3-3 三歩目/三人目
建物の中に入り、一階の廊下をぐるりと回り、大きな扉の前で立ち止まる。セイさんが戸を叩く。
「ネーフェ。ファレノさんと、お客人を連れて参りました」
室内から、「入れ」と声が返ってくる。中年の男性、だろうか。セイせんは「失礼します」と言って扉を開く。
そこにいたのは、長く高級そうな椅子に座る、声の通り四十代くらいの男性――長く、青っぽい金髪を右目の上あたりで大きく分けていて、服はだぼっとした寝間着のようなものを着ていた。そして何より、
組んだ脚の太腿に腰掛けている、新たな少女。
耳の高さで外形が丸くなるよう切り揃えられており、年齢はセイさんよりも若い、十歳くらいに見える。少女は――何も言わず、じっと俺たちを見ている。
「ファレノ。久し振りだな」男性が口を開く。「そしてお客人、ようこそセイドンへ。オレがネーフェ・パントドンだ」
「どうも」俺とユイは頭を下げる――が、カイリィさんは。
固い表情で、ネーフェさんの足に乗る少女と睨み合う。
「ファレノちゃん初対面だっけ?」スーさんがカイリィさんの顔を覗き込んで言う。「あ、そうですよね、ファレノさん、あちらは――」セイさんは取り繕うように口を挟むが、
ネーフェさんが手を挙げてそれを制止し。「ベル。セイと出ていろ」と眼前の女の子に言った。
「でもネーフェ」
「後で戻ってこい。それでいいな」彼は大きな手で少女の頭を撫でる。彼女はこくりと頷くと、足から降り、俺たちの前を横切ってセイさんと手を繋ぐ。「失礼します」セイさんは言って、ベルさんを連れ部屋から出ていく。
改めて彼と向かい合う――が、今度は彼の方が誰かと目を合わせている、いや合わせようとしている。俺は視線の先を見た。
かちゃかちゃと、並べられている家具や美品の位置を、あーでもないこーでもないと入れ替えている――スーさんだ。
「スーシャ」ネーフェさんはとうとう口を開く。
「ネーフェはどう思う? 秋の始まりはやっぱり」
「お前も出ていろ」
彼女はようやく、振り返って彼と目を合わせ、そして同じく彼女を見ている俺たちに気づく。
「じゃーねファレノちゃん!」彼女は持っていた壺を台の上に戻すと、部屋をそそくさと出ていった。
「――さて、待たせてすまなかったな」
ネーフェさんはそう言って仕切り直す。
「まあまずは腰掛けてくれ」ネーフェさんは彼が座る椅子に向かい合う長椅子を示す。俺とユイは言われた通り椅子に腰を下ろし――カイリィさんは、ネーフェさんの隣に垂直に座り。
彼の太腿の上に脚を伸ばした。
さながら先程の少女のように。
「おかえりファレノ」
ネーフェさんは言って、彼女の頭を撫でた。
“震源”ネーフェ・パントドン。一筋縄ではいかなそうな相手である。
○
「リドークです」
「ユイッサです」
俺たちはそう名乗る。セイさんたちが出ていった後、また新たな女性が入室してきて、茶を出してくれたのでそれに口をつけながら。給仕服を着た無口な人で、一応カイリィさんと顔見知りだったようだが一言も発さず戻っていった。というか人が多すぎる――と、俺はカイリィさんが言っていたことを思い出す。
孤児を引き取っているとか何とか。
女性ばかりなのは気になるが、単に男たちは外で力仕事でもしているのかも知れない。まだ日が沈む時刻でもなく、充分考えられる。
「そうか、いい名だ」ネーフェさんは言う。「最近のオイラスはどうだ。オレが実際に行ったのはもう十年は前になるか」
俺たちは顔を見合わせる。答え難い質問だ。
「ハハハ、質問を変えよう。あの小娘――いや失礼、お姫様は元気か?」
小娘という表現が少し見下しているようで気に入らなかったが、訂正があったので聞き流すとして。お姫様――ゼラさんのことだろう。
「元気ですよ――」
俺が答えようとした時。
カイリィさんが、俺に向かって手の平を突き出す。喋るなということだろうか。
彼女は、「手紙で伝えているでしょう、ネーフェ」と言って、手を下げる。おや。ついさっきまでは仲がよさそうだったが、急に険悪な様子。
「そうだな、信頼しているぞ」ネーフェさんは笑いながら、彼女の肩を抱き寄せる。「ああ、世間不知で我儘放題のお姫様が元気そうで何よりだ」
俺は――流石にカチンと来た。
この男がゼラさんの何を知っているのだ。
俺は椅子から立ち上がり――
ぱちっ。と。
彼の頬を張ったのは、俺ではないし、同じく立ち上がってはいたもののユイでもない。
カイリィさんだ。
「ネーフェであっても、かような侮辱の言葉を赦すわけにはいかない」
彼は叩かれた右頬を感情の読み取れない真顔で撫でると、それを為したカイリィさんの左手を――掴み上げた。
「オレは憶えているぞ。ファレノも奴の元に行く前に『世間不知の我儘放題』を言っていた」
俺は剣に手をかけた。この男は危険だ。そう本能的に理解する。
彼の顔は――笑顔?
「偉い、偉いぞファレノ! 俺の言いつけ通り、姫を第一に考えるよう矯正したか! それにいい平手打ちだ、よく鍛錬している」
…………。
はい。
「悪かったな、怒らせて」ネーフェさんは彼女の腰に手を回し、思い切り胸に抱き寄せる。よく見れば掴み上げたと思っていた手は、指と指を一本ずつ絡ませ合い、固く握り合っていた。
「謝罪に心がこもってない」カイリィさんが拗ねたように言うと、ネーフェさんは彼女の耳にかぷっと齧りついた。
「きゃっ」
「オレは嬉しいんだよ、久々に会ったオレの女の成長が」
オレの女って。
オレの女って!
俺はユイを見遣る。彼女は顔を紅くしてもじもじしていた。どうしよう。俺はいたたまれなくて、カイリィさんに俺たちの存在を思い出してもらえるよう念じる。
と、彼女はハッと我に返ったように俺たちの方を見て、いそいそとネーフェさんから離れていく。依然としてその脚は彼の太腿に乗せたままだが。
「は、話を続けて、ネーフェ」
彼女は直前の姿をごまかすように、澄まして言った。
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