世界一偉そうな王妃は地獄の番犬を手懐ける (終)
一連の捜査の流れを終えて城へ戻ったヴィクトリアは、ある事に気がついた。
人が、妙に少ない。出迎えるメイドも少なければ、兵士も少し少ないような気がする。違和感に微かに顔をしかめながらも自室に戻った瞬間、いきなり声を張られた。
「ヴィクトリア!!!!」
フレデリックであった。もう涙目であった。
っていうか泣いてる。一国の王様なのに。ほぼ無許可で城を出ていったので相当心配していたらしかった。
豪奢な天蓋つきのベッド、深い紅の天鵞絨のカーテン。その見慣れた部屋に待ち構えていたフレデリックは、思いきりヴィクトリアを抱きしめた。
「無断で出て行かないでくれ、心配するだろう……!?しかも数日も戻ってこないし!ミカエルからは『王妃が石油王になってました』とかいう変な報告しか上がってこないし!石油王ってなに!?」
「魔石油を売り捌く豪商の息子という設定だったのだが。名前はナンデ・モ・カエールと言って、豪商の七番目の息子で、婚約者はいないが意中の相手はいる、愛人は七人ほど……」
王妃、案外設定凝り性。
「あっ、細かい設定はいいです」
「そうか…………」
残念。
「それより、ああいう書き置きだけして出ていくのはやめてくれ……頼むから」
フレデリックは咳払いをしてから、絞り出すように告げた。
彼は机の上を指し示した。そこにはヴィクトリアが出ていく前に書いた紙が一枚。
超雑なメモが残っていた。ひとことだけさらりと添えられている。
「ちょっと市場に行ってくる、って君は王妃なんだから買い物に行く奥さんみたいな書き置きだけ残して出て行かないでくれるか……!?」
「すまぬ。『出張だ、今夜は飯はいらない、一人で食べてくれ』の方がよかったか」
「旦那さんみたいな書き置きもしなくていいからね……」
声を上げるフレデリックの体を押しやって、ヴィクトリアは彼の目を見上げる。
フレデリックは下から見上げられて少し落ち着かない気分になった。そういえばこの覇王な王妃様が黙って抱き竦められてくれるのって結構レアだな。
「すまなかった。心配をかけた」
「……うん」
ヴィクトリアらしくない、素直な謝罪だった。
フレデリックはほうと息を吐く。部屋の中、揺れる橙色の灯りに蜂蜜色の髪を反射させて俯く彼女は、いつもの光り輝くオーラとは遠く見えた。ただの、女の子に見えた。
「ところで、あれはないのか」
うん?
「あれって……?」
「ご飯にする?お風呂にする?それとも私?というやつだ」
前言撤回!!!やっぱりヴィクトリアはヴィクトリアであった。
「ないよ!!!!」
「ないのか。直ぐに用意せよ」
偉そう。超偉そう。蜂蜜色の髪の王妃は胸を張って偉そうに王に向かって命じた。立場的には王妃の方がちょっと下のはずなんだけどな。
「君本当そういうところだぞ!?」
「用意せよ、お前の役目であろうが。ほら、かわいくひらひらのエプロンをつけて言うがよい」
「どっちかって言わなくてもそれ君の役目だよ……!」
蜂蜜色の髪を輝かせるヴィクトリアは、腕の中で期待の眼差しをこちらに向けてきている。フレデリックは盛大にため息を吐いた。
息を吸って、吐いて。
そっと髪を撫でて、困ったように微笑んだ。
「お帰り、僕のヴィクトリア。ご飯にする?お風呂にする?それともーー……」
ドン、と天蓋の柱に片手がついてベッドがみしっと言った。
あれ、このシチュエーション前にもなかったっけ。
揺らめく光の中、美しい髪が揺れている。
「勿論お前だ、我を癒せ」
(かっこいい!!!!!無理!!!!!!!!)
「無理?頑張れ」
心を読むな。
ヴィクトリアはフレデリックに顔を寄せる。
「我からも聞いてやろう。我を愛することと我に愛される事、どちらが望みだ。叶えてやろうぞ」
「へ……、……。……どっちも、っていうのは」
「欲張りなやつだ」
ふっと微笑むその顔は、いつものヴィクトリアだ。
彼女はいつだって破天荒で放っておくとどこかへと走っていってしまう。繋ぎ止めることはとても難しくて、いつどこで危ない目に遭っているか心配で仕方がない。
彼女は強い人なのだと、ずっと、婚約者だった時代はそう思っていたけれど。最近は、そうでもない。
フレデリックはそっと手を伸ばして、ヴィクトリアを抱きしめる。その体は細くて華奢だ。どこから大剣を振り回す力が出ているのかわからないくらいには。
彼女は、ただの一人の女の子だ。十九歳の、女の子。
そのことを、忘れないでいた、いーー……
「フレデリック、我を目の前にして何の考え事だ?」
みしっと柱がきしんだ。そういえば壁ドンされてましたね。
「あの、いや、あの、このベッドアンティークだから、ヴィクトリア、もうちょっと優しくしないと壊れ、」
「ふむ。優しくが希望か、いいぞ」
「えっあっいやそういう意味じゃ、うわーーー!!!」
王の話を平気で遮る。超偉そう。
ベッドに二人して沈む。
白いシーツがスローモーションで舞っている。それを背景に微笑む、きらきらした金色のヴィクトリア王妃は美しかった。
そして、やっぱり、まあ、めちゃくちゃ世界一偉そうだった。
国一番の権力者である国王を押し倒す、ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェン王妃は、今日もまた世界で一番偉そうである。
これにて地獄の番犬編終了です、待て次回!読んでいただいて嬉しいです、是非最後までお付き合いいただければ幸いです〜!




