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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十一章 目の前にあっても見えない答え
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妻との再会は


 水門横の曳き船道を歩いた。泥道だが帆を畳んだ船のロープをロバに繋ぎ、陸から引っ張り移動させるため、長年のうちに踏み固められて光さえ発しそうだ。


 水門を越え運河から湖側に溢れ落ちる水を見ていたら、目の前に役人が立ちふさがった。

「どこへ行くつもりだ?」

「パラス王に会いに」

「そんな恰好でか?」

「失礼かな?」

「紋章は?」

 ハンスは革袋の中の血染めのチュニックをがさごそと引き出した。

「汚しちまったんだ」

 役人たちは血痕だと当たりをつけたようだ。


「他に身元証明になるものは?」

「王太后さまの名前はフェリシティ」

 役人たちは顔を見合わせた。

「確かにおおきさき様のお名前を知る者は少ない……」

「しかし、せめて何か招待状なり書き付けがないと……」

 ハンスはダメもとでサリウの手紙を取り出した。

「これは我が王の印璽ではない」

「王はこのような続き字はお使いにならない」

 そういえば、パラスはいつも楷書だ。

 誰も内容についていちゃもんをつけないのは、もしかして読めないのかと疑念が湧いた。


「これはサリクトラ王に頂いた書状だ」

「ほう、それが我が王に何の関係がある?」

「ほら、ここに書いてあるだろう?」

 ハンスが指さすと役人たちは頭を突き合わせて首を傾げる。


「よくわからん、『妨害するな』と書かれているか?」

「そうそう。『この者、王の特命を受く。妨げ無きよう』だ」

「おお、見えた、ここが『王の特命』だな?」

「そうだ。ほら、ちゃんと読めるじゃないか」

 褒めた役人は何とも嬉しそうだ。「船」を「者」と誤魔化したのに。

「サリクトラ王からのメッセージはオレの頭の中だ。忘れる前に早くパラス王に伝えたいのだが」

「わかった。裏の馬を使え。火急の用件だな」


 大らかなパラスの性格が部下にも引き継がれているようで少し心配になったが、つけ込むようなヤツがいたら、聖燭台諸国のどこも黙ってはいない。パラスはそんな魅力を持つ男だ。


 水門から城に向けては、王庭内最短距離の一本道が開けているようだ。馬もいつもより早く厩舎に帰れると思っているのか、夕方の風を切ってギャロップを楽しんだ。 

 城からなら何度も見降ろしている運河、ブナの並木、チェスの駒の形に刈り込まれたトピアリー。横に続く煉瓦塀の中にはキッチンガーデンがあるはずだ。


 ふと、煉瓦のアーチの向こうに、小間使いらしい人影を見た気がした。馬番よりは女性の方が質問攻めにされないかもしれないと思い、案内を頼むことにした。

 いくら何でもズカズカと、裏口から城内に入るわけにはいかない。近くの樹に馬は繋いでしまい、アーチをくぐった。


 そこは何色ものチューリップが直線に咲き揃い、ストライプ模様を織り出している。シンプルな白いドレスの女性は城に活ける花を選んでいるようだ。

 驚かさないようにゆっくり近付いた。

 しかし、ゆっくりできたのは最初の五歩だけだった。その後は無自覚に駆け出していた。


「ピオニア!」

 髪をアップに結っていたから気付かなかった。振り向いた女は少しやつれていたが、恋しかった妻に間違いない。

 腕の中に飛び込んできた。抱いていたチューリップの束を投げ散らかして。


 ピオニアはハンスの腕の中で泣いていた。拳で胸を打ちながら。

「バカ、バカ、バカ……」

 キスもなく妻にまで「バカ」を連呼されるとは、ほとほと自分は愚かなようだ、とハンスは思う。

 もう腹はさほど大きくない。涙を流して責めるのなら、赤ん坊はだめだったのだろう。辛い時に自分は傍にいてやれなかったらしい。

 この女が生きていてくれて、起きて花を摘めるのならそれだけで感謝しなくては。


「すまない。すまなかった。傍にいなくて……」

 そう云うとやっと妻は両手を背中に廻してしがみついた。

「もうどこにもいかない。何があっても独りにしないから」

 好きな女の髪の香り。腕の中の柔らかい温かさ。これが生きている証拠だ。

「姫さん、ただいま」

 黒髪の中に囁いた。


「もう、軽傷だなんて手紙に書いて、足引き摺ってるじゃない。左足」

「そんなに?」

「抱っこにも力が入ってない。腕もあちこち怪我だらけでしょ?」

「いや、それはおまえの身体に障ったらいけないから……」

 ピオニアは涙を拭って下唇を噛んでムッとした顔を作った。

「キスしてくれないの?」

 ハンスはやっと微笑んで、唇を合わせた。


「さあ、冷えてくる。中に入ろう」

 ハンスがパラスや王太后さまの部屋のあるほうへ行こうとすると、ピオニアは反対の翼に手を引いた。

「こっちよ」

「挨拶は?」

「こっちが先」


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