世界一偉そうな王妃と三人の魔女と覆面強盗の砂漠の夜(3)
姉たちは勇んで扉を開いた。
噂のみんなに愛され、愛くるしく、奔放で自由な王妃様とはどういうものかこの目で見てやろうと思っていた。きっと華奢で可憐で小柄で、少女のようで、どんなことをしたってみんなに笑顔で許されてしまうような愛くるしい娘なのだろう。そうに決まっている。
その愛くるしさでミカエルを落とし、今や国王と弟の二人を手玉に取っている。この泥棒猫。
そんな先入観を持って扉を開いた姉たちの目の前にあったのは──天蓋付きのそらとぶ絨毯から現れためっっっちゃ迫力ある女であった。
靡く黄金の髪。かつん、と大理石を踏みつけたヒールは高く、凛とした瞳は思わず目を伏せそうになるほど眼光が鋭い。肉食獣である。猛獣である。
しかも背高いし。何も言わなくても覇気がすごいし。
笑顔じゃなくて威圧感で国を手玉にとってそう。
(おい思ってたのと違わないか姉君?)
(あれ……あ、あいくるしい……?)
(なんですか、この娘の迫力は……まるで鍛え上げられたムキムキの僧帽筋……!!!!)
金色の髪と、しなやかそうな強そうな体は、女達が描いていた『みんなに愛されている王妃サマ』とは全くイメージが違った。
周りにかしずいて荷物を持とうとしていた鏡の精たちが気迫にやられてぱりーんとちょっと割れた。こわいよ。
「あっ、ね、姉ちゃんたち……出迎えはやくなーい?」
ひょこ。と、ヴィクトリアの後ろからミカエルが顔を出した。
その瞬間。
ガブリエラ、ラファエラ、ウリエラの頭からとりあえず諸々のことが吹っ飛んだ。
「おかえりなさいミカエルさん!!!今日も素晴らしい肉体美ね!」
「ああ、心配していたんだよ弟よ!!いつだってお前は私に似て世界一可愛いよ!」
「お、おかえりなさい……!み、みかちゃん、ちゃんと、み、道案内できて、えらい……息して歩いてて、えらい……!!」
『ミカエルサマ!世界で一番美しい弟サマ!』
『オカエリナサイマセ弟サマ!』
鏡たちもやんややんやする。
ミカエルはその場で顔を覆ってしゃがみこんだ。
これだから帰ってきたくなかったのである。この姉たち、何ってもう小さい頃からミカエルにだだ甘いのである。めっちゃくっちゃ甘くて超優しいのである。いや嫌なわけではないけど……上司とその妻の前でさあ……!!こういうのは……!!
あとついでに鏡の精霊たちもばっちり調教されている、恥ずかしい。
ヴィクトリアはぱちりとまばたきをしただけでふっと口元を緩める。フレデリックは隠そうともせずににこにことした。
「ほう。いい家庭で育てられたようだな」
「ミカエルのお姉さんたちも、ええっと……鏡の精たちもとっても優しい人なんだね。だから君ってなんだかんだでいい子に育ったんだなあ……」
微笑ましい目を王夫妻から向けられてミカエル・カタリアは転がりまわりたくなった。いや別に褒められるのは嫌ではないし!むしろ嬉しいし!でもなあ!!!!!
「……とりあえず、姉ちゃん、ただいま……抱きつくのやめて……息できな……ガブリエラ姉ちゃん骨がきしむって〜!!!」
姉に言う台詞ではない。
はっとした三人はミカエルをやっとのことで解放した。
特に力を込めすぎて弟を複雑骨折させかけたガブリエラは理性的に反省した。
理性的だが筋力に理性はない。
「あら、ごめんなさい。久々に会えて嬉しかったんですよ、ミカエルさん」
「そうだよ、弟!」
「本当に、おかえりなさい………あっ、時給制から月給制に昇格したんだよね……?み、みかちゃん、お、おめでとう……」
宮廷魔道士、下っ端はアルバイト時給制である。
そこから月給制に昇格したのはミカエルのちょっとした最近の自慢であった。ふふん。
だがしかし。
「なんで知ってんの???ストーカー???」
『オメデトウゴザイマス!』
『オメデトウ!』
『オメデトウ!』
鏡の精、インコみたいな喋り方する。
ミカエルは姉たちの情報ネットワークが怖くなった。この姉たち、三人の魔女、とラビアンとサンティアの国境では有名なのだが、自分が月給制になったことまで伝わっていたとは。なんでだよ本当に。
「えーーあーー、ともかく!今日は姉ちゃんたちに頼みがあってさ〜、それで実家にわざわざ帰ってきたんだよね!事前に王サマから来訪の封書もいったと思うけど!」
ミカエルの言葉に、三人は頷く。
来訪の封書も来たし、ミカエルが今どこにいるという斥候からの手紙もずっと来ていたのでよく知っている。まあヴィクトリア王妃とぴったりくっついて乗り合わせているという話が書いてあった封書はさっき弾け飛んだが。
