世界一偉そうな王妃は黒き奴隷市場を救済する (上)
書き終わりました、月曜日の夜22時に完結いたします。最後までどうぞよろしくお願いいたします。
王宮の廊下に、ひそひそ声が響いていた。
若いメイドが二人頭を寄せ合っている。
「ねえ、知ってる?最近の城下町の怖い噂」
「ええ、ええ、あれでしょう?人が知らないうちに町から消える……」
「王宮内でもね、消えちゃった人がいるらしいのよ、それも何人も。数ヶ月前に入った若い番兵も、公式愛妾様のおつきの女の子も」
「それ、戻ってきた人はいるの?」
「それがね、いないのよ……だから怖い話なんでしょう?」
メイド長ブリジットは曲がり角の向こうでメイドたちが喋っている言葉を聞いて小さくため息を吐いた。ずっ、と長いメイド服の裾を揺らして歩み出ると、きゃあと小さな悲鳴が上がる。
鬼の形相の上司が曲がり角から現れたらそりゃびびる。
怖い。
「あんたたち!ぺちゃくちゃ喋ってる暇があったら掃除しなさい、そんな噂話ばかりしているとあんたたちも消えちゃうわよ!」
「きゃっ……ご、ごめんなさいブリジットさま!」
「申し訳ありませんメイド長!」
若いメイドたちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ去った。
上司から逃げる逃げ足検定一級。
ブリジットは人の居なくなった廊下を掃除しなおしながら考え込んだ。
王宮内で最近消えている人間が多いのは事実だ。よく調べたが、消えた人間は別に前にいくつかあった事例のように『農地送り』になったわけでもないらしい。
(最初はデルフィーヌ様のアレが多かったのかと思ったんだけどねえ……)
通称農地送り。一部の人間にだけ知れ渡っている、公式愛妾デルフィーヌの人を闇へ葬る手段である。ちなみに葬られた人、一ヶ月後ぐらいにめっちゃ日焼けして健康になって王宮に戻ってくると評判。あとすごい農作物に詳しくなる。
(でもどうやらそうでもないらしいし。……陛下や妃殿下は認知しておられるのかどうか)
陛下はちょっとこう、おバカで心配性なので周りの配下が『まだ確定していないやばいこと』の情報の一部は隠す傾向がある。
これはたぶん、『まだ確定していないやばいこと』に含まれているのだろう。
だがブリジット・ディーは知っている、人が消えているのは王宮だけではない。城下町でも、ぽろぽろと知っている人の姿が消えているのだ。割と緊急事態。
(昨日町に買い物に出たら結構人がいなくなってたしねえ)
例えば、実家のパン屋の手伝いをしていた青年。街角でいつも花売りをしていた少女。いつも安売りしてくれる野菜商人。夕方に行くとお惣菜が5割引になっている惣菜屋の看板娘。夜に行くと魚が投げ売りされている店の漁師見習い。めっちゃ城下町に割引店がある、万歳。最高。万々歳。
情報源が偏っているのは気にしてはいけない。
とにかく、これはそろそろ陛下に奏上しなければならないだろう。
こんなにどんどんと人が消え続けたら、王宮も、城下町もそのうち回らなくなる。そして誰もいなくなるのは困るのである。仕事的な意味も。
消えた子たちはどこへ行ってしまったのだろう。心配だけれど、今はそれ以上に切実な問題がある。
目の前に広がる広大な廊下、今日ここ担当だったはずの娘が朝からこない。
「人が消えると城の掃除区域がどんっどん増えるのよ、人攫いだかなんだか知らないけどあんたが全部掃除して!!!!????」
ブリジットは猛然と箒を動かして、今日も誰も掃除しない区域をせっせと掃き清めていった。
「妃殿下、いらっしゃいませ」
玄関に現れたフードを被った怪しい人物は、フードを颯爽と取ると金色の髪をふわりと零して笑った。
「今日は小雨でしたのに、我が家までご足労くださるとは……何の御用ですの……?」
「何やら最近、城も城下も静かだ。そう思わぬか?ミレイユ・ユペール」
そう問いかけられて、ミレイユ・ユペール令嬢はちょっと押し黙った。
ここは、ブランダン宰相の首都における家であった。宰相ともなると各地にハウスを持っている、その中の一つ。豪奢な居間には深い緑の椅子、それに悠々と腰を下ろした妃殿下、向かい合うミレイユ。
とりすました顔をしながらも、ミレイユは考えていた。
くっ、今日はブランダン様との面会ラブラブちゅっちゅ日だったはずなのに。一日会えないだけで一日千秋!妃殿下邪魔!
