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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十一章 目の前にあっても見えない答え
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見失った妻の思い


 ガタンと音を立てて、フリシアごとピオニアが立ち上がった。

「私、行かなきゃ」

「行くって、レーニアか?」

「ええ。待ってるんでしょう、あのひと」

「夫を棄てて、行くのですか?」

 パラスが亡霊を見たような顔で訊いた。

「もちろん、あなたはついてきてくれる」

「待てよ、行けないって云ってるだろ? オレを死刑にしようとしたんだぞ?」

「ルーサーは私を監禁するかもしれない。嫉妬にかられてフリシアを投げ殺すかもしれないわ」

「赤ん坊連れて行く気か? オレの娘を? やめてくれ、そんな危険なこと」


「パラス、揺れの少ない四輪馬車を貸して下さい。王太后さまの振りをします。ご衣装と紋をお借りして、レーニア城のルーサー宛に面談依頼を一筆書いていただけませんか?」

「ピオニア、だめだと云っている」

「ラドローアンス二世殿、これはルーサーと私の問題です」

「ピオニア!」

「赤ちゃんの旅行用品など、王太后さまに伺ってきます。生後一カ月、どうにか出かけられると思う。ではパラス王、失礼致します」


 ピオニアはどちらかというと、うきうきした足取りで出て行った。パラスは全く面喰っていた。

「ピオニア姫ってあんな風に、急に何かを思いついて、聞く耳持たない人なのか?」

「こんなに突拍子もないのは初めてだな」

 ハンスは頭の後ろに両手を置いて、力なく天井を見上げた。


「ルーサー王が赤子を傷つける男だとは思いたくないが、敵味方に分かれて戦争してしまった間柄だ。憎い木こりの娘と思うか愛しい姫の娘と思うか、わかったもんじゃない」

 パラスは事の重大さを感じてくれている。

「そうだろ? そう思うよな? アイツがレーニアにいるってことがどういう意味か、どうしてピオニアには見えないんだ? 罠みたいなもんじゃないか。なぜ自分から捕まりに行く? それもフリシアを連れて? 自分だってまだ身体つらいだろうに、今、なぜ、どうして? オレは……ついて行って陰から見守るしかないのか……?」


 王太后さまのお蔭で、ピオニアのレーニア行きは一か月延期になった。理由の第一は、赤ん坊の首がまだ据わっていないから、振動がよくないとのこと。第二は二週間後のフラ王女の帰国に不在では困る。ランサロード王及び皇太子が同道予定の為。


 ハンスは実の父親に、「パラシーボに早く来て長居をしてくれ」と手紙を書き送った。「ピオニアが島に帰りたがって困っている」と。

 ランサロード王は「皇太子と自分が同時に国を離れる期間は少ないほうがいい」と、すぐに出発してくれたらしい。実のところ、孫の顔見たさが先に立ったとしても。


 ランサロード王が到着すると、ピオニアはぴたっとレーニアのことを云わなくなった。

「いいわね、フリシア、お祖父ちゃんと一緒ねぇ」

 と隣で笑っている。

「フリシアの爺婆では私がたった一人の生き残りだな」

 と父は赤ん坊に話しかけた。

「皆、早く逝きすぎた……」


 ピオニアの昼寝中だった。孫を抱いてとろけていると思ったら、父は「それで?」と訊いた。

「レーニアは空っぽだと聞いている。島に帰るとはどういう意味だ? ピオニアは、もう王権は要りません、メルカットの民になりますから、島に住まわせて下さい、とでも思っているのか?」

「あ、そうなのか? その手があるか。レーニアを返してくれとルーサーに直談判しにいくつもりだと思っていた。メルカット人に? なればいいのか?」


 父王は鋭い目でハンスを見つめた。

「レーニア人が皆、メルカット人になれるなら、戦争になどなっていまい?」

「そうだよな、島にみんなが帰っても、メルカット人になりたいわけじゃないんだ……」

「おまえは何人なんだ? おまえほど愛国心が薄い者はいない」

「いや、そこまで云われると反論したくなるな。ランサロードが嫌いなわけじゃないよ。ただ、オレの行動範囲がどんどん広がって、聖燭台諸国人みたいな気分だな」


「おまえはそれでいいかもしれんが、他の皆には期待するな。レーニアはレーニアだろう」

「そう……だな。つい最近、ランサロードのレーニア村まで行って、みんなに会ってきた。夏には何家族か島に戻れそうだって話をしたんだが、誰もそんなに焦ってないんだよ。森での暮らしにも慣れたし、急がなくっていいって。レーニア城にルーサー王がいて、オレが行くとまたケンカになりそうだっていうと、それならもうちょっと様子をみればいいとまで云ってくれる。オレというか、姫さんがレーニアにいなきゃ、レーニアじゃないってみんな思うんだな。自分たちだけメルカット人の振りをして島に戻っても仕方がない」


「メルカットの振りではレーニアは壊れたまま、メルカットに併合されたままだ」

「そう……なんだな。仰る通りだ。みんなの生活を取り戻すのが先だと思っていたが、それだけでもない。自分たちはレーニアだと宣言できなきゃだめだということだ」


 ランサロード王は大らかに微笑んだ。

「私の嫁はおまえの母に、似ているようだな」

「母さんに? 冗談じゃない、母さんはあんな強情じゃない」

「おまえが知らんだけだ。病床にあったからおとなしく見えた。直感で本質を見抜く。ここはピオニアに任せてみたらどうだ?」


「任せるって、赤ん坊連れて島へ行かせろと?」

「ああ。ルーサー王に会いたいなら会わせてやれ」

「オレが振られても?」

「ハハハハハッ」

 父の高笑いを初めて見た気がした。

「産後そろそろ二ヶ月か? 二人寝再開させてもらえ」

 思いもかけない言葉にハンスは身体中紅潮した。


 フラ王女を送り届けるとの名目で、ハイディもパラシーボに現れた。大きな城ではあるが、かなりの人口密度だ。

 フリシアは皆に構われてあやされて、戸惑いながら泣きながら、でも人気者だった。


「明日、発ちましょう」

 父が去り、ハイディがいなくなり、フリシアが落ち着いた夜、ピオニアが寝室で云った。死刑宣告を受けた気分だ。メルカットの地下牢よりも気がふさぐ。

「気持ちは変わらないんだな?」

「ええ、行かなきゃならないの」

「わかった。もう止めない。一緒にいくから」

「ありがとう」


 父が云ったことの意味は、よく理解できていない。何をピオニアに任せるのかわからない。ただ、自分は、妻子の身の安全を考えるだけ。それに徹してみよう。


 動き出した馬車はゆっくりと進む。そして頻繁に休憩をとった。ハンスをじわじわと追い詰めるように。


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