第7話 NAUGHTY A THIEF①
屋敷の生活にも慣れたティラール兄妹、世間一般的には隠者の弾丸などと呼ばれてもいる。
そんな彼等は日中なにをしているかというと、エースは作業部屋にて壊れたドラグニルを新しく組み直し、ラヴィは城へとフラフラ歩き書庫に入り浸る日々を送って居た。
だが、今日は珍しくエースとラヴィは食事兼客間に2人して座っている。
正面には長い金髪を後ろに束ね、すっとした美形の男、フェリミア・ガーナバルトが座る。
「盗賊?」
嫌そうな表情で無造作に伸ばした白銀の髪を掻き分けながらエースは、フェリミアから伝えられた事を復唱する。
「ああ、戦争が起こる前にカナレリアを賑わせた二人組の盗賊が、また活発に動き始めたと情報が入った」
「んなもん、エリック達の仕事だろ」
ダルそうな瞳でフェリミアに視線を向けながら言う。
ラヴィも腰まで伸ばした白銀の髪をゆらゆら可愛く揺らしながら本を読みふけるも、エースに同意と頷く。
「もちろんエリックは既に動いているが、例の盗賊は避難してきた村人達の村々を漁っているんだ」
アクストリアを退けても、今だ避難してきた民達は王都に多く滞在している。
最近になって収まりきらない避難民達の為に、新しく土地開発を行うために王都の隣に簡易な町を作り始めている。
もちろん王の命令とフェリミアの考案で動いている。
(その様子じゃ、1億Eはまだ先だな)
と、呑気な考えをしているエース。
「俺達に提示した条件は国の危機だろ?アクストリアや他の奴等が攻め込んできたわけじゃねーんだから」
「いや、条件は合う。国の危機だ、時間が経てば民の財産が減る、王への不満が起こりうる」
「どーする妹よ」
読書家のラヴィにエースが話を振る。
「…」
「おーい」
「……」
「ラ、ラヴィちゃーん」
「…何?」
ラヴィちゃんに反応して不機嫌そうに本から顔を上げる。
「聞いてた?」
エースの問いに、また何が?と首を傾げる。
「ラヴィ君は随分難しい本を読んでいるな、レムリア新書なんて、その歳でまず読まないよ」
感心した様にフェリミアが本を指差す。
「面白いよ、この間お城の書庫で見つけた」
「つまんなそーだぞ、それ」
フェリミアの反応に隣に座るラヴィに顔を近づけ本を覗くと、引き気味にエースが言った。
「だからエースはバカなんだよ、頭の回転は早いのに知識が虫」
「辛辣ぅー!ラヴィさんお兄ちゃんに辛辣ー!」
「盗賊をやっつけたいんでしょ?フェル、被害にあった村とかはわかってるの?」
胸を抑えながら倒れこむエースを無視しながら、しおりを挟み本を閉じてフェリミアに視線を向ける。
「ああ、全部とは行かないが…」
「そう、リィリヤ」
ラヴィは本を机に置くとキッチンの方面に声をかける。
奥からパタパタと足音を立てながら忙しなく現れたメイド服を着た女性が顔を出す。
まるで陽に当たった森の様な綺麗な髪色、長く腰まで伸ばした長髪をポニーテールに、身長はマーシャルと変わらない程、顔立ちは少し幼い様でラヴィ、マーシャルとそこまで差はない少女だった。
「はい、ラヴィ様。お呼びですか?」
「カナレリアの地図ってある?」
「はい、確かこの前空室のお部屋を掃除してましたら発見致しました」
「持ってきてくれる?」
「少々お待ちください。フェリミア宰相様、飲み物のおかわりはいかがですか?」
ニコニコとしながらフェリミアの空いたカップに紅茶を注ぐ。
「ありがとうリィリヤ、だいぶ慣れたかな?」
「はい、御二方がとても優しくて、楽しくお仕えしております。それではラヴィ様、すぐお持ち致しますね」
一礼すると、またパタパタと足音を立てて退室するリィリヤ。
「彼女で正解だったかな?とても素直で賢い子なんだ」
どうやらリィリヤをティラール兄妹に選んだのはフェリミアだった様だ。
「うん、とっても優しくてご飯もお茶も美味しい」
「気がきくしな、ありがとなフェル」
2人が笑顔で言うと、フェリミアは嬉しそうに紅茶を口に運ぶ。
「お待たせ致しました、こちらがカナレリアの地図でございます」
リィリヤがせっせと大きな紙を持ってくると机に広げ始める。ラヴィはそれを覗き込む。
「ここが最初に被害を受けた村だ、そしてここと、ここ…」
フェリミアが1つ1つ順番に指を指して行き、ラヴィはペンで印を付けて行く。
「こりゃ…」
エースがふと何かに気付いたような表情になる。
「エース様、何かお気付きになったのですか?」
リィリヤがエースの反応に気付き声をかけると、ラヴィが応えた。
「最初は東の一番端、アクストリア領に近い所…そこから順に徐々に南下して来て王都方面に向かってる」
「二人共流石だね、推測通りだ。そしてここ王都に1番近いアリアナ村が被害にあったのを3日前に確認した」
「近いし最近じゃないですか」
リィリヤが口元に手を当てる。
