看病の合間には
ラドローは、一軒家に住みこみ、塗り薬を取り替えるためにサリウに付きっきりになった。
「ピオニアがこれをしてくれたんだな、オレの怪我の時は」
灰色の蜂蜜はかなりきつい薬らしい。塗りっぱなしにすると肌が荒れ、治癒が遅れると婆さんは云った。使い切る頃には目を覚ますだろう、とも。
赤黒く腫れていたサリウの脇腹は、胸と同じ色になってきた。逆に顔には赤みが戻ってきたように思う。風呂代わりに全身を拭いてやりながら観察した。
夜遅くに起きていると、フィリオの叔母が産褥で亡くなった話が気になってしまう。
「ピオニアは大丈夫だろうか?」
あの婆さんがついていても助けられなかったとしたら、パラシーボの医療団でも心許ない。
「サリウ、そろそろ目を開けてくれないか? 無防備に寝てるとキスするぞ? おまえの恋人が到着したら困るだろ? 誰だか思い当たってしまったからな、見舞いに来れないか手紙出したぞ」
枕元のろうそくの火影が揺れる、友人の端正な顔についつい話しかけた。
ピオニアにも一筆書いた。
フィリオが云うに、フランキ領のガンゼ島とサリクトラ領のジェルゼ島は近接しており、本国同士は国交はなくても人も郵便も往き来があると、マチルダを調べていて判明したのだそうだ。
ジェルゼ島からサリクトラ城に手紙が届けばその先は簡単だ。聖燭台同盟国の城と城の間は頻繁に文書が行き交う。
フィリオ王はラドローの仮眠の合間を縫って、ふと思い立ったように話に来る。
「うちの医療は遅れているだろうか? ラドローの目から見て、この国はどうだ?」
ラドローは弟のハイディに背負わせた苦労をつい考えてしまう。父が生きているからまだいい。フィリオは独りで親戚や貴族からなる取り巻きの手綱を引き、大国フランキを御している。
「オレを余り信用しないほうがいい」
懐かれるのが面倒なわけじゃない。後になって騙したと疑われるのは嫌だからだ。
「おまえは敵なんだから」
「なぜ? マチルダ伯爵夫人の件は解決した。サリウ王も快復に向かっているのだろう?」
「オレの嫁さんはレーニア人なんだよ。島に帰りたがってる。フランキがまた攻めてきたら、オレは戦うよ?」
「レーニアを滅ぼしたのはメルカットだろう?」
「滅んでない。ちょっと離散してるだけだ。どうやってみんなで島に帰るか、今悩んでる。東の海賊の出方がわからないし、メルカット王の居場所も知れない。ところでフランキはなんでそう、土地を欲しがるんだ?」
「王家にはもう、俸禄として下げ渡せる土地がない。公爵家に石高で負けてしまう」
ラドローは三時間ごとに起こされる、ぼうっとした頭で考え込む。
「褒美なら土地でなくてもいいだろう?」
「フランキの貴族とは地主だという意味だ。それも小麦の生産量で家の格式が測られる。爵家に男兄弟がふたり生まれると、分割相続するか弟が新しく土地持ちとなるかだ。だからノルマン公爵の次男はレーニアが欲しい。戦功を上げても王家から出せる土地はないから、占領地域を与えると云うしかない」
「兄弟仲良く半分相続したら?」
「もう公爵家ではなくなる。半分では伯爵規模だ。だから長男は譲歩しない」
「う〜ん、何かおかしい。おかしいとは思うがどこかわからない。また話そう」
ラドローは昼寝することにした。
夕方六時に目覚ましと食事をお願いしているお手伝いさんと一緒に、またフィリオが来ていた。
「考えてはみたが、私にしたらおかしな点も、改善方法も見出せない」
「どっぷりそのシステムに浸っていれば、そうだろうよ」
ラドローの頭は、睡眠学習ならぬ睡眠思考の後で少し回転し始める。
「おまえに弟がいたら、どうなってたんだ?」
「子を成す前に私を殺すか、後継者のいない爵家に養子に行くか、総大将となって南の国境の向こうを攻め、勝つまで軍を率いる、とかだな」
「何か、酷い扱いだな、次男に対して。ふたりでフランキを分けっこしたら?」
「それはあり得ない。そんなことをしたらふたりともが侯爵になり下がり、最大領を持つ公爵家が王を名乗る」
「それじゃ、フランキは国というより地主の寄合だ。税金は集めないのか?」
「領地の広さを石高に換算し、その歩合制で金を納めさせている」
「公爵が王になればその金はそっちに流れるんだな?」
「ああ、だからあり得ない。いくら血縁の公爵でも、国庫のやりくりが急にできるわけもない。軍備だけならいいが、学校を作ったり橋を架けたり、使途はいろいろだ」
「だよな」
ラドローは、フィリオが顔を顰めて辞退した粗末な鶏のスープを、ひとりで楽しんでいる。
「民にとっては、公爵領と伯爵領、どちらに住むのがいいと思う?」
「余り違わない、というか、ランクよりその領主の気質のほうが影響するんじゃないか? 私腹を肥やしたければ国庫への税金以上に搾り取るだろうし。何もしない領主もいれば、灌漑設備に自腹を切る者もある」
「小麦が不作の場合は?」
「土地が広ければいろいろな民がいる。小麦とブドウ、塩田のどれもが同時に不作の年はまあない。日照りが続けば塩はでき、ブドウ酒は良質になる。領地が大きければ他の収入源があろう。全体として民の生活は安定する筈だ」
「商いの儲けには税金はかけないのか?」
「他の爵地は知らないが、王領内では取ってない」
「わかった」
「何がわかったんだ?」
「フランキの王族や貴族の次男が他国を攻めなくて済む方法」




