第33話 美女と野獣のバラぎょうざ
ついに、プロポーズの日がやって来た。
《りんごの木》の本日の卓上花は、大地君セレクトの黄色いバラ。上品さと華やかさがあって、気分はまるで高級レストランだ。
バックヤードに待機している私と恩田さんは、そわそわとしながらホールをのぞいていた。
本当なら恩田さんはお休みの日だ。けれど、大地君の雄姿を見届けたいからと、こっそりやって来たのだ。
「愛華さんって、すごく可愛いわねぇ! びっくりしちゃったわ」
「そうだよね! かわいいよね!」
話題は、噂の愛華さんだ。
先ほど大地君と一緒に来店した愛華さんは、黒色のショートボブがよく似合う、小柄でかわいい女性だった。それでもって、賢そうな丸メガネがキラリと光っている。大地君の情報によると、彼女は植物園で働いているそうだ。
一方の大地君はというと、見事に減量に成功していた。柔らかそうだったお腹は引っこみ、顔も体も以前よりもかなりシュッとしている。服のサイズが合わなくなってしまったため、この日のために新しいものを買い直したと聞いた。
「お似合いだね」
「そうね。美男美女カップルよ。大地君、ほんとによくがんばったわ」
恩田さんは早くも目を潤ませていた。まさしく、子の成長を喜ぶ親の顔だ。他人の大地君でそうなるなら、自分の子どもが恋人を連れて来たら大泣きしてしまうのではないかな、と私は想像して眉を下げた。
「ましろさん。アリス君と協力して、料理を運んでもらっていいですか?」
キッチンにいたりんごおじさんに声をかけられたので、私のお仕事の始まりだ。恩田さんに「いってきます!」と手を振って、元気よくホールに繰り出す。
「バンバンジー、チンジャオロース、エビチリ、ホイコーロー、酢豚、マーボー豆腐、揚げ春巻き! いっぱいだね!」
「少しずつたくさんの料理があると、小食の方も楽しいかと思いまして」
「店長、中華料理も作れるんすね。すげぇ」
「若い時に修行しましたからね。さぁ、メインはもっとインパクトがありますよ~。お願いしますね!」
感心する私とアリス君は、小皿料理をせっせとテーブルに運んだ。
その度に大地君と愛華さんが「わぁ!」と目を輝かせて喜んでくれるので、給仕し甲斐があるというものだった。
そして、最後は大皿に盛り付けられたメインディッシュ。
「お待たせしました! 【美女と野獣のバラぎょうざ】です!」
「きれい……。本当にバラの花みたい」
愛華さんはぎょうざを見て、うっとりとしたため息をもらした。
それは、何枚かの皮を組み合わせて餡を巻くことで、お花の形を再現したぎょうざだった。皮は白色の他に、オレンジ色、黄色、緑色と、色鮮やかだ。まるで花束みたいな大皿だった。
「皮にはにんじん、かぼちゃ、ほうれん草が練り込まれています。味や香りもそれぞれ違うので、ひとつひとつお楽しみください」
笑顔で説明をすることができた。恩田さんに練習を聞いてもらっていただけあって、滞りなくすらすらと、だ。隣のアリス君も、「いいじゃん」と言わんばかりの目配せをしてくれた。
「重野君、ご飯いただく?」
「いや~……。俺はやめとこうかな。せっかくやせたから」
「そう……。なら、私はライス小盛りで」
愛華さんの声が若干トーンダウンしたのが分かった。そして、それだけでなく――。
「私の好きな重野君じゃない……」
「えっ⁉」
「えぇっ!」
「え」
愛華さんの小さなつぶやきが聞こえてしまった大地君、私、アリス君は、素っ頓狂な声を上げてしまった。どうして? と、目がまん丸になる。
けれど、愛華さんはどこ吹く風で、熱心にぎょうざをパクパクと食べていた。
「あ~、美味しい! ご飯が進んじゃうわ! 肉汁と合うのよね!」
「あ、愛華さん! 待って、あの……」
衝撃発言に慌てる大地君がいたたまれない。
私とアリス君は気まずくなって無言でおろおろとするけれど、大地君をアシストする方法は見つからない。