「エリックと話をして同じ考えに至ったよ、これは盗賊が国に対して戦線布告し、次は王都なんじゃないかとも考えた」
「んな、まさか。だってよ、避難してがら空きの村しか狙ってねーんだろ?」
エリックの反論にラヴィが口を開く。
「否定はできないよエース」
地図を見続けながらラヴィが言う。
「挑戦的に攻めて来てると思う、理由は印を結び付けると簡単…。無数にまだらにあるはずの村をしらみ潰しに漁ってるわけじゃない、湾曲に王都へ繋がるように狙ってる。今まで漁った村が6ヶ所、私達が同じ立場ならアクストリアの近くを中心に狙ってるペースだよ」
「その通りだ、ラヴィ君の言うようにアクストリアの近くには10近くの村が存在している。そこで被害にあったのは二ヶ所のみ、1番始めの被害にあった村の真隣は狙わずにだ」
ラヴィの説明にフェリミアが補足して地図に書き足しながらエースに言う。
「否定させてくれよ、めんどくせーから」
「エース、これは否定する方が無理な動き方だよ」
さらにダラけた表情になるエースに、ラヴィが言う。
「そこまで理解してるならエリック達で動けるだろ?なんでわざわざ俺達が動かなきゃならん」
「でた、バカ兄のニート魂」
「ラヴィさん!?ニート魂って何?…俺は対価が無きゃやらない質なんですぅー、それにご本ばっか読んで引きこもってる子に言われたくないわっ!ぷんぷんっ」
子供の様に膨れるエースを尻目に、ラヴィは考える仕草を取る。
「なんで途中で活動をやめて、なんで今ここで動いてるんだろう」
そんな疑問を純粋にラヴィが口にする。
「戦争に入り、がら空きとなった村は絶好の盗み場だからだと思うが」
そんな分析にフェリミアが答える。
「そうかな…」
「何か、気になるのかい?」
納得のいかないラヴィにフェリミアが聞く。
「単純に考えてそうなんだけど、この印を見るとそうじゃない気もする」
地図を指差しながら湾曲に線を繋げられる印した村々をなぞりながら呟く。
♢♦︎♢
カナレリア王国のある廃村にて、黒マントの二人組が一軒の家にいた。
屋根は腐り落ち、雨風凌げないボロボロの家でまともなソファに1人が寝そべりながらあくびをする。
「気付いたかな?」
もう1人がソファに寝そべる者を見ながら、問いかける。
声からして女性の様だ。
「ふあー…あ。カナレリアの宰相様や、あの隠者の弾丸なら気付くだろ、多分。アクストリアの3万の兵を退けたあれがマグレじゃなけりゃな」
身体を起き上がらせながら言う。
「つまんない世界が、やっと面白くなってきた矢先に最高の"オモチャ"が現れたんだ。精々退屈させないでくれよ、隠者の弾丸兄妹…」
目元まで隠れたフードから、僅かに見える口元が笑う。
「そうね、わたしも同じ弓使いとしてあのヘンテコな矢は気になるわ」
♢♦︎♢
カナレリア王都、玉座の間にて王の前にエリック、フェリミア、マーシャル、ティラール兄妹が立っていた。
玉座の横にレミリアも座っている。
「報告を聞こう、フェリミア」
また少し疲れが増した表情を見せながら、王が口を開く。
「最近村人達が避難の為に空村になっている村々がある盗賊に狙われています。被害場所は…エリック」
「ああ」
フェリミアの指示にエリックは手元の地図の端を持ち、もう一方をマーシャルに渡すと広げた。
「こちらの丸印は、被害があった村です」
1つ1つ被害状況を説明する。
「見てわかる通り、湾曲になぞると綺麗に王都へと結び付きます」
「盗賊の狙いは王都か?」
地図を見つめながら顎に手を当てながら王が聞いた。
「ええ、何を狙っているかはわかりませんが…ラヴィ君の推測通りだと間違いなくここを狙うとの事です」
「そう、喧嘩売ってる」
ラヴィが静かに頷きながら答えた。
「狙いはなんなのかしら」
レミリアが唸る様に考える。
「あー多分だけど…」
そこでずっと退屈そうにしていたエースが手を上げた。
「教えてくれないか?」
王の問いにずいっと前に出るエース。
「多分こいつら遊んでる?つーか、挑発してる」
「遊んでいる…ですって?」
バカバカしいとレミリアが口を開く。
「やぁー俺もそう思うだけどさ、こいつらは戦争が始まった時にピタッと動くのやめたんだろ?」
「ああ、そうだ」
エースの問いにフェリミアが静かに答えた。
「それと戦争前のこいつらはそんな事してくる奴等だったのか?」
王への視線から後ろに並んでいるメンバーに問いかけるエース。
「いや、そんな報告は受けていない。戦前は派手な事をしなかった、行商人の馬車を詐欺紛いな事をしては荷物を盗んでいたり…」
フェリミアの言葉に大きく頷くとエースはさらに言葉にする。
「そう、こいつらは頭を使った盗賊だ。俺よりは劣るが、人を騙し被害の少なさと自分達の負担を極端に減らすやり口は俺と同じ匂いがするな」
「確かに」
エースの話にラヴィが納得した表