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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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友人の手術では

医療、薬草関係の記述は知識の限り、信憑性のあることをベースにしていますが、想像の域を出ません。

この小説の他の部分と同様、フィクションです。


 取り付く島もない河原の婆さんの説得に、ラドローは必死だ。

「半年前くらいにオレは腕に矢傷を負った。その時に、腐らないようにって塗ってもらった薬があるんだ。婆さん、何だか知らないか?」

「下手なもん塗るとよっぽど腐るんだよ、切り傷は。縫い合わせてあんのかい?」

「ある。でも縫い目も腐り始めてる」

「手遅れじゃないか?」

「婆さん! 頼むから、頼むから一緒に来てくれ」


 相手は返事もせずに背を向けて、奥の戸棚の整理整頓を始めた。ラドローは、せめて注意を引こうと左肩をはだけて上腕を見せた。

「ほら、こんなにえぐれてるだろ? でも腐りはしなかったんだ。一か月で弓が引けるまで治った。あの薬草は何だ?」


 婆さんはじっと傷跡を見てから、三つのガラス瓶をラドローの前に並べた。

「嗅いでみな。どれだった?」

 瓶の中に鼻を突っ込んでいたラドローは、真ん中の瓶を指差した。

「これだ!」


「アンタ、レーニアの人間かい? これを使うのはあの子しかいない」

「エリオを知っているのか?」

「習いにきたんだよ。二か月もいたからねぇ。あたしがレーニア語しゃべってんのがわかんないか? アンタのほうが訛ってるか」

 婆さんは何種類かの瓶をズタ袋に入れている。


「婆さんがエリオの師匠なら何としてでも城に連れていく!」

「うるさい男だね、だから今準備してるじゃないか。手ぶらで行っても意味ないだろ?」

 やれやれという表情でナイフやら箱やらを袋に詰め込んでいく。

「そっちのアンタはお城の人か? 城内は前の王様が死んだまま悪い空気が籠ってる。庭に一軒家があるだろう? そこに患者を移すから、先に行って準備させておくれ。床も壁もドアも、緑茶に浸した雑巾で拭くこと」

「承知」

 王の馬が去る音がした。


 王に遅れること十数分、婆さんはラドローの駆る馬に相乗りし、城に到着した。

 病室でサリウを診ても何も云わず、戸板に載せて一軒家に運ばせた。

 

 新しい病室には火が起こしてあり大鍋に湯が沸いている。清潔そうな寝台が整えられていた。

「シーツとタオル、鍋やらたらいやら容れ物がたくさん要る」

 婆さんはそう云いながら、持ってきた太いロウソクに火を点けた。フィリオ王は召使に必要物を取りに行かせた。

「アンタ、名前は?」

「ラド」

「まず、この酒で手を洗いな。そしてシーツに穴を開けて欲しい。この傷周りだから三十センチ四方の四角だね。それが済んだらこの灰色の葉っぱをすり潰す」


 婆さんはラドローが破いたシーツをサリウの身体に掛けると、ナイフを火にかざした。

「この蜂蜜に葉っぱを混ぜる。これがアンタのいう薬、これだけのことなんだよ。できたかい? 次に平刃ごてを焼いて。あたしが切ったらその後にアンタが平刃を当てる。また火にかざす。いいね? さあ、切るよ」

 ラドローの否応なしに婆さんは、熱くなったナイフをサリウの傷口に立てた。縫われた目よりも幅広く切っていく。サリウの身体がたまにびくっと跳ねる。その度に婆さんに

「ラド!」と声を掛けられ、自分の手にある刃を当てた。肉の焼ける匂いがする。

 何度目かで自分は止血をしているらしい、と理解できた。


 元々十センチあった刀傷の片側を済ませ、婆さんはナイフとラドローの持っていた平刃ごてを煮えたぎる湯の中に(くぐ)らせた。血膿や壊死部分を拭きとってはたらいにタオルを投げる。 

 寝台の反対側に廻って同じ作業を繰り返した。新しい傷口は幅三センチも開いている。

「縫わないのか?」

 ラドローの質問に婆さんは、傷口の周囲を煮沸したガーゼで拭きながら答えた。

「縫うってことは針と糸が傷口に当たるってことだ。どれだけ清潔に保てるかだね。身体が弱っているときには縫わないほうがいいこともある。あの薬を持っておいで」


 傷口自体ではなく、その周囲にべったりと、灰色の蜂蜜は塗られた。

「これを塗ると傷が腐りにくい。でも看護は楽じゃない。三時間ごとに拭きとって一時間置く。そしてまた塗る。アンタ、できるかい?」

「もちろん」

「よし、後はコイツの体力次第。血の気が薄いようだからちょっと心配だが、若いから大丈夫だろ」


 隣のキッチンに移ってお茶を淹れた。婆さんは気を張った手術の後にしては、特に疲れた様子でもない。

「オレの矢傷も同じように治したんだろうか?」

「アンタのはきっと、矢尻が筋に残ってたんだろ。取り出さなきゃ腕が腐る。『スジ肉切るときゃ立てに割け』、エリオは教えた通りにしたようだ。さもなきゃラドの腕はブラブラになってた」

「そうか……」


「あの薬草はここいらじゃ手に入らない。舶来じゃなけりゃ、後はレーニアの温室に鉢植えの木が一本あるだけだ。城で大事に育てているのだから用途がある筈とエリオが訊いてきた。後は毎年年賀に葉を送ってくれてたが、今年はまだだ。あの子はどこにいる?」

 四十過ぎの男も婆さんにすれば「あの子」かと今さら可笑しくなった。

「ランサロードの森にいる。できる限り早く島に戻れるようにする」

「そうしておくれ」


 フィリオが様子を見に顔を出した。婆さんは自分が何をしたかは特に説明もせず、

「城のあの部屋は一度オレンジの皮で拭きな。ザクロが手に入ればそのほうがいいが」

 と云った。

「緑茶じゃないのか?」とラドローが訊き、王は

「うちの医師団は塩砂で床を磨けという」

 と呟いた。

「先祖代々塩ばかりだからこうなるんだよ。塩が効かない悪気がはびこるのさ。他の物も取り入れれば、アンタの父親だってもう少し長生きできたかもしれない」


 びっくりしてすぐには口がきけそうにないフィリオに代わってラドローが尋ねた。

「婆さん、アンタ、ただの婆さんじゃないな?」

「あたしゃここの看護師長だった。先生と意見の合わないこともあってね、その上この子の叔母さんがお産で死んじまった。娘を亡くした先先代の王は傍についてたあたしを首にしたのさ」

「もしかしてフィリオを取り上げたのも婆さんか?」

「そうだよ。薄くはなったようだが、アンタの額には龍の形の赤あざがあるだろう?」

「ああ、ある。怒るともっと赤くなる」


 婆さんは会って初めて、うっすらと微笑んでみせた。

「さあ、隣を片付けてあたしは帰らせてもらおうかね。ラドは看病の準備だ。患者が無意識に傷口に手をやったりするから、ガーゼを貼らなきゃ。その取り換えもアンタの仕事だよ」

 王が唐突に頭を下げた。

「頼む、もう一度、城に勤めてもらえないだろうか? 今度は医師団長として」

「嫌だね。何でも包帯巻いときゃ治ると思ってる(やから)とは働けないよ。ま、用があれば出向いてきな。引っ越す予定はないから」


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