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プロローグ

 イルメリアとノクチルカは隣り合った街だ。

 レジーはノクチルカで暮らしていたが、とあることをきっかけに、イルメリアに住んでいるフィリの元でメイドとして働いていた。

 

「ねぇ、レジー。王都のパーティの招待状がきたの」

「はぁ」


 結い上げられたカラスの濡れ羽色の髪に、パッチリとした藤色の瞳をしているレジーはお仕着せに身を包み、きっちりと仕込まれた手際で紅茶をいれながら、ちらりとフィリへと目を遣る。

 このフィリという娘、24歳という女盛りなのだが子爵令嬢としては珍しく、婚約者の1人もいない。しかし、それは決して縁談がこないからというわけではなかった。むしろ透き通るほどの金糸雀色の髪、見るものの目を捕らえる澄んだ青い瞳、鈴を転がすような声、そして磨き上げられた体躯に、さらに領地経営もしている才女となれば縁談の申し込みが途絶えたことはないくらいだ。


 目を細め、頬に指をあててほほ笑んだフィリに、レジーは背筋がゾッとした。

 ろくなこと考えてないということは明白だった。


「一緒に来てくれるわよね?」

「一応聞きますけれど。メイドとして、ですよね?」

「何を言っているの、私のパートナーとして、よ」


 笑顔で言われて、レジーはひくっと口の端を震わせる。フィリには兄がおり、エスコートは兄にいつも頼んでいるはずだ。

 

 幼い身で実家から逃げ出したレジーはノクチルカで拾われ、性別を偽って男として暮らしていた。妖精の祝福と言われる能力を利用して配達業をしていたレジーは、フィリと顔を合わせることが多々あった。

 中性的な見た目のレジーにフィリは好意を抱いており、来る縁談のすべてを千切っては投げていたことをレジーが知ったのは数年経ってのことだ。

 

「私の初恋の人、お願いを聞いてくれますでしょう?」

「あの、拒否権は」

「ないわ。それにあなたにとって悪い話ではないのよ」


 ピッと取り出した招待状についている封蝋は、草花を模した紋章がされている。それはこの国で王族と肩を並べる妖精王のものだ。


「あの子のお披露目でしょうね」

「で、でも、そこには、」

「えぇ、あなたの実家も来ることでしょうね。だから私のパートナーとしてと言っているのよ」


 来てくれるでしょう?

 そう問いかけるフィリに、レジーはただ頷くことしかできなかった。


 □■□■

 

 そこは煌びやかな世界だった。

 令嬢の1人1人が美しい花のように綺麗なドレスを身に纏って、髪を結い上げ、化粧で顔を彩っている。

 レジーが仕えているフィリも藤色のドレスを身に纏い、パーティ会場を前にしていた。遠く離れた国にある藤の花は枝垂れて咲くらしく、レースとショールを重ねて演出している。


「レジー。さぁ、行きましょう?エスコートはできるでしょう?」

「……どうして」

「ん?」


 にこりと扇で口元を隠し、穏やかに笑うフィリの顔は美しい。流れる動作で差し出した手はほっそりとしている。離れたところにいた令息がほぅと見惚れる程だった。レジーはその見目を前にして、半目でフィリを見つめていた。その瞳はフィリのドレスと同じ、藤色をしていて、フィリのパートナーなのだと誰もが思うだろう。

 レジーがまとっている服もフィリの瞳である青色の装飾を散らばめている。

 

「これは些かやりすぎでは」

「好きな人の色を纏いたい、纏ってほしいって思う乙女心よ」


 差し出した手が行き場をなくしていることに、フィリはむぅと頬に空気を入れ、するりとレジーの腕へと絡ませた。ぴったりと寄り添ったフィリは悪戯っぽく笑い、厚底の靴で背を誤魔化しているレジーを見上げる。


「フィリ様。そのことは申し訳ないと何度も」

「あらあら。そう思うなら付き合ってよ。それにフィリって呼んで?ね?」


 レジーは眉間をぐりぐりと指先でこね、困っているという様子を隠しもしないのに、フィリは楽しそうにくすくすと笑っていた。誰にも聞こえないように声のトーンを落としてレジーは口を開いた。


「私が女であることを黙っていたことは本当に悪いと思っていますから……」

「ふふふ」


 笑いながらフィリはレジーの腕を引っ張っていく。レジーは深くため息を吐いて、煌びやかな世界へと足を踏み入れた。


 5年前に離れたある少年を一目見るために。

 

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