、森の中を走り続けていたレベルカの前に、突如として赤い球体が現れた。 遂に、追っ手に見つかったかと足を止めた時、赤い球体から見知った人物が姿を現した。
「はぁはぁ・・・あ、貴女は・・・」
レベルカは星空の荒野を駆けていた。 背には黒いローブで包み込んだ牡丹を背負い、懸命に前に駆けていた。 そして、等々息が切れたのか、レベルカは足を止めた。
「はぁはぁはぁ・・・此処までくれば・・・」
「鬼ゴッコハ 終ワリカ?」
「っ!! その声は、ガルムボーン。 ずっと付いて来ていたの?」
空気を感じさせない事からそれなりの奴だと思ったけど、まさかガルムボーンだとは思わなかった。 オルベルスの奴、本気で私を消すつもりね。
レベルカは牡丹をソッと降ろすと、近くに合った岩に寝かせた。
「ソノ女 渡シテモラオウ」
「はぁはぁ・・・何故私を狙う! 私が何の命を受けているのか知らないのか!?」
レベルカは少しでも時間を稼ぐ為、自身が磨いて来た演技を見せた。 こいつの目的は分かっている。 私を殺し、牡丹様を連れ戻す事。 “あの御方”の為に時間を稼がなくては・・・!
「知ラン 知ッテドウナル?」
「私はオルベルス様からの命を受けてロイヤルクラウンへ潜入しているんだ! その私を・・・これはオルベルス様への反逆だ!」
「奇遇ダナ 私モ オルベルス様カラ命ヲ受ケタ」
「な、何・・・?」
「蝙蝠ヲ消セ トナ」
やはり、オルベルスの差し金か。 それなら、プラムベティは? あいつは私の計画を知っている筈。 何故、この場に奴の部下がいない? いや、此処にガルムボーンしかいないなら付け入る隙はある。
レベルカは心の内を悟られぬ様、更に演技を続けた。
「ば、バカな!! オルベルス様がその様な事仰られる筈がない!」
「話ハ終ワリダ 参ル」
赤い目を光らせ、剣を此方に向けながら爆発的な空気を出すガルムボーンに対して、私は戦闘態勢を取った。
どうやっても戦闘は避けられないか。 ガルムボーン、か。 オルベルスの一番の忠臣であり、その強さは魔族達の中でも折り紙付きときている。 まともに闘ったら軽く捻られる。 だけど、私にはロイヤルクラウンで培ってきた物がある。 少しでも食らいついてやる。
「くっ・・・くくっ」
「何ガ オカシイ」
「舐めるなよ、ガルムボーン。 私とて魔族の中でもそれなりの者だ。 本当の私を見せてあげる!」
幼い姿だったレベルカが妖力を解放した。 レベルカの雰囲気を持ち合わせていながら、魔族と呼ぶに相応しい力を溢れさせ、全力を出した。
「本物の蝙蝠の強さを見せてやるっ!!」
「小賢シイ!」
時間にして数十分は経ったか、自身の周囲を高速走り回るレベルカに、ガルムボーンは苛立ちを隠さずに剣を振るった。 しかし、レベルカには一太刀も浴びせる事は出来ていない。
「これで、どう!?」
ガルムボーンの懐に入り込んだレベルカは、己の拳をガルムボーンに密着させ、零距離からの衝撃派を放った。 衝撃で吹き飛ばされたガルムボーンは両足で踏ん張り、地面を抉った。
「ヌッ! グウ・・・コレモ 人間ノ技カ」
「はぁはぁ。 なんて固い奴」
くそっ“拳衝打”でも駄目か。 此方の攻撃は当たっても致命的なダメージになっていない。 このままじゃスタミナ切れでこっちが追い込まれる・・・。
「フン 少シハヤルヨウダ 流石ハ オルベルス様ニ仕エテ イタダケハアル」
ロイヤルクラウンで人間の闘い方を覚えたけど、此処まで実力差があると小手先の技じゃ効かない。 でも、奴の攻撃も当たっていない。 誤魔化しながらだけど、倒せないまでも、どうにかして“アレ”を連れて逃げ切れるかもしれない。
「ヌンッ!!」
そんな楽観的な考え方をしていたレベルカに、ガルムボーンは剣を大きく振りかぶった。 レベルカがハッと気づいた時、振り下ろされた剣は、大地を切断しながらレベルカに迫った。
「はぁはぁ・・・チッ!」
寸でで躱したレベルカだったが、自分の後ろから声が聞こえた。 何故あいつの方が速い!? 違う、私の速度が落ちているんだ! 体力が・・・!
