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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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サリクトラ王女の思いは


 サリウもゆっくりなら歩けるようになった頃、ジャンとマチルダが会いにきた。

思ったより元気そうな弟を見て安心したようだ。

 予想に反して彼女は、自分の身体に触れた男たちとの面談を希望した。償いもその場で決めると。

 

 翌日、男たちは集められた。

 広間の壇上にはフィリオ王。壇下の王の左手側に椅子を置いて、マチルダ。ジャン、サリウ、ラドローはその椅子の、木彫りの背もたれの背後に立つ。

 あの軍人に連れられて、五人のみすぼらしい男たちが入ってくる。

 

 沈黙が続いた。誰もしゃべらない。五人はそわそわと辺りを見廻し、中には震えだす者もある。

 マチルダはすっと立ってニメートルのところまで近付き、ゆっくり歩きながらひとりひとりを眺めた。一歩進むごとに王女としてのオーラが増していくように、ラドローには感じられた。

 

 端にいた軍人の前で止まると、「あなたは違うのでしょう?」と問いかける。

「いえ、私も、です」

「怪我はもういいのですか?」

「はい……」

 突き傷は治り難い。ラドローは思い起こす。

 あの瞬間自分の剣は軍人の左胸に当たっていた。身をよじって手首を斬って来たのだから、えぐれている筈。

 今真っ直ぐ立てているのは気力だ。サリウだって椅子の背に凭れているのだから。


「なぜ、私を行商人に渡したのですか?」

「先代国王の命でした」

 マチルダは相手をじっと見てからつぶやいた。

「男は愚かですね……」


「愚か過ぎるあなた方には、外科手術を受けてもらいましょうか? それとも、目には目を歯には歯をという言葉通りに、この世には殿方を襲うことができる殿方がいるとのことですから、襲われてみますか?」

 しんとした広間にマチルダの、抑えた冷たい声が響く。


「ひいぃ……ごめんなさい、ごめんなさい」

 五人は膝をついて頭を抱えた。

()ぇえ」

 ラドローの小声にサリウが答える。

「おまえに姉は御せない」

「ああ、今頃理解したよ。ジャンがいてくれてよかった」


 軍人は直立不動の姿勢を崩さない。

「やはり、あなたは違います。罪があるとすれば、ラドと同罪」

 ラドローはドキッとした。

「他人の言葉に従って想いを貫かなかった罪。その程度の想いだったということでしょうか……」

「そんな、私は……」

 マリティアは憶えているとラドローは思い至った。軍人は欲に任せて飛びかかってきた男たちとは違う、そこに想いがあったことを知っている。


「男は愚かです。自分の妻、姉、元婚約者、そんな相手に危害を加えられると、自分の命を賭してまで戦ってしまう」

 三人を振り返ったマチルダは怒って見えた。くるりと加害者のほうに向き直ると、

「それはあなた方も同じでしょう? 自分の娘がそんな目にあったらどうします? 恥を知りなさい!」


 膝をついた男のひとりが、

「そんな、王女さまだと知らなくて……。若くてきれいな女が泣き叫んでいて、吸いつけられるように、オレは……」

 と悔やんだ。

「そこに問題があります。王女であろうとなかろうと、罪は同じ。慣習的にフランキは、戦勝をおさめるごとに、サリクトラの娘をさらっています。そのことについて王はどうお考えなのですか?」

 くるりと玉座に目を向けるマチルダは、まるで勝訴を確信するランサロードの弁護士のようだ。


「私はまだサリクトラと(いくさ)をしたことがない。レーニアと戦った折に、その海軍力は見せてもらった。父がどう対処していたのかは聞かずじまいだ」

「先王の他界は突然でした。それでも、王は知らぬことが多過ぎる」

 十五才の王はぐっと言葉に詰まった。

「サリウランディ、まずはあなたの決闘宣言を取り下げなさい。許しません」

 マチルダは弟の返事を待たなかった。

「つぐないを頂けるとのことでした。フィリオ王には、『サリクトラとの国交』を所望いたします」

「姉さん!」

 サリウが声をあげ、痛む腹を押さえた。


 フランキ王は威厳を取り戻そうと、居住まいを正してから答えた。

「国交樹立は、落ち着いたら私からサリウ王に特使を出そうと考えていたこと。両国の繁栄に繋がると信じます」

「十二年、十五年、二十年、家族から引き離されて黙したまま、海峡を見つめて生きている女たちがいると知った上で、繁栄などと綺麗事を口にされますか?」

 そこまでは云い過ぎだろうとマチルダの夫が額に手をやった。

 ラドローは部屋の真ん中に立つ女を眩しく眺めた。

「これがマリティア、サリクトラの女王になる筈だった女。オレが長男で皇太子だったから、サリウに国を継がせることになっただけだ。サリクトラは性別関係なく長子相続だったな……」


「すまない、考えが至らず。最初の里帰りは私が船を手配しよう」

「ありがとうございます、それでこそフィリオさま」

 マチルダがユリの気品を醸す微笑みをみせるとやっと場の空気が緩んだ。

 と、思うや否や、床に座り込んでいる五人の男のほうへくるりと向いた。

「あなた方にはどう償っていただきましょうか?」


「王女の仰る通り、恥ずかしいことだが海軍の中には、捕まえた女は連れて帰っていいという風潮がある。この者たちだけに極刑を云い渡すのは、どうか踏みとどまっていただきたい」

 そう云う軍人の足元で、男たちは震えている。


「男というものは本能のままに行動すると、混乱しか呼ばない。だから道徳や規則、仕組みや組織が必要になる。それらを作っておいて、今度はしがらみに縛られる。女の本能はもっと(いのち)に忠実です。母でもある私が人の子の極刑を望みましょうや?」

 マチルダはふっと笑った。

「キアヌー、この五人にサリクトラ語を教えて下さい。あなたは私のために勉強してくれたのでしょう? 彼らが最低、女性を口説いてシテイイカと訊けるレベルまでです。相手が自分の妻だろうと誰だろうと、きちんと承諾を得る練習をすること。私からは以上です」


 王のほうに向きなおったマチルダの背に軍人がささやいた。

「あなたは私の名を憶えて……」

「私をマチルダと呼んだのはあなたでしょう?」

 背中を見せたままそう云うとマチルダは弟に歩み寄り、身体を気遣ってから、三人の男を引き連れて退席した。


次回から最終章、海峡を戻り、島に帰る話になります。


ここまで読んで下さった方々、心より感謝申し上げます。


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