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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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決闘の勝敗は


 とうとうジャンが壁際で膝をついた。フロアに残った敵、外務大臣と軍人、軽傷の貴族三名をサリウとふたりで片付けなければならない。

 ラドローは剣を構えたまま、また減らず口作戦をとる。


「大臣、いい加減にしたがいい、腿からまた出血している。ジャンは引退するから、今後のフランキには貴殿が必要だ。剣を引かれよ」

「いや、私が敗訴など我慢ならない」

「貴殿もジャンもいないフランキなど、東の海賊には赤子の手をひねるようなもの」

「メルカットは今後も東国の船を使うつもりなのか?」

「船だけで済めばいいが」

「軍を呼びよせるのか?」

「メルカット人を徴兵して鍛えているが、すぐには海兵隊にならない」

「メルカット王は何をしているんだ?」

「私もそれが知りたい……」

 会話に気をとられた大臣の、痛むだろう腿の包帯の上を平打ちした。使っているのは両刃の剣だが、刃をたてずに剣の平面で叩く。片刃の剣の峰打ちと同じだ。

 大臣はガクッと膝を折り、床にしゃがんだ。


 大臣の向こうにもう一人うずくまる人影を見た。サリウだった。元々血の気の足りない男だ。打ち込んでくる貴族を片手であしらいながら近寄った。サリウが相手をしていたのはあの軍人だ。剣を向けて敵とサリウの間に立った。

「どうした?」

「ちょっとくらっとした」

「貧血か? 少し休め」

「そうも云ってられんだろう?」

「オレがやられた頃復活してくれると助かる」

「バカ!」


 真剣に軍人と斬り結んだ。互角に打ち合った後でまたじりじりと隙を窺う睨みあいになる。

「彼女は私を憶えていない」

 今度は軍人のほうがおしゃべり作戦らしい。

「錯乱していた。船長室に匿った。陸に上がってから、黙したまま食べることと眠ることだけはできるようになった。抱いたのは陸でだ。総指揮官がやってきて、戦利品として王に差し出すと云った。私は結婚を望んでいた。王の決定は総指揮官にも私にも理解できなかった。『王女でも貴族でもない、民草だ。野に放て』と云われた。結婚もお許しいただけなかった。ル・クロワジックのように勝手に囲い、勝手に妻とすればよかった……」


「じゃ、憶えてもらってるオレのほうが上だな」

 上下関係ではなかろうが、そう云って斬りつけた。跳ね返されて体勢を整えてからまたからかう。

「逆恨みは男らしくない」

「いなくなれば諦めもつく」

「おまえ……」

 気が乱れた。

 ――マチルダの火炙りを望んでしまうほどの恋心に苛まれていると云うのか?

 

(つう)っ」

 左向こう脛を薙ぎ払われた。膝をつきそうになり剣で支え何とか持ち堪えた。軍人は救護班のほうを顎でしゃくった。

 片足を引き摺りながら、サリウの様子を見た。貴族二人と交互に打ち合っている。少ない血が急速度で身体中を巡っているのだろう。しかし、サリウひとりでこの軍人まで加わったら何分もつかわかったものじゃない。

 