「ドウシタ? 速度ガ 落チテイルゾ。 体力ガ切レタカ」
後ろに回り込んだガルムボーンは、剣の尻でレベルカの顔を殴りつけた。
「あぐっ!!」
吹き飛ぶレベルカに、ガルムボーンは更に追撃を行った。 レベルカの頭を掴むと、地面に叩きつけ、吹き飛ばした勢いのまま、レベルカの顔面で地面を抉りながら高速で走り出した。
「ハハハッ! 蝙蝠ノ 強サトヤラハ ドウシタ!」
「うがっ・・・! あぐぐっ!!」
「ハハハハハッ!!」
どれ程、地面を抉ったか。 周囲は見るも無残な光景になっていた。 そんな中、ガルムボーンに頭を持ち上げられたレベルカは血だらけになりながらも息は残っていた。
「魔族デ良カッタナ マダ生キテイルノダカラナ」
「あ・・・うう・・・」
くそ・・・強すぎる。 だけど、まだ、死ぬわけにはいかない。 最後の足掻きだけでもしてやる。
「良イ 運動ニナッタ 感謝スルゾ ン?」
レベルカは震える手で、腰につけていた小袋から小さな黒い球を取り出した。 そして、それをガルムボーンの鎧の隙間に入れ込むと、最後の力を振り絞り、鎧の上から思いっ切り叩きつけた。
瞬間、ガルムボーンの鎧の中で凄まじい爆発が起きた。 爆発の衝撃で、掴まれていたレベルカも吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「ぐあっ!! 何よ・・・コレッ!」
「うあっ・・・! つぅ・・・!」
レベルカには煙の中、鎧が剥がれたガルムボーンが膝を付いているが見えた。 ロイヤルクラウンを発つ前、クイーン様から頂いた物が役に立った。 武器を製造している“問題児”が新たに作り出した物。 火薬と呼ばれる物を生成し、それを加工して出来た、爆薬。 正かこれ程の威力なんて思わなかったけど。
煙が晴れ、兜が破壊されながらも、立ち上がったガルムボーンが此方を睨みつけていた。 そして、悍ましい表情で声を荒げた。
「やってくれたワネェ!!」
「はぁはぁ・・・それがお前の・・・本当の顔か・・・」
「ッ!! 見ルナッ!」
手で顔を隠し、背を向けたガルムボーンに対し、レベルカは心底嬉しそうに答えた。
「もう、見た・・・はぁはぁ・・・お前も、演じていたのか・・・」
「殺してヤルッ!!」
憎悪を向けながら近づいてくるガルムボーンに対し、レベルカは大の字になったまま動けずにいた。 一矢報いる事が出来た。 時間も稼げた。 十分だ。 私の演劇はこれで終わり。 後は、傍観者として、あの世から眺めていればいい。
「蝙蝠の最後・・・にしては・・・上出来かな・・・」
「死ネッ!!」
レベルカが己の幕を下ろす際に、振り下ろされた剣を止めた者がいた。 何事かと、剣を止めた手から、腕、肩、そして顔に視線を滑らせた時、ガルムボーンは驚愕した。
「なっ・・・プラムベティ様!?」
「プラム・・・ベティ?」
「ガルムボーン、何をしているのです?」
「見ッ・・・見なイデッ!!」
剣を離し、両手で顔を覆うガルムボーンに、プラムベティは溜息を付きながら口を開いた。
「貴女の顔なんて前から知っています。 それより、これはどういう事ですか?」
「・・・どうイウ?」
顔を覆いながらそう言うガルムボーンに、プラムベティはレベルカを見下ろしながら答えた。
「お姉様には牡丹を連れ戻せと言われたのでは?」
「ハッ・・・ハイッ」
「そこにレベルカを殺せ、という命がありましたか?」
「・・・ありまセン」
「それでは、これは貴女の独断になりますね。 お姉様に報告を。 レベルカ、牡丹は何処ですか?」
鈴のような音色で、優しい口調でレベルカに言うプラムベティに、ガルムボーンは己の顔を隠す事すらせず跪いた。
「お待ちくだサイッ!! 確かに私の独断によるモノッ! しかシ! レベルカは牡丹を逃がそうとしていマスッ! その為、私ハ───!」
「黙って下さい。 灰にしますよ?」
炎を纏ったプラムベティが睨みつけながらそう言うと、ガルムボーンはその場に尻もちをついた。 レベルが違い過ぎる。 オルベルス様の傍に居させてもらって長い年月が経つが、やはり三美凶は天蓋の化け物だ。
「レベルカ、答えて下さい」
「はぁはぁ・・・あ、そこ」
レベルカは震える手で指さすと、そこには黒いローブに包まれ、横になっている人がいた。 プラムベティは二人をそのままにし、ローブに近づき、それを剥ぎ取った。
「これは・・・」
「プ、プラムベティ様?」
ローブを剥ぎ取り、横になっている者を見ながら考えこむプラムベティに、ガルムボーンは声を掛けた。 しかし、プラムベティはそんな言葉を無視し、一つの答えに行きついていた。
「成程、そういう事ですか。 ガルムボーン、牡丹はいません。 城に戻りますよ」
「どういう事デス!? 牡丹ではないのデスカッ!?」
「これは、イルミディーテです。 もう死んでいますが。 どうやら、お姉様に先を越されましたね」
「オルベルス様? オルベルス様がナゼ・・・」
プラムベティの言葉にガルムボーンは唖然としていたが、そんなガルムボーンを無視し、プラムベティは倒れ込んだいたレベルカを背負うと、共に影に消えて行った。
(ドレスお姉様。 貴女の目的が少し分かりました───)




