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世界一偉そうな王妃は黒き奴隷市場を救済する (中)

「王様~、王妃ちゃんがさ、ねこねこネットワーク使って城下町捜査してるって」

「なんて?」


フレデリックはぱちりと目を瞬かせた。

王の公務室。今いるのは、天才術士ミカエルと、王であるフレデリックの二人だけだ。


「人が消える事件の件だよ。猫軍団引き連れたお嬢さんと一緒に捜査してるみたい」


ミカエルは軽い調子で言った。

ねこ軍団。もふもふしてかわいい響きだ。


「……っていうかさあ、この国の王様のそば付きみんな過保護すぎじゃない?オレが言うまでなーんも知らなかったっていうし」

「……なんでだろうね。僕が頼りないからかな……でも、だから君が教えてくれたこと、ありがたいと思っているんだ、ありがとう」

「どういたしまして~」


術士はけらけらと笑う。


「ああでも、こうやって王様に一人だけいい顔して寵愛を賜ろうって腹かもよ~?」

「いやあの僕、ちょっと男性を愛する趣味はなくて」

「オレは顔が良ければどっちでも~!」


いきなり薔薇フラグを立てていくスタイル。


「って、いや馬鹿野郎、陛下、政治的な意味だよ」

「あっ、そうなの、びっくりした」


この王様たまにド天然かましてくるな。


さて。


王宮から、城下町からーー人が消える。

それは当然王の耳にも入っていたが、王妃が独自の捜査ネットワークを使って捜査を始めたのは、ミカエルに教えられて初めて知った。

ヴィクトリアはたまにこうして、自分を一切介さずに勝手に行動をする。もちろん彼女の行動を自分は縛る意図などないけれど、ちょっと寂しくなったりする。


「にしても王妃ちゃん、相変わらずアグレッシブだねえ。黄金に発光するイノシシみたい」


その例えはちょっとどうかと思う。


王妃付きのミカエルは、最初に出会った魅了の魔眼事件以来、王様王様と親しげにしてくれるので情報源としてありがたく情報をもらう仲である。


今回はその情報網がうまく生きた形になった。

誰もがフレデリックの耳には敢えて入れまいとしていたことが、雑談の延長で王の耳にも入ったわけである。


「……イノシシはともかく。猫関連っていうと、ミレイユ嬢かな……?」

「そうそう、元・妾候補のお嬢さんね~。彼女と、彼女の配下の猫軍団と一緒に城下町で動いてるらしいよ」


言い方にちょっと引っかかって、フレデリックはミカエルを見た。


「……らしい、ってどういうことだい?親衛隊の護衛は?」

「それがさあ、秘密裏に動きたいからってほぼ受け付けてくれなくて。特に派手に魔法ぶちかます術士部隊は、王妃の勅命で全員待機~」


ミカエルの軽い嘆きにフレデリックは大いに動揺した。

この間単独行動で国境線付近まで行っちゃって、やっと戻ってきたと思ったらまた一人で城下町に出ている、心配しかない。

彼女だって一応十九歳の女の子なのに……!


王様、ちょっとまだ現実が見えていなかった。


「そんな……!ヴィクトリアに何かあったらどうするんだ……!?」

「あのね、王様。どっちかっていうと王妃ちゃん『が』何かされるっていうか、王妃ちゃん『に』何かされる人の事を心配した方がいいと思うよ」


石畳の上で転んだら、石畳が砕け散って本人無傷みたいなイメージあるよなあの人。

しかしフレデリックは心配性だったので、気が気じゃない感じでおろおろした。


「……王の権限で一部の隠密部隊を動かす、王妃に影から貼り付いて護衛させるよ……彼女はね、表向きからの僕の援助はあまり受けてくれないから」


言い方にミカエルは軽く眉を上げる。


「なーに、どうしたの王様。王妃ちゃんには自分なんか必要なーいみたいな言い方しちゃってさ」

「いつだってそうだよ」


王は、珍しく少しだけ沈んだ声で言ってから笑った。


あの人は、僕の助けなんていつだって必要としないし、助けられるのは僕の方ばかりだ。昔からそうだ。小さい頃から。出会った頃から。学生時代もそうだったし、大人になってからもそう。


