気がついた王様は
深夜午前三時、ロウソク一本の灯の下で、サリウの腹から灰色の蜂蜜を拭いとっていた。もう後一回分しか残っていない。傷口はかなり小さくなった気がする。
サリウが唸ったと思ったら小声が聞こえた。
「グザビエ……、今何時だ? 姉を助けに行かねば……。ラドからの連絡は?」
ラドローは親友の額の髪を撫で上げて答えた。
「オレはここだ。マリティアは助かったよ」
まさか、記憶を失っているとかじゃないよな、と懸念したが、サリウは上体をがばりと跳ね起こした。
「ラド、ラドロー、おまえか? 私は? ここは、どこだ?」
「フランキ王庭内の家だ。かなりの怪我だったんで倒れたんだよ」
急に傷を意識したらしく、前屈みになった。
「うっ……、確かに痛む。姉は?」
「無事だ。一旦領地に帰ったが、そろそろこちらに向かっているだろう」
「ジャンは? 生きているよな?」
「ああ、もちろんだ。傷だらけだったが、大丈夫だ」
「おまえは?」
「オレは看病でへろへろだ」
サリウが赤面した。顔に生気が戻ったのが余程嬉しい。
目が覚めたらすぐに与えろと婆さんに云われていたリンゴを切って手に持たせた。サリウは美味しそうに食べて、またベッドに横になった。
「おまえには苦労ばかりかける……」
「おや、そんな殊勝なことを云うとは」ラドローはからかっておいて、続けた。
「大丈夫そうならオレはゆっくり寝る。朝七時にお手伝いさんが来るから何でも頼め。オレは起きるまで眠らせてくれ」
ラドローが起きたのは昼の十二時だった。サリウは寝室でムッとしていた。
「どうした?」
「フランキ王が会いたいと煩い」
「そりゃ、寝込んでる姿を見てるから安心したいだろう」
「何だって? この部屋に入れたのか?」
「いけなかったか?」
「おまえはそうやって誰とでも仲良くなるから嫌いだ」
「話してみればオレたち、いや、オレが皇太子だった頃や王であるおまえと同じだ。悩みながら背負ってる」
「私はまだ王なのか?」
「死亡確認するまで王だろう? グザビエには知らせといたから」
「え?」
サリウの頬が上気した。
「怪我人見舞い要、とだけ書いた。迎えに来れるといいが、影武者で忙しいかな」
「やっぱりおまえは大嫌いだ」
ふたりで軽い昼食を食べていると、フィリオがやってきた。相談があるという。サリウは寝室に逃げ込むかと思ったら、テーブルについたまま憮然としている。
「サリウランディ王、起きられるようになってよかった。うちの医師団の不手際で貴方にもしものことがあったら、戦争にもなりかねない」
「そんなことにはならぬよう、自国のだんどりはつけてきた。心配無用だ」
ラドローは機嫌の悪い親友を見て、日頃の調子が戻ってきたとおかしくなる。
「実は王の姉上のことで、まずもって陳謝したい。確かに十二年前の戦いで、わが軍は暴挙に及んだ。騎士道精神にもとる上に、我が国の文化程度を疑われても仕方がない。恥ずかしい限りだ。申し訳ない」
フィリオは白木のテーブルに両手をついて深く頭を下げた。
「謝られてもどうしようもない。父は自責の念を捨てられずに他界した。それに姉本人がどう思っているのか……」
「何らかの賠償をさせて欲しい。マチルダ伯爵夫人に直接打診してもいいものだろうか? 実行犯は全員つきとめてある」
「顔をみたいわけじゃないだろうな」ラドローは呟く。
「とはいえ、こればっかりは周りが決められることでもなし」
サリウが「私が話す」と請け負った。