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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十一章 目の前にあっても見えない答え
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ルーサー王の胸の裡は


 ブドウの蔓が絡んだパーゴラの下、一段高くなっている敷石にふたり並んで座った。午後の陽射しでほんのり温まっている。足を開き気味にしてスカートの上にフリシアを下ろしてしまった。

「メルカットの人間のうち、あなただけはレーニアに住める……」

 ピオニアは独り言のように呟いた。

「そりゃ、人生の半分近くはこの島で暮らした計算になるだろうから……」


「あなたが総大将として軍を率いて上陸していたら、戦況は違っていたでしょうね」

「そんなことはないだろう? 私は(いくさ)上手(じょうず)じゃない。それにメルカット城を離れてはいけない気がしていた」

「ええ、私もずっと、この城を留守にするなんて許されない気がしてました。家族の思い出たっぷりの大切なうちであると同時に、足枷でもあったのかも」

「そうだろうな」


「何をしてしまったんだろうな、私は」

 ルーサーは壁に囲まれた中庭を見廻した。

「たいしたことないわ」

 ピオニアの声が余りに明るくてルーサーは振り向いて見つめた。

「レーニアのみんなが戻ってくれば、三日で元通りよ」

「三日? そう、なのか? おまえの城を直すだけでもう二ヶ月もかかっているのに?」

「大丈夫よ」

 ピオニアは島を代表して笑って見せた。


「みんな、戻ってくるのか?」

「ええ、戻るわ。あなたがメルカットへ帰ったら」

「ここにはいさせてはもらえないのか。そりゃ、もちろん……そうだよな。木こりや船大工に吊るし上げを喰らう」

「そんなことしないわよ、うちの人たちは。メルカットがあなたを待っているでしょう?」

「私は……、私など、いないほうがいいだろう。戦どころか、庭仕事も大工仕事も、何をやっても不器用だ」


「王様は(まつりごと)をすればいいじゃない」

「王としても失格だ。皆に苦労をかけた。王様引っ込めと云われたんだ」

「あれはわざとよ。レーニアが裏で画策して、処刑場で叫ぶように依頼したの。私の夫を助けるために」

「だとしても、それが国民の気持ちを代弁してたから、あれだけの暴動になったんだろう?」

「暴動? 違うと思うわ。ハンスが助かった一時間後には、みんな普段の生活に戻ったじゃない」


「いや、いいんだよ、慰めてくれなくて。おまえがいなくなってから、国内を廻って民の意見を聞いた。王としてでなく、薄汚い恰好をして酒場とかに潜りこんで。誰にメルカットを統治して欲しいか尋ねると、返ってくる答えは、『あの病痕者』か『アストール』ばかりだった。私は自分の民に見限られたんだよ」


「それでもデルスにみんな押しつけちゃだめじゃない」

「よくやってくれていると思うが?」

「だめよ、あの人にメルカットの気持ちがわかるわけないわ」

「メルカットの気持ち?」


「そうよ。メルカットはね、いろんな人がいて、いろんなことして生活してるの。農業も漁業も、お店も、市場もいろいろあるのよ。人の髪を切るだけで生活できたり、お花育てるだけでお金になったりするの。ちょっとしたアイディアで生計がたつの」

「そりゃ、小さな商売には税金かけないから」

「レーニアみたいに必要最低限じゃないのよ。お花にお金を出す余裕のある人が多いの。上手に仕立てられた服にはそれに見合った値段をつけても売れる。レーニアでおでかけ着が欲しかったら、メルカットに買いに行くしかないのよ?」

「何が云いたいんだい、ピオニア」


「デルスの国は自分で作りだそうとしないの。もうできているものを横取りするのが得意な国だわ。だから兵隊がたくさん要るのよ。このままデルスの云う通りにメルカット人を徴兵してたら、生活できなくなる家庭が増える」

「だが、レーニアがいてくれないなら海を守らなければ。メルカット船ではレーニアの外まで守れない。アイツの国の船がないと、私はこの島も守れないんだよ」


「レーニアを守るために東国船を買ったの?」

「フランキが来たら、レーニアもメルカットも守らなきゃならない。サリクトラがどこまで協力してくれるか、サリウと話をしようと思っていたんだが連絡がつかなくて。つい最近、突然フランキ船にサリクトラの紋章がついているのを見て、実は、心配なんだ。サリウは敵に廻ったんだろうか?」


「逆ね。フランキが仲間についてくれたみたいよ。もう攻めてこないって」

「うそだろう? 信じられない」

「サリウのお姉さん憶えてる?」

「マリティア姫? ああ」

「フランキにいらっしゃるのがわかったんだって」

「ほんとか? 亡くなったと聞いていた」

「連絡が取れたのよ。バカね、サリウを疑うなんて」


「ああ、バカなんだろう、私は。私には何も見えていない。最近よく思うんだ。ラドがいてくれたらどうだったろうって」

「ラド?」

「ああ、ランサロードのラドロー。仲良かったんだ。アイツほどスマートなら、せめてアイツがここにやってきて、『何バカなことやってんだ』と笑ってくれたら。昔どんな王様になりたいか語り合った時みたいに、意見してくれたら。マリティアが見つかってラドローがいないなんて……」


「ほんと、どうしようもない人たちね」

 ピオニアは膝の上にいた赤ん坊をルーサーに差し出した。

「はい、受け取って」

「いや、私は、赤子なんて、抱いたこともない」

 ピオニアの娘は、うろたえながらもしっかりした、ルーサーの太い両腕の上に乗った。

「ピオはもう母親なんだな……」


「誰かに似てると思わない?」

「王妃さま、ピオのお母さんに似てる気がする」

「ラドローの子です」

 ピオニアは唐突に口にした。


「え? ラド? ラドローと云ったのか?」

「もう、自分で地下牢に繋いで鞭打っておきながら、気付かないほうがどうかしてるわ」

「うそ、あの木こりがラドロー?」


「他にいないでしょ。あなたに自信喪失させるような男」

「なんで、こんなことに、ラドローは生きているのか?」

「ええ、ぴんぴんしてます」

「バカな、なぜ、なんで云ってくれなかった、自分もピオに惚れてしまったとなぜ堂々と。アイツなら、ラドならおまえを奪られてもこんなには苦しまなかった」


「そこよ、そこがヘンでしょ? 同じ人なのよ? 木こりならだめでラドローならいいっておかしいでしょ?」

「いや、木こりの妻で幸せになれるか? ランサロード王子のラドローなら」

「国があるから? 財産があるから? 私の幸せは私が決める。そこのところを間違っただけでしょ?」

「そうなのか?」


「きっとラドローも恐かったのよ、ルーサーのこと。男として、真っ向勝負じゃ敵わないと思ってたんじゃない?」

「そんなこと……いや、あるのか。おまえを巡って、決闘していたろうか? 戦争をしただろうか? ラドにならおまえをやれると思えるのは、もうとられてしまったからかもしれない」

 ルーサーはフリシアをピオニアの胸に返した。



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