フレデリックは窓の外を見る。月が綺麗で、それはヴィクトリアの髪の蜂蜜色を思い起こさせた。






メランコリーな雰囲気で王様が王妃を思っていた頃、王妃はというとシスター服に身を包んで、バールのような何かを握りしめていた。

シスター服であろうが、その目の黄金の獣のような輝きが抑えられるわけではない。


月夜の王妃、まるで獲物を見つけた肉食獣のようであった。

物騒。


「……案外あっさりと……『人間消失』の場所が割れましたわね……」


傍にはステーキ肉及び、それによって増量するブランダン宰相のお肉に釣られた令嬢ミレイユが同じくシスターに変装して共に闇夜の茂みに隠れていた。こちらはボウガンを背負っている。ご令嬢たるもの、ボウガンの一つぐらい嗜みですわ。


彼女は足元によってきた灰色の猫を抱き上げてそっと頬擦りする。


「……使い魔の猫ネットワークによると今夜きている人間は十二人ほどですわね……。『ぶにゃーうにゃー』人数は男女半々、年齢は十代から五十代まで幅広く、服装は全員が『うにゃにゃにゃ』ちょっとダサめでお金持ちっぽい人はいない。やってくる一人の表通り魚屋さんのマルスさんは毎朝釣りたて小魚をくれるいい人です『ゔにゃーーー』」


その情報はいらなかった。


「しかしそうか。こんな深夜に一つの場所へ十二人が集まってくるのならば、偶然ということはなさそうだ」


王妃は偉そうに頷く。

ミレイユの足元には、おおきな猫が撫でて撫でてとばかりに転がっている。もみもみと腹を揉んで猫に手をぺしぺしされる。あぐあぐされる。がじがじされる。しかしミレイユ・ユペールは笑顔のままである、強い。


「ねこちゅわ~ん、ありがとねぇ~、いい子でちゅね~」


声がめっちゃ裏返っている。猫好きにはよくあるやつ。


「ぶにゃーーん」


それに対して相変わらず魔国産の猫、声がデスボイスであった。




ここは、町外れの教会。猫たちのネットワークの結果、夜になるとこそこそと複数人の人間が街を出ていくことが分かったので、ヴィクトリアとミレイユは様子見に来たのである。変装は保険である。


教会へ向かう人々は人目を忍びはするが、特に猫目は忍ばなかったようだ。


「よくやったわ……あとで、おいしいお魚をあげましょうね……」


ゔにゃーん。ごろにゃーん。ぶにゃにゃにゃーん。


今の主人たるミレイユに褒められて、猫たちは揃って声を上げた。猫たちに、出会った人間と行先の情報を教えるように言ったところ、最初はどうでもいい人物情報ばっかりめっちゃ集まってきたのだが、成果が出たのでよしとする。


『ねこちゅわ~んかわいいねえ~最高にキュート、ソーキュート、俺の女神~』と自作の歌を歌いつつ踊りながら迫ってくる髭面の大男のことだとか、無言で近寄ってきて腹に顔を埋めてよだれを垂らしつつ猫を吸ってくる女のことなど……

やべえ猫好きが街に大量に隠れ住んでいることが捜査のついでに不本意に分かってしまったけれどもーー本命の情報が手に入ったのでまあそれはどうでもいいのである。どうでもいいのである。