「妃殿下、帰ってくださいます……?わたくし、忙しいので……」
「この王国広しといえど、このヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンにそのような口を聞けるものは珍しい。ふっ、面白い女だ」
リアルOSO。
本人は意図していない極上の覇王オーラの黄金の微笑み、文句なしにかっこいい。本日もヴィクトリア王妃は相変わらず女帝の極みであった。
しかしミレイユ・ユペールの好みはぷにぷに年上おやじなのである。ぷにぷにしていて包容力のあるおやじが大好物なのでこの攻撃は無効、ターンエンドだ。
「とにかく、妃殿下……なにゆえ、わたくしのところに……?本日はわたくし、ブランダンさまとの面会日なのですが」
「そなた、毎日面会日ではないか。監獄の門兵がそなたが朝昼晩深夜通ってくるのでちょっと疲れていたぞ、休ませてやれ」
朝にはおはようございますとサンドイッチを持ってくるし昼には紅茶とアップルパイを持ってくるし夕方にはディナーを持ってくるし深夜には夜食を持ってくる女がいます、と通報が監獄担当官の上司まであがったとか。
「……ブランダン様にはあのぷにぷにのボディを維持していただかなくてはいけないので……」
「ではこうしよう、そなたが我に協力をすれば、監獄の食事の改善を考える」
「お断りします……わたくしが毎日ブランダン様に美味しい手料理を食べさせればいいので……」
「ところでそなた、猫たちと随分と仲がいいようではないか。体に猫の香りがつくほどに」
この王妃、人の話を聞いちゃいねえ。
「……そうかもしれませんけれど……それが何か関係が?」
「この家に飼われているのは、大半がトビネコ、魔国由来の猫だな?」
「………まあ、はい……」
王妃が何の話をしようとしているかまるでわからない。
『協力』と『猫の話』に何の関係があると?
「そなた、町中に情報網を張り巡らせているだろう」
話が突然飛んだ。点と点が繋がった。
今度こそ、ミレイユ・ユペールは黙り込んだ。
魔力を帯びた猫たちが、主人の動揺を察してにゃーにゃーと声を上げる。すりすりすり寄ってきて宥めようとしてくれる。超かわいい。ごろにゃー。
わたくしの使い魔たち、今日も最強にキュート。
「魔国の猫は知能も高い、お前は猫たちとなんらかの意思疎通ができるのだろう、ミレイユ・ユペール」
「………あら。……妃殿下……そんな、わたくしそんなこと……」
「ふむ、なら聞こう。そなた何故、玄関に『フードを被って現れた人物が王妃』であると我がフードを外す前にわかった?」
急に推理物の探偵みたいなことを言い出した。
「フード越しでも王妃様のオーラが見えましたので………」
「今日の我のローブは暗殺対策兼オーラが出ないようにオリハルコン織り込み済みだ」
オリハルコンが万能すぎる。
ミレイユはゆるゆると息を吐く。魔国の猫は頭がいいので、言っていることがある程度わかるし、教え込めば言葉も二百言語程度ならば伝えられるようになる。
擬似使い魔として使うには、充分すぎる種族である。膝に飛び乗ってきたトビネコを、ミレイユはそっと撫でた。
目を上げる。彼女はついに肯定した。
「………ええ、ええ。ブランダン様の猫が、表の大通りを歩いていらっしゃる王妃様の事を見つけましたの……。暫く王宮でお預かりしていただいていた子でしたが、密輸入の猫を王家に置くわけにもいかず差し戻されたものですわ……。まあ、そのおかげで王妃様のお顔を覚えた様子で……そう、運良く情報が手に入りました……」
静かにおっとりとミレイユは答えた。
ぷにぷに狂いの年上大好きこのご令嬢、普通に喋っていれば普通に穏やかな才女に見えるのでタチが悪い。喋り方はゆるやかで色っぽい、まあ中身はちょっとあれだが。
「……その情報網、かつては宰相のためのものだったのだろうが。我のために活かす気はないか?」
ミレイユは真面目に言った。
「ブランダン様に朝昼夜夜食を持っていきたいので……お断りしても……?」
王妃は唇の端を持ち上げる。
「どうしても拒むというのであれば仕方ない。そなたの宰相の部屋に錬金塔特注のトレーニングマシーンを導入し、毎日健康のためのランニングでも勧めてみるか」
(こ、この外道!)
