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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十一章 目の前にあっても見えない答え
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愚かさとは


「この船、サリクトラの最東の港に着けてくれると云ったな? ということはメルカット領海近くか?」

 妙案ではなく、妙な案がラドローの頭に浮かぶ。

「ああ、そうなるな。旧レーニア領海と呼んでもいい」

「入ってみてくれないか?」

「メルカット側に? 拿捕されるぞ」

「回頭して追いつかれる前にサリクトラ側に出てくる。うまくいけば、どんな海でも渡っていける船長が釣れるんだ。餌はだな、旗信号に『フ・ル・ク』と綴れれば」

 アイツは読み書きはダメだというが、旗なら読める。本人でなくとも、パーチなり他の漁師組が海に出ていてくれたら、大きなフランキ船がレーニアに近付くのを見逃さない。


「サリクトラはメルカット海軍が勝手に領海に入ってきて困っている。フランキがメルカットの領海侵犯するのも面白くないか?」

「おまえは本当に危ないことが好きだな?」

「いや、これでも懸命に、穏便に収めようとしているんだが。マチルダにも云われたな、男は愚かだと」


 キアヌーは「あれはパフォーマンスだ」と呟いた。

「パフォーマンス? 演技か?」

「私は彼女の最悪の時期を見ている。私以外の男に近付かれるとうずくまって絶叫することもあった。両国のため、弟のため、どれ程無理をしたか……。『殺せ』と云ってしまえれば楽だ。手が震えていた。伯爵がしっかりケアしてくれることを望む……」


「おまえも……凄い男だな。死刑を望んだかと思えば」

「望んでない。私が死ぬべきだと思った。自分が部下を抑えられなかったんだ、私のせいだろう? 最後にマチルダに近付きたかった。おまえの剣に私が殺されればいいと思ったが、その瞬間には防衛本能が働いてしまうものだな」

 キアヌーは静かに話し、静かに笑う。


「胸の傷はどうなんだ? 深くなかったのか?」

「ギムナジウムを出てその足で河原の婆に見せた」

「ほんとか? それで今朝ヘンな顔してたのか」

 船に乗る直前にキアヌーと一緒に、お礼と別れの挨拶に婆さんの小屋を訪ねた。傷つけ合った同士が雁首そろえたからか。


「確かに愚かだよな、オレたち」

 ラドローがしみじみと云った。

「男は愚かだから愛しい。女は無理するから可愛い。どちらも哀しい」

「誰の言葉だ?」

「婆さんだよ。治療の間に何があったか話すじゃないか。戦争もないのになぜ刀傷を受けたか説明させられた」

 

「それで私にどうしろと?」

 根っから軍人気質なキアヌーは感傷には浸らず、頭はもう操船のことを考えている。

「フルク船長にパラシーボへ連れて行ってもらうのか?」

「ああ、アイツの機嫌次第だが」

「もしかして、レーニアの大型船の船長か?」

「ああ」

「先の海戦の時に見た。追いかけようとしたフランキ船がいたことが信じられなかった。敵うわけがない。今何してるんだ?」

「魚を獲ってる。一応漁師だ」

「りょうしぃ?」キアヌーが声を上げて笑った。

「軍人じゃなきゃ、航海者の間違いだろう?」

「まあ、海を行くついでに魚を獲るっていうスタンスだな。メルカットに潜りこんでる」

「ならわかる。フルクか? 顔見てみたい気もするな。名指しで旗上げたら出てくるのか」


 サリクトラとメルカットの領海境に近付くと、六隻のサリクトラ軍船に出会った。睨みあいは今でも続いているらしい。

 舳先に立ったラドローの目は、左手にサリクトラ岸、前方遠くにメルカットとレーニア間の内海入り口と懐かしいレーニアの西の岬灯台が霞んでいるのを認めた。

 時計回りに一回。大廻りしてサリクトラ領海に戻る。

 見咎めたメルカット哨戒艇が全速で、沖に向かって白い航跡を描いた。軍船は南にいるらしい。


 まず近付いてきたのはサリクトラ船だった。哨戒艇というほどはものものしくない、パトロール船だ。

「何をしている?」

 手旗信号で訊いてきた。横付けしてもらい、ラドローはサリウのお墨付きを見せに乗り移った。

「この船、王の特命を受く。妨げ無きよう」

 文言もだが、グザビエが持ち出してきた王の印璽が物を云うと見受けられた。

 去っていく警備船を見送りながら、キアヌーは

「書面があるなら早く云え」

 と口角を上げて笑った。


 二周目の領海侵犯をすると、沖に二隻のメルカットの大型軍船が見えた。もう一周すると三隻。哨戒艇はサリクトラ領海に出るまで尾行してくる。

「これ以上は止めた方がいい」

 キアヌーはサリクトラ側で投錨した。

「何でメルカットの軍船は近寄って来ないんだ?」

「大きくて重そうだから、喫水が深いんじゃないか? 浅瀬に乗り上げたくないんだろう」


 メルカット船も動かず、サリクトラ船が三隻に減って見張りだけするようになると、内海から漁船がちらほらと出てきた。

 櫓を使った小さなボートが近付いてくる。よく見ると乗っているのはピーターだった。ラドローは舷側から身を乗り出して手を振った。

「ピーター! もう父親か?」

「ハンス、何だ、なんでそんな船に乗ってる? また捕虜か?」


 ボートをフランキ船に繋いでピーターが甲板に上がってきた。

「フランキ人に友達が増えてしまって……」

 ラドロー、もしくはハンスは頭を掻いて言い訳した。

「フランキがフルクに何の用かと思うじゃないか。ビビったんだからな。仲間……、なのか?」

「ああ、船長のキアヌーだ。同じ女に惚れた仲といえばいいか……」

「姫さまの?!」

「いや、違う、オレの初恋のほう」


「恋敵と仲良くなるの、趣味なのか?」

 ハンスより若いピーターは解せないといった顔だ。

「ルーサーと仲違いしたオレにそんな嫌味云うなよ」

 ハンスはしょぼくれた。

「オレはジョーシーに元カレがいなくて幸せもんだ」

「その通りだな。羨ましいくらいだ。それで、ジョーシー、どうなんだ?」

「元気だよ。あと二週間でオレも人の子の親だ。信じらんねぇ」


「ああ、オレは早く姫さんに会いたいよ。フルクならパラシーボまで船で連れていってくれないかな?」

「自分で頼めよ。知っての通り、オレは起こさないから」

「あ、そうだな、まだおねむの時間だ。キアヌー、悪い、フルク紹介するのはまた今度でいいか? オレが下船してピーターと行くほうがいいようだ」

「こっちは構わない。任務が早く済む。ここからなら真っ直ぐ南下して、今日中にフランキに戻れる」

「ありがとう」

「こちらこそ、だ。またな」

「二度と敵には回るなよ?」

「その言葉そっくり返す」

 にかっと笑ったキアヌーに、「男の友情っていいよな」とまた思わされた。


 フランキ船のふざけたような領海侵犯を遠くから眺めている男がいた。

「代理戦争か、愚かなことだ」


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