話を切り替えていこう。


さて、本日教会付近に集った人たちは、皆それなりの服装に見えた。めちゃくちゃ裕福というわけではないが、ちょっとみすぼらしい……程度だろうか。

彼らは、すでに止まっていた大きな馬車へと群がる。その上にーーばさり、と巨大な翼を持った影が降り立った。


魔国の住人。

この王国の人間には決してない特徴を持った背の高い男。フードを深くかぶっていて、顔は見えない。


「おおっ、いらっしゃったぞ……!」

「どうか、我らにお恵みを……!我らにもっと稼ぎのいいお仕事をくださると聞いて……!」

「割りのいい副業をください……!」

「妻に財布を差し押さえられて女の子と遊べんのです……!」

「夢の国に連れて行ってくだされ……!」

「救世主さま~……!」


一人ネズミがいっぱいいそうな国に行きたそうにしてるやつがいる。

何せ、人々は魔国の住人を見て熱狂した。この男が失踪事件になんらかの関与をしていることは間違いない。


というか、話題からしてなんか……割りの良いバイトに人々を誘う詐欺のようである。もうなんか詐欺。雰囲気が詐欺。

茂みの中のミレイユは、あきれ返った。こういうのにあっさり騙されてしまう人って多分あれだ、ちょっと人生に疲れてる。


「……妃殿下、どうしましょう……?猫にもぐりこませますか?」


ミレイユがそう言って横を向いた時に、王妃は消えていた。


あれっ。


右見て左見て前を見る。すると黄金の王妃は、しれっと馬車に乗り込もうとする列に並んでいた。


隠密か?行動が早すぎる。


考えるための脳と動くためのパワーが直結してる感じがすごい。しかし手にはしっかりバールを持っている。こいつ、何かあったら、やるきだ。

ミレイユは仕方なく立ち上がり、茂みから出て行く。

魔国の男が眉を潜めた気配がした。


「……お嬢さん」

「はい……」

「あなた、この教会のシスターですか。ここへ来た目的は?」

「目的……ですか……?」


なんと答えればいいのだろうか。よく考えたら、人が失踪する理由が何もわからない、ここは穏便に……。


「ステーキ肉がほしくて……」


しまったつい本音が。


「肉?」


えーいこうなったらやけっぱちである。


「身内に、いいお肉を食べさせたくてここに来ました……。割りのいい副業をいただいて、できるだけ脂肪の多い甘いものやおいしいものを用意していただくことはできますか……?ぷにぷにを保持したいので……」


魔国の人間に対しても性癖をぶちまけていく女。

翼の生えた男は普通に困惑した。


うーん、変な奴が釣れてしまった。


「ま、まあ、……稼ぎは勿論百万ゴルドは保証しますが、それ以上はあなたの頑張り次第でしょうね……。」

「本当に……!?」


ミレイユ、ちょっと釣られかけた。


「ええ、頑張ればなんとでもなります」


そんな、元気があればなんでもできるみたいな。


「では、わたくしも馬車に……」


順番に乗り込もうとする。全員が乗り込む、ミレイユも乗り込む。少し遅れてヴィクトリアが乗り込もうとしたところで、男はついと眉を上げた。


「……あなた。ええ、あなた。そちらのシスターのあなた」


ヴィクトリアは答えない。相変わらずバールのようなものを握って地味に臨戦態勢である。


「我らの馬車に、物欲が目的で乗り込むようには見えませんね。この馬車は魔国のとある場所へ向かいますが、あなたの目的は?」


ミレイユは動揺した。この王妃様、なんと答えるつもりだろう。ここで下手を打てば潜入捜査はゼロからやり直しだ。なんとかじぶんが、ごまかさなくてはーー……!


「平和と安寧だ」


ヴィクトリアは顎をあげて言い放った。

へ、平和と安寧。


「えっ、あっ、えーと、私たちのご紹介するお仕事でちょっとそれが叶うかどうかは」


哀れにも魔族は普通におろおろしてしまった。


「よい。我が叶えようと思えば事は叶うのだ、何も言わずに我らを運ぶがよい!神の御心はいつでも我の上にある」


最後だけシスターっぽい事言ってもな。


魔族の男は、黄金の覇王……じゃないやシスターのオーラに当てられてなんかもうよくわからなくなったので、大人しく御者の席に座った。

馬車に詰められて、人間たちは魔国へと近づいていく。ミレイユはこの構図になんとなく思うところがあって、辺りを見回す。


秘密裏に連れて行かれる人々。その行き先は異国。さっきの人たちの言動から言って、甘い言葉で釣られて連れて行かれようとしている。これって、


……奴隷集めなのでは。


わたくしたちは、いや、王国の民たちは、自ら奴隷として魔国に飛び込んでいっているのではないだろうか、悪魔に騙されて。



ーー漆黒の馬の蹄の音が、王国と魔国の国境線に向かって残響のように響いた。

次回の更新は今日の夕方7時になります、よろしくおねがいします〜!

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