友人が床についたら
フランキ城への滞在は長引いていた。
サリウが刀傷から発熱し、寝込んだのだ。フランキ王宮付きの医師たちが診ていてくれるが、面会謝絶にされている。
マチルダは助かったが弟が病床では何のために戦ったのだか、閉じられた寝室のドアを眺め、ラドローは沈む気持ちを抑えられない。
ジャンは海峡問題諮問官を辞任し、マチルダを連れてひとまず領地に帰った。乳母に任せている子どもたちの様子を見、また戻ってくる予定だ。
外務大臣とあの軍人は現職に留まっている。決闘で痛い目にはあったが、敗訴して特に不利益を被ったわけではない。
勝ったんだか負けたんだか、とラドローは肩をすくめる。敗訴を恐れず裁判制度を使えるなら、不満を抱え泣き寝入りする者は少ないのかもしれない。
この点は、ランサロードよりフランキは進んでいると認めざるを得ない。
サリウをおいて帰れない。だがサリウにも会えない。何もかも宙ぶらりんだ。
フランキ王フィリオと話していても、ランサロードやレーニアを代表しての発言ができるわけでもない、したいわけでもない。自分は木こりのハンスだろう。王子に戻りたくもない。騎士として鍛えられた能力や矜持は男として、性格として自分の中に息づいているとしても。
決闘から六日目、サリウが倒れてから四日目の朝食の席でラドローは、フィリオに
「今日はどうしてもサリウに会う」
と宣言した。
「名案とは思えない。彼にはフランキ王族が受けると同じ医療が施されている。回復を祈り、待つだけだ」
「会わせてくれ、頼む」
「抵抗力が弱っているところに外部の者は近付くべきではない」
「それでもだ」
寝室のドアを開けた途端、異様な匂いがした。腐敗臭だ。
「何だ、これは? おまえはサリウを殺すつもりか!?」
ラドローは振りかえりざま、フランキ王を怒鳴りつけた。続いて枕辺の医師に、
「窓を開けろ、布団を剥げ。いったい何をしている?!」
サリウに駆け寄った。顔が青白い。いつもの白い肌じゃない。黒に近い青が混ざっている。手遅れという言葉が目の前を過ぎる。
「何でまだ同じ包帯をしている? 決闘時の包帯のままじゃないか! 化膿して汁が滲んでいるというのに放置したのか?」
外国語で捲し立てるラドローにたじたじとした医師に代わり、後ろの若き王が答えた。
「包帯を替えると傷がまた開く。縫合が必要な重症の場合は、傷が閉じるまで置くのがうちのやり方だ」
「バカな……」
自分の傷の包帯は血が止まり次第外してしまったラドローだ。
「この方法で祖父は戦場から生還した」
「何十年前の話だ?」
「王族には神から授かった治癒力がある」
「やめてくれ!!」
ラドローは頭を抱えた。
「何でオレは今までのうのうとしてたんだ? ああ、エリオ、シェル、頼むから教えてくれ、サリウを助ける方法を教えてくれ!」
化膿は止めなければ、それだけは自分にもわかる。小型ナイフで包帯を切り裂いた。傷口に貼りついてしまっている部分も除いた。サリウは意識がなく痛がりもしない。
傷の周囲は赤黒く腫れあがり、縫合部分は壊死して陥没しているところまである。
「思い出せ、思い出すんだ、オレの左腕の矢傷、エリオがどう治したのか……」
「化膿させないためです、我慢して下さい」と云ってひどく痛いことをされた。失血のせいか痛みのせいか、気絶したと思う。匂いがしていた。妙な匂い。まだ青いオレンジの皮のような……。
「薬草が要る。町に行く。通訳をつけてくれ。誰にもサリウを触らすな」
フィリオは集まった医師団に、治療はラドローに任せるよう云いわたし、
「通訳は私が務める。町へ行こう」
と云った。ラドローは王自らの申し出に驚きながらも
「助ける気があるのか?」
と訊いてしまう。王は一言「無論だ」と答えた。
王はラドローをまず、王宮御用達の薬屋へ連れて行った。
店主は「傷は水で洗って水分を取り、清潔なガーゼを当てる。日に一度はガーゼを替える。薬草などは用いません」と云う。
「いや、あるんだ、オレの腕を治したどろっとした灰色の液体が……」
そう、エリオが運んできて、ピオニアが塗ってくれた。
「あれは何だ、何だったんだ、ピオニア……」
薬屋は困った客に早く立ち去って欲しいようだ。
「おい、薬屋、おまえ子供がいるか?」
「はい、息子が一人」
「そいつが斬りつけられて傷が腐ってきたらどうする?」
「先程申し上げた通りに」
「それで今にも死にそうだったら?」
「縁起でもない。でももしそうなったら河原の婆に見せますわ」
「河原の婆? 連れて行ってくれ、その人のところへ、案内してくれ!」
河原の婆は名前の通り、近くの河岸に住んでいた。一間しかない掘っ立て小屋の、瓶詰めがたくさん並んでいる戸棚の前に、影のように座っていた。彫の深い痩せた顔立ちを皺くちゃにしかめてから云った。
「薬屋の云うことは間違っちゃいないよ。腐るのは日頃の行いか場所が悪いんだ」
「そりゃ、決闘なんかしたから行いは悪いが、場所は王城だ」
「おうじょう? お城かい? 最悪だね」
「婆さん、助けてくれ、大事な男なんだ、オレにとっても家族にとっても、たくさんの人間にとっても」
「あたしにゃ何の関係もないよ」