彼女は笑う。それはもう発光するような、魔導LEDみたいな微笑みであった。剛毅にして傲岸不遜、俺様何様王妃様。
いくらミレイユが止めようがやるぞというオーラがばんばんに透けて見えた。
彼女ならやるだろう。宰相の部屋にランニングマシンを、バランスボールを、ダンベルを導入し、食事を全部脂肪がつかないタイプのものに変えるぐらい普通にやる!
(そ、そうしたら……そうしたら……ミレイユのブランダン様がガチムチガッチガチマッチョに……!!!?????)
「王妃様それだけは……っ!!!!お許しを……!!!!!捜査に協力しますから……!!!!」
「よかろう。よくぞ話を受けてくれた、後からこの家にたっぷりと脂肪の乗ったステーキ肉でも届けさせよう。それを宰相に食べさせてやるがよい」
「あっ、それは嬉しい……!!!!!!」
華麗なまでに容赦のない覇王のやり口。
かくしてミレイユ・ユペールは陥落し、魔国の猫たちによるネットワークを用いた捜査が幕を開ける。
同時刻。にゃおーん、と猫の声が響く月の夜。
町外れのとある場所に、大量の人間が集まっていた。
その中に、ある青年の姿があった。病気の妹と、髪の薄い親父を持った青年……そう、王妃と王の結婚パレードで銃をぶっ放した青年であった。彼の名前はティーガ・ラグーと言った。今はホワイト衛兵として働いていたはずだが……。
彼は他の多くの人々と一緒に、じっと何かを待っている。
やがて、遠くから馬車の音が聞こえてくる。人々はざわめく。その馬車に殺到しようとする。まるで芋洗いである。または砂糖菓子に全力で群がるアリ。
ティーガもそれに続こうとすると、後ろから不意打ちでくいと服を引っ張られた。
「危ないと思いますぅ!あそこに行ったら潰れちゃいますよぅ」
「うるさい、行かせてくれよ!俺はあの馬車に乗らなきゃいけないんだよ!!」
「だめですよぅ~!!」
緊張感のない娘であった。
ピンクっぽい髪をツインテールにしている、貴族っぽい娘。
ティーガは少女を引っ張って走り出す。
「ちっ、じゃあお前も一緒に来い!」
「えっ!?」
「ここへ来たってことは、お前だって『そういうこと』なんだろうが!あの馬車に乗りたいんだろ!?」
「えっ、さ、サラはぁ……ただ、デルフィーヌさまにぃ……」
「デルフィーヌ?公式愛妾の?」
「えっ、あっ、はいぃ……」
貧乏な俺が町外れで出会ったのが王室勤めの貴族のご令嬢だった件。いやでも、今はそんなことどうでもいい。俺はあの馬車に乗りたいんだ。あの馬車に乗って、ーー、魔国へ行きたい。
サラ・マーニュはわけもわからないまま青年に引っ張られていく。
馬車の影に、ばさりと翼を広げた人影が見えた。
明日から一日三回、昼12時、夕方7時、夜22時に更新してラストまで駆け抜けます、読んでいただけてうれしく思います〜!