(大地君、せっかくがんばってやせたのに。これじゃプロポーズどころじゃ……)
「ご飯、おかわりいただけますか⁉」
「は、はい!」
愛華さんが空っぽのお茶碗を差し出してきた。小食だと聞いていたのに、大地君に見せつけるようにしてガツガツと食べているような印象だ。
そう、見せつけるように。
「あ、分かったかも!」
キッチンにいるりんごおじさんが白ご飯を盛っているところを見守っていた時、私はひらめいた。
思い出したのは、大地君から聞いた2人の出会いやデートの話だ。ぎょうざの大食いイベントで出会い、食べ物に囲まれたデートの数々。大地君が太ってしまうほどの美味しくて楽しい日々。
自ずと答えが出てくる。愛華さんの好きな大地君とは――。
「大地君! 当店から、ダイエットをがんばったごほうびです。どうぞ!」
「ましろちゃん、これは……!」
私が大地君の前に置いたのは、小どんぶりに入ったつやつやの白米だ。ふっくらと炊き立てのお米からは、白い湯気が立ち昇っている。
「俺がダイエットしてるの知ってるのに、どうして?」
「大地君は、いっぱい食べないと! ですよね、愛華さん?」
戸惑う大地君をよそに、愛華さんに問いかかる。
愛華さんの前には、小盛りの白ご飯。彼女は黒い髪を耳にかけながら、照れた様子で「そうよ」と頷いた。
「私、美味しそうにたくさんのご飯を食べる重野君が好きなの」
「えっ。そうだったの?」
大地君はぱちぱちと目を瞬かせている。大盛りのご飯と愛華さんを見比べて、どうしようか悩んでいるように見えた。
「俺、愛華さんにつり合いたくて、スマートな男になろうと思ったんだけど……」
「つり合うかどうかなんて、他人の評価でしょ? 私はたくさん食べて、にこにこ笑ってる重野君がいいわ。でも、目標に向かって努力ができる人だって、分かったのはよかったかな」
愛華さんはようやく屈託のない笑顔を見せてくれた。
「……これからは、私が毎日ご飯を作ってあげる。痩せるヒマなんてないくらい」
「愛華さん! それって、もしかして俺と……」
グイッ!
大地君の口に、オレンジ色のバラぎょうざが放り込まれた。
「ふぐぐっ」
「ご飯が進んじゃうわね、重野君」
微笑ましい光景に、私とアリス君はもう一度顔を見合わせた。今後はお互いにっこりだ。
ダイエットマニアの恩田さんは少し残念かもしれないけれど、大地君はきっとリバウンドしてしまうだろう。幸せ太りというやつだ。
***
数週間後、愛華さんが《花かご》のお店番をしている姿を見かけた。
「愛華さん、こんにちは! 《花かご》さんで働いているんですか?」
「あら、ましろさん。そうなの。植物園の仕事がお休みの日に、お手伝いをね。ここなら大好きなお花もいっぱいだし……、いつかは重野く……大地君と2人で切り盛りしたいしね」
大地君の名前を言い直す愛華さんを見て、胸の奥がキュンとした。照れながら微笑む愛華さんが可愛らしい。
「そうだわ。よかったら、このお花もらって」
愛華さんが照れを誤魔化すかのようにお店の奥から持ってきたもの。それは、爽やかな青いバラで作られたプリザーブドフラワーだった。両手のひらに乗るくらいのサイズで、リボンの結われた白い鉢にちょこんと収まっている。
「わぁ! いいんですか?」
「えぇ。私が練習で作ったものだから、売り物にはならないの。でも、《りんごの木》さんにはお礼をさせてほしいし……」
「喜んでいただきます! りんごおじさんたちも喜ぶと思います」
「うふふ。今度また、大地君と伺わせてね」
「はい! お待ちしてます!」
結局、私には「恋」はよく分からない。
大地君と愛華さんを見ていると、甘いセリフもドキドキするような大胆な行動も必要ないのかな、なんて思ったり。「恋」の先にある「家族」になりたい気持ちも、いつか分かるのかな、なんて思ったり――。
でも私は、まだ『恋』より『ご飯』でいいかな。
そんなことを思いながら、私は花を抱いて《りんごの木》に向かったのだった。




