1.レジーの仕事
実に1年のうち半年間雪が積もる街ノクチルカは、時間が停止しているようにも思える。去年も一昨年もこの街は様相を変えることはなく、きっと来年も再来年も同じ光景だろう。
街は静かに停滞しているようだ。
けれど、レジーはそんな街の住人がみな温かいことを知っていた。
レジーは2年ほど前にシェーネという、街の隅に住んでいる薬師の老婆と共に暮らし始めた少年である。
シェーネから親戚の息子として紹介されたレジーは、知らない街と住民に馴染めず、おどおどと暮らしていた。しかし、ノクチルカの住民は皆一様に穏やかで子供は我が子のように可愛がる性質だった。その性質により、おどおどとしていたレジーも、1年ほどで住人の暖かさに絆されてすっかり仲間入りを果たしていた。
シェーネはレジーをどういう理由で預かってきたのかは話さなかった。となれば住人が様々な理由を想像して話すのは当たり前ともいえるだろう。結果レジーは実家で酷い目に合っていたのを、シェーネが保護したのだと共通認識を持ち始めた。
そのことを初め聞いた時、レジーは冷や汗をかいたものだった。
ともあれこの街の住人となったレジーは、妖精の祝福を足に受けている能力を活かし、配達の仕事をして生活を送っていた。
レジーを育ててくれたシェーネは先月穏やかに息を引き取り現在一人で暮らしている。シェーネが亡くなってすぐは、引き取りたいと言ってくれた者もいたが、レジーはその申し出を断った。15歳になったとはいえ心配だと食い下がる皆を、シェーネと共に過ごした家を守っていきたいのだと話せば渋々納得してくれた。
「レジー、これ持っていきな」
「ありがとう!今度安く持っていったげるよ」
一仕事を終え、町を歩いていると果物売りの女性が赤く熟れた林檎を投げてきた。
数日前に隣町イルメリアで住んでいる息子にプレゼントを届けたお礼だろう。女性がプレゼントを手にしたのは前日の夜で、レジーではないと息子の誕生日当日には間に合わなかった。
プレゼントを受け取った息子は急いで手紙を書いてレジーに渡してきたので、帰り道に女性へと渡した。手紙を抱きしめて嬉しそうに笑っていたのを思い出して頬が緩ませる。
「あ、いたいた。なぁ、すまないが明日の朝一にこれを届けてくれないか?」
「朝一?ボク、明日は別に急ぎのものがあるんだけど」
「そこを何とか!急ぎなんだ」
「えぇ……報酬はわかってる?」
林檎を齧りながら歩いていると、レジーの元に1人の青年--ウィルが近寄ってきた。金色の髪に青い目の優男といった風貌のウィルは、この街の数少ない成人男性の1人だ。
ノクチルカは生活をするのに不便はないが、娯楽品に乏しく働き口も少ないことから、成人を迎えるとほかの街へと行くことが多い。
その中でウィルは珍しく長くこの街にいる青年だった。
「2倍。明日の飯をつけてやる」
「いいねぇ、わかってるじゃん。乗った」
「フィリもレジーが手紙を届けると機嫌がよくなるから助かる。が、気をつけろよ」
「は?何に?」
「いや、何でもない。俺はお前といつまでも男友達でいたいってだけだ」
ウィルはいつもレジーの頭を押さえつけるように撫でつけた。そしてそれは今日も同じで、キャスケット帽の上からぐしゃっと撫でたあと、ウィルは手を振って帰っていった。
少し残った手のぬくもりに、ドキリとした心を見ない振りして手紙の宛先を確認する。
あぁ、見なければよかった。
それはイルメリアの領主宛、しかも長女である、フィリ・アリアトラシュの名前が書かれていた。
フィリはイルメリア領主の長女で、ウィルとは婚約間近であるとノクチルカで噂になっていた。というのも、時折ウィルはイルメリアに出かけ、数日後に帰ってくるのだがその数日間はフィリとの目撃情報が多いのだ。
イルメリアでウィルを見た人いわく、仲睦まじく買い物をしていたり、ダンスパーティでフィリのエスコートをしていたりといったものだ。レジー自身も仕事の最中に街を歩く2人を見たことがあった。
「どうしたってどうにもならないのはわかってるんだけどなぁ」
心の中で肩を落としたレジーの瞳は諦めの色に染まっていた。
首元まで切った艶のある濡れ羽色の髪に丈の長いズボン、ダブルボタンのコートを着ているが、顔立ちは柔らかく藤色の瞳はくりっと丸いこともあり、女っぽいと言われることが多い。その事を誤魔化すためにキャスケット帽を被っていた。
腹いせに報酬はたんまりもらってやろうと心に決めて、斜め掛けの鞄に手紙を突っ込み、キャスケット帽をかぶりなおす。明日の朝一だと言っていたが、この手紙をずっと手元に置いておきたくなくて、今から届けにいくことにした。
息を整えて地を蹴れば高く跳躍し、あっという間に家の屋根まで飛び上がる。屋根に降り立った後は、そのまま走りだした。
びゅんびゅんと流れていく景色を視界にいれながら、レジーは走り続ける。イルメリアへの道のりはもう体に染みついていて、目を閉じていてもたどりつくことができる。冷たい風が顔に当たるが、慣れっこだった。




