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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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友人が床についたら

 

 フランキ城への滞在は長引いていた。

 サリウが刀傷から発熱し、寝込んだのだ。フランキ王宮付きの医師たちが診ていてくれるが、面会謝絶にされている。

 マチルダは助かったが弟が病床では何のために戦ったのだか、閉じられた寝室のドアを眺め、ラドローは沈む気持ちを抑えられない。

 

 ジャンは海峡問題諮問官を辞任し、マチルダを連れてひとまず領地に帰った。乳母に任せている子どもたちの様子を見、また戻ってくる予定だ。


 外務大臣とあの軍人は現職に留まっている。決闘で痛い目にはあったが、敗訴して特に不利益を被ったわけではない。

 勝ったんだか負けたんだか、とラドローは肩をすくめる。敗訴を恐れず裁判制度を使えるなら、不満を抱え泣き寝入りする者は少ないのかもしれない。

 この点は、ランサロードよりフランキは進んでいると認めざるを得ない。

 

 サリウをおいて帰れない。だがサリウにも会えない。何もかも宙ぶらりんだ。

 フランキ王フィリオと話していても、ランサロードやレーニアを代表しての発言ができるわけでもない、したいわけでもない。自分は木こりのハンスだろう。王子に戻りたくもない。騎士として鍛えられた能力や矜持は男として、性格として自分の中に息づいているとしても。

 

 決闘から六日目、サリウが倒れてから四日目の朝食の席でラドローは、フィリオに

「今日はどうしてもサリウに会う」

 と宣言した。

「名案とは思えない。彼にはフランキ王族が受けると同じ医療が施されている。回復を祈り、待つだけだ」

「会わせてくれ、頼む」

「抵抗力が弱っているところに外部の者は近付くべきではない」

「それでもだ」


 寝室のドアを開けた途端、異様な匂いがした。腐敗臭だ。

「何だ、これは? おまえはサリウを殺すつもりか!?」

 ラドローは振りかえりざま、フランキ王を怒鳴りつけた。続いて枕辺の医師に、

「窓を開けろ、布団を剥げ。いったい何をしている?!」


 サリウに駆け寄った。顔が青白い。いつもの白い肌じゃない。黒に近い青が混ざっている。手遅れという言葉が目の前を()ぎる。


「何でまだ同じ包帯をしている? 決闘時の包帯のままじゃないか! 化膿して汁が滲んでいるというのに放置したのか?」

 外国語で捲し立てるラドローにたじたじとした医師に代わり、後ろの若き王が答えた。

「包帯を替えると傷がまた開く。縫合が必要な重症の場合は、傷が閉じるまで置くのがうちのやり方だ」

「バカな……」

 自分の傷の包帯は血が止まり次第外してしまったラドローだ。

「この方法で祖父は戦場から生還した」

「何十年前の話だ?」

「王族には神から授かった治癒力がある」

「やめてくれ!!」


 ラドローは頭を抱えた。

「何でオレは今までのうのうとしてたんだ? ああ、エリオ、シェル、頼むから教えてくれ、サリウを助ける方法を教えてくれ!」

 化膿は止めなければ、それだけは自分にもわかる。小型ナイフで包帯を切り裂いた。傷口に貼りついてしまっている部分も除いた。サリウは意識がなく痛がりもしない。

 傷の周囲は赤黒く腫れあがり、縫合部分は壊死して陥没しているところまである。


「思い出せ、思い出すんだ、オレの左腕の矢傷、エリオがどう治したのか……」

「化膿させないためです、我慢して下さい」と云ってひどく痛いことをされた。失血のせいか痛みのせいか、気絶したと思う。匂いがしていた。妙な匂い。まだ青いオレンジの皮のような……。


「薬草が要る。町に行く。通訳をつけてくれ。誰にもサリウを触らすな」

 フィリオは集まった医師団に、治療はラドローに任せるよう云いわたし、

「通訳は私が務める。町へ行こう」

 と云った。ラドローは王自らの申し出に驚きながらも

「助ける気があるのか?」

 と訊いてしまう。王は一言「無論だ」と答えた。


 王はラドローをまず、王宮御用達の薬屋へ連れて行った。

 店主は「傷は水で洗って水分を取り、清潔なガーゼを当てる。日に一度はガーゼを替える。薬草などは用いません」と云う。

「いや、あるんだ、オレの腕を治したどろっとした灰色の液体が……」

 そう、エリオが運んできて、ピオニアが塗ってくれた。

「あれは何だ、何だったんだ、ピオニア……」


 薬屋は困った客に早く立ち去って欲しいようだ。

「おい、薬屋、おまえ子供がいるか?」

「はい、息子が一人」

「そいつが斬りつけられて傷が腐ってきたらどうする?」

「先程申し上げた通りに」

「それで今にも死にそうだったら?」

「縁起でもない。でももしそうなったら河原の(ばば)に見せますわ」

「河原の婆? 連れて行ってくれ、その人のところへ、案内してくれ!」


 河原の婆は名前の通り、近くの河岸に住んでいた。一間(ひとま)しかない掘っ立て小屋の、瓶詰めがたくさん並んでいる戸棚の前に、影のように座っていた。彫の深い痩せた顔立ちを皺くちゃにしかめてから云った。

「薬屋の云うことは間違っちゃいないよ。腐るのは日頃の行いか場所が悪いんだ」

「そりゃ、決闘なんかしたから行いは悪いが、場所は王城だ」

「おうじょう? お城かい? 最悪だね」

「婆さん、助けてくれ、大事な男なんだ、オレにとっても家族にとっても、たくさんの人間にとっても」

「あたしにゃ何の関係もないよ」


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