「──分かりますよ。サンティア陛下にかけられた魔法の解析ですね」
赤いドレスのガブリエラの指が、すっと王の透明な体をなでた。
王はちょっと普通に恥ずかしくなった。
「しかし……少々解析には時間がかかると思います。その間、うちに滞在していただいても?」
すう、と赤い口紅を塗った美しい唇を持ち上げて、三人の魔女たちの長は微笑んだ。それに対して王は抵抗なく頷く。ミカエルは言うまでもない。ここ自分の家だし。
「うん、それはぜひ……お願いします」
「いやまあ普通に泊まってくよ!どっか大きめの部屋貸して、どこでもいいからさ〜」
「我が弟には自室があるだろう?そちらに荷物を持っていくといいよ。王妃様と王様は一番家で大きな部屋に入って頂いても構わないかな?少し古いかもしれないが」
「大儀である」
王妃だけ一言。超偉そう。
とにかく、とミカエルを青い服のラファエラが追い立てて奥へ押しやる。
弟の背中が見えなくなったのを見てから、では、と長女ガブリエラは言った。
「──では、陛下、妃殿下。うちで一番大きなお部屋へご案内しますわ」
彼女は、王妃を連れて廊下を歩む。
階段を進む。上へ、上へ、上へ。
最も大きな部屋──、それは、なんと屋根裏だった。
ウルトラスーパーご無礼である。
ボロの屋根裏。古びているが、天蓋付きのベッドと机、二人がけの椅子、巨大な箪笥は用意されている。絨毯も文句なしに高級品……だが、古びているし、埃臭い。
しかし王族に無礼な、と怒れるほどではない。汚いが、怒れない。この絶妙なラインが肝なのだ。ウルトラスーパーご無礼、ただしセーフラインつき。
この部屋は間違いなく『この家で一番大きく』『一番高級な家具がある』。
「ごめんなさいね、うちは古い屋敷ですから──こんなお部屋で」
「えっ、ちょっと……その、臭……ルームフレグランス特殊なもの炊いてる?」
王の精一杯の気遣い、逆に慇懃無礼になっちゃっているが本人は気がついていない。
「構わん、ここに泊まろう。歴史の香りがするな」
黄金の薔薇は麗しく微笑み、赤いドレスのガブリエラは内心憎々しくなった。なるほどそれが、人を魅了する女帝の微笑みというわけですね。顔の筋肉の動かし方がうまい。全然動揺してなくて腹立つ!ついでによく見たらこの王妃様ボディライン綺麗ですね!鋼のような筋肉、腹立つ!
ガブリエラは大人びた振る舞いに反して案外子供っぽかった。あと筋肉フェチだった。
「──では、ごゆっくり」
扉を閉める。
ボロボロの部屋で王妃が過ごさなければならない屈辱、しかも王を助けなければならない故に館の主である自分たちには逆らえないだろう。少しぐらい嫌な思いをしたらいいのだ。
「ふっふっふ……」
ガブリエラは悪い魔女みたいな笑い方をした。
部屋の中には細々とした嫌がらせのまじないがあちこちに仕込まれている。元々魔法の練習室だったのだ、ここは。
自分が戦闘訓練のために調教した戦える家具たち、その中でも特にいやらしい傍を歩こうとしたら的確に伸びてきて小指をひっかけるタンスとか!
一つ下の妹が遺跡発掘師になりたいがために作り出した一瞬で開く落とし穴の魔法とか!
二つ下の妹が珍獣が好きすぎて調教した糞三連射できる鮮やかな鳥の魔法とか試されていた練習室だ。
どの魔法が発動してもちょっと嫌な目に遭うだろう。ひっひっひ。
ガブリエラはすました顔を貫きながらもほくほくしながら階段を降りる。
もしかしたら王妃は今日は眠れないかもしれない、コウモリの羽ばたきや虫の羽音や、部屋の埃臭さのせいで!
きらびやかなものだけに囲まれて育ってきた王妃サマだ、あんな見た目だが当然貧乏な場所で寝る等慣れていないだろう。
明日の朝が見ものだわ、とうきうきしながら長女は思った。
あまりにうきうきしていたので彼女はスキップしすぎて天井に大激突してしまった。うきうきスキップのせいで天井に穴があいた。
(いけない……つい大腿四頭筋と下腿三頭筋と大殿筋に力を入れすぎてしまいました……)
一見華奢な美女だがこの筋肉フェチ、体が異常に強かった。どういう足の力をしてるんだよ。
彼女が異常な跳躍力で窓の向こうで飛び跳ねるのを、じっと夜の庭園の中見つめている者たちがいた。
それは盗賊の見本みたいな格好のやつらであった。
その者は素早い動きでぴゅいっと口笛を鳴らす。コウモリが飛んできた。盗賊の一人は、その足に何かしらの伝言を結わえる。
そして彼らは、庭園の茂みを通り息を潜めた。
準備は万端。そろそろだ。




