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「あ、シェロ!どこ行くの?」
「あの人…………知ってる!!」
あれは、あの後ろ姿は…………
「チエ!!」
「チエ? 」
振り返った女の人が驚いていた。
人違いだ…………。この人はチエじゃない。
「ごめん。間違った。」
そう言うと、女の人は軽く頭をさげて去って行った。
後ろ姿は…………チエそのものだ。でも、チエじゃない。
俺が人間になって守りたかったのは…………本当は、あの人だ。
隼人がリンにやっていたみたいに、あの寂しそうな背中を人間の手で、そっと撫でてやりたかった。大丈夫、大丈夫。俺がいるよ。俺がずっと側にいるから。
そう、人の言葉で伝えたかった。
「シェロ~!」
後ろから隼人の呼ぶ声が聞こえた。それでも、俺は、何故かその後ろ姿から目を離す事ができないでいた。
俺はまた、飼い主を救えないのか?どっちを選ぶ?チエか?隼人か?
「待ってよ!シェロ!!」
隼人が俺を追って、大通りに飛び出して来た。すぐそこで車の光が見えた。
「バカ!車が来る!!」
ああ、そうか。過去を捨てるって…………今を選ぶって事か。過去とは別の未来を選ぶって事なんだ。
だったらそれは…………それは…………
当然、隼人を選ぶに決まってる!!
「隼人、危ない!!」
俺は走った。何とか、車より早く、隼人の元にたどり着かなきゃ…………
二度とその手は握れない!!
だって…………どんな言葉をかけても、どんなに叫んでも、どんなに鳴いても…………あの人はもういない。
俺は、ベランダの柵の隙間から、力の限りチエの名前を呼んだ。チエは遥か下の方で、空を仰いでずっと動かなかった。何度も、何度も呼んだ。それでも、俺の声は伝わらなかった。でも…………今は…………
「隼人!!」
「シェロ!!」
呼べば答えてくれる。
手を延ばせば…………そこにいる。




