3-2 二歩目/二人目
「申し遅れました。わたしはこの都市の門を守護せる者、セイ・パントドンです」
彼女はそう自己紹介し、恭しく頭を下げる――パントドン?
カイリィさんが言っていた。この都市にいる《即死》スキルホルダー、名はネーフェ・パントドン。ということは――家族?
「ああ、その子は、もとい私たちは」俺の探るような視線に気がついたカイリィさんは言う。「孤児だったところを、ネーフェに拾い育ててもらったのです。私も普段は略しますが本名をファレノ・パントドン=カイリィといいます」
ちなみにカイリィの名字は~と彼女が説明するのを話半分に聞きながら、俺はこの地に住む、まだ見ぬ《即死》スキル持ちのことを考える。孤児の養育。慈善活動? ホルダーという額面を気にし過ぎなのだろうか。ゼラさんも実際に会ってみれば、何のことはないふつうの女性だった。
「ではネーフェに御用なのですね? 取り次ぎますので少々お待ち下さい」セイさんは言って、立ち去る――前に、カイリィさんに、「三年振りですから、喜ばれると思いますよ」と言い残す。そう聞いた彼女は、にっこりと笑う。
そう、
何より、カイリィさんも、セイさんも、ネーフェさんの話を楽しそうにする。
「失礼します」セイさんは言って、お辞儀をする――その姿がパッと消えた。
俺たちの目の前で。
「ふぁ、ファレノさん、あれは、スキルで移動しているんですか?」
ユイが動揺しながら尋ねた。そうだ、そうとしか考えられない。カイリィさんはスキル《審美》を持っているが、セイさんもなのか。俺も答えを聞こうと彼女を見る。しかし、
「では我々は地面を行きましょう」
彼女は話を躱した。まあ無理に訊くことではない。スキルを他人に気軽に話さないのはふつうの考えだ。俺たちは話を切り上げ馬車に乗り込む。
「そうだ、折角なので港を通っていきましょうか」
手綱を握ったカイリィさんは言った。俺たちは頷く。
港――海。そういえばまだ、見たことがない。
○
潮の香り。というのか。
港に沿って馬車は走っていく。日差しが強い。大小さまざまな船が停泊していて、明らかに遠方から来たのだろうという風貌の人々がちらほら見受けられる。
「リド! 海だよ海!」ユイはかなり興奮していた。彼女も見るのが初めてらしい。「ファレノさん、もう少し近づけない?」
「近づきたいなら」カイリィさんは馬車を停める。「歩いて行った方が早いですよ」
ユイは早速荷台から飛び降りる。着地すると、俺に手を差し出し、
「行こう、リド!」
笑顔で言う。
「えっと、馬車は――」
「私が残ります。ネーフェを待たせているので、あまり遠くには行かないように」
彼女は返した。それと同時に俺はユイに引っ張られていく。
固い地面はいかにも発展国という感じで、いち都市でありながら大変な賑わいだ。前を歩く、というか小走りのユイはどこを目指しているのだろか、見失わないよう急ぎ足でついていく。
途中、不思議な紋様の服を重ね着している髭面の男性や、俺の頭のてっぺんが肩にも届かないような高身長の女性、また干し魚を大量に売りつけてくる男性や、薬草のような干し草を大量に売りつけてくる女性などと擦れ違う。人間が、文化が、刺激が、交錯する。
「きゃっ」
と、目の前にいたユイの姿が視界から消える。人にぶつかって、転んだらしい。俺は駆け寄る。
彼女が激突した相手は、何も言わずにユイを見下ろしていた。背の高い女性で、この辺りでは珍しい、褐色の肌。真っ黒な髪は後ろで一つに結っている。ユイは立ち上がり、「ご、ごめんなさい!」と頭を下げる――
女性は、ユイを持ち上げ。
彼女の胸元の匂いを嗅ぐ。
「「――――ッ!?」」
「この香り――お前たちが、ファレノの連れてきた客人か」
女性はユイを裏返し、今度はうなじを嗅ぎ始める。
「きゃーっ! きゃーっ!」
ユイは暴れるが女性はがっしりと彼女を掴み離さない。そしてその視線は――俺に移る。
ぎらついている双眸。
緊張のため喉が渇く。
女性は口角を上げ――
――俺の 体は 後ろに引っ張られ、
目の前にカイリィさんが現れる。彼女はユイを持ち上げる女性と相対した。そして――例の槍を、どこからか取り出し、