 止血を待っている時間は無い。医師に包帯をきつく巻いてもらった。

 フロアに戻る前にサリウが、貴族のひとりと相打ちになった。脇腹を押さえている。

「ヤバイ」

 救護班のほうが重症のふたりに駆け寄った。


 ラドローは残りの貴族一人と軍人に向かう。左足を踏み出すと痛みがある。両腕が重くなってきて、正眼に構えていても切っ先が揺れるのがわかる。

「おい、アンタは何で戦ってんのか知らないが、義理とか損得でなら止めたほうがいい。オレにももう余裕がない……」

 壁際にうずくまっている外務大臣が通訳した。

「私は外務大臣の弟だ」

「血縁か……」


「だあっー」

 自分から仕掛けた。痛みを感じるということはまだまだ序の口ということだ。生死をかけた戦いになれば、怪我のひとつやふたつ、感じさえしない。

 切っ先を使いフェンシングの要領で前に踏み込み続けた。相手は避けながら剣を振り下ろし、ラドローの左肘近くを斬り払った。斬らせておいて腰に剣を突き入れた。


 あと一人、軍人だけ、とラドローは思ったが、自分もかなりの傷を負ったらしい、肘から手首に生温かく流血し、ぽたぽたと落ちた。また手当てしてもらわざるを得ない。

 軍人のほうもあちこち包帯は巻いているが、気負いもなくラドローが戦いに戻ってくるのを待っている。


「やっぱり、強いよな、コイツ」

 もう特に作戦も思いつかなかった。間合いを測ることもできそうにない。踏み込まれたら避けて、払って、カウンターを決めるしかない。


「マリティアの介抱をしてくれたのだろう? でも相手にされないからといって、忘れ去られたからといって、他の男の妻になったからといって、襲った男の一人だと見做されたのだとしても、オレなら好きになった女の死を望んだりしない!」

 心の中で叫んだ。


 左肘の手当てが済み、軍人のほうを向いた。下段に構えて一歩二歩と近付く。辺りは異様に静かだ。ギムナジウム内、上の観客席も、下の壁際の男たちも。

 そこに女の声が響き渡った。

「やめて、ラド、もうやめて! いいから、もう、いいから!」


 声が途切れる前に軍人が上段から打ちかかってきた。何とか剣を左に倒し勢いを殺した。その重さを身体のばねをつかってはじき返す。

 二、三歩後退した軍人の向こう、桟敷席にマリティアが見えた。手すりに身を乗りだすように自分を見ている。


「やっとぼくの名を呼んだね!」

 ラドローは右手で剣を高く振り上げて合図した。

 そのまま八双から袈裟掛けに斬りおろす。体勢を立て直した途端だった軍人は、また後ろによろけた。

「マリティ、訃報を信じてごめん。捜さなくてごめん。幸せにできなくてごめん!」

 少し子供っぽい、あの頃の自分に返って謝った。「ごめん」の度に軍人に刀を振り下ろした。軍人は懸命にラドローの太刀筋を受けている。


「ラド、もう幸せなの、私はこんなに。ジャンがいてサリウがいて、あなたに会えた」

「ああ、心配いらない。こっちももう幸せだから」

 相手の剣を受けてくるりと廻ったラドローの、止まらない剣先が軍人の胸上を薄く水平に走った。

「マリティのためじゃない、オレは好きな女のためにここから生きて帰る!」


 ラドローと軍人は射程外ぎりぎりで向き合った。

「でやあっー」

 二人同時に踏み込み、すれ違いざまに打ち合った。行きすぎて立ち止まり、場内に静寂が戻る。


 ドザッ……

 

 戦域に立っている男はもういなかった。


「ラドロー!」

 マリティアの、マチルダの金切り声が空気をふたつに割った。


 皆が相打ちだと思い始めた頃、くぐもった声が聞こえた。


「……ああ、今……起きる。寝てるわけにはいかない……。出産ってすげぇ痛いらしいじゃねぇか。これより……痛い……んだろ? 根性見せなきゃな……」

 剣を杖にして起き上がったのは、ラドローひとりだけだった。


 玉座から「終了、解散!」との声が聞こえた。

「判決および詳細は、明朝九時にここで改めて云い渡す。関係者は出席のこと。外傷者は救護班の指示に従え。王族および王族の夫は城に逗留すること」


 マチルダは一階に駆けおりて来て三人の看護をした。

 幸い、三人とも内臓に達する外傷はなかった。

 ラドローはリーチを伸ばすために、斬ると見せかけて軍人を突いた。相手はその両腕を斬り払おうとしたから、ラドローの左右両腕の手首近くに大きな切り傷ができていて、血が止まるまでかなり時間を要した。

 サリウの脇腹は医師によって縫合されていたが、立ち上がるとふらつく。

 ジャンは太腿に大きな傷、後は浅くではあるが無数に斬られていた。

 

 三人が何とか歩けるようになるのを待って、残っていたフランキ王の召使が、四人を城に案内した。


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