「――無限の鏡の間」
その詠唱に応じるように、女性はユイを左肩に背負い直すと、足下の地面から飛び出た槍を右手で掴み取る。
「撞着するハサヘルの婿よ!」
二人はそれぞれそう言ったところでやめ、槍を構えて向かい合う。
先に沈黙を破ったのは――謎の女性の方だった。
「なんてね」
彼女は槍を手放す――それは地面に吸い込まれ、消えた――と、ユイをようやく降ろし、頭にぽんぽんと手を遣る。ユイは急いで逃げ出しいまだ槍を構えているカイリィさんの後ろに隠れた。
「大丈夫。怖くない怖くない怖くない」
「行きましょう」カイリィさんは、それを無視して体を反転させる。俺たちはすぐそれに続いた。
「ファレノー、感動の再会だろー」
後ろで女性は何やら叫んでいるがカイリィさんは黙殺して手綱を握る。
「……あの人は、一体――」
「乗りましたか? 出発します」 俺の言葉をぴしゃりと遮り、馬車は走り出す。少し苛々しているようだ。俺はユイと向かい合って座る。
「えっと、大丈夫だった?」
「……うん。特に怪我も何もないよ」彼女は体中をぺたぺたと触りながら答える。「なんかすごく喉乾いた。水取ってー」
「はい」
俺は水筒に使っている小さい樽を渡した。
さて、まだ目的地に着いてすらいないのに、この疲労感。果たして《即死》スキルホルダーとまともに戦うことはできるのだろうか。
○
「着きました。ここにネーフェがいます」
言われて俺たちは、馬車から降りる。目の前にあったのは、豪邸だ。ゼラさんの住む城、ほどではないが金がかなりかけられていることは明らかである。
「馬車を停めてくるので待っていて下さい」馭者は言って、建物の裏に消える。そうだ、ここいらで保存をしておこう。昨夜自動保存がされたはずだが、もう昼過ぎだ。手動保存ができる時間である。ユイに断りを入れ、俺は対話を試みる。
「スキルさん、『保存』」
『成果報告。
保存内容を記憶中。
保存に成功しました。
設定されている外部の保存対象において記憶を開始します。
報告終了。』
「……よし」
俺は保存を終了すると、今のうちに剣の点検をしておく。ユイは門のところにある薔薇か何かの花壇を見にいった。
その時。
「あーっ!」
空から声が降ってくる。俺は顔を上げ――目を疑う。
建物の二階の窓から、先程港で会った女性が、庭にいる俺たちを見下ろしていた。
同じ顔、同じ声、同じ髪型――服装が違うか? 彼女は窓から身を大きく乗り出し――飛び降りるようなことはせず、普通に階段を降り、玄関を飛び出した。
ユイにまっすぐ走っていくと、先刻と同様に彼女を持ち上げ、胸元の匂いを嗅ぐ。
「この匂い――ファレノちゃんのお客さん!」
「きゃーっ! きゃーっ!」
俺は急いで彼女の元へ――
「スー!」
今回は早めにカイリィさんが来てくれた。女性は彼女に気づくと、すぐにユイを降ろし、
「ファレノちゃん!」
カイリィさんに、突撃した。広げた腕で彼女を思い切り抱き締める。
「久し振り久し振り久し振り!」
久し振り?
やはり港で会った人とは別人なのか――まあ馬車を追い抜ける訳がないので、当然といえば当然の結論。
「スー、離れて下さい。それから」カイリィさんは慣れているようにテキパキと対処する。心做しか、表情は嫌そうではあるがさっきよりは優しい。「あの子に謝りなさい」そう言って、ユイを指し示す。
スーと呼ばれた女性はその言葉を受け、ユイの元にすぐに来る。
「さっきと今と併せて二つ、一つを足してみっつのごめんなさい」
彼女は頭を下げる。
ユイは困惑した様子で俺とカイリィさんを交互に見た。しかし混乱しているのは俺も同じだ。一体この人は――
「皆様、ネーフェが待っておられるので、どうぞ中へお入りください」
建物の扉の前に現れたセイさんが言う。俺はカイリィさんを見遣った。彼女は頷く。
「セイちゃん、私は?」スーさんが訊くと、
「スーシャさんもいいですよ」セイさんは笑顔で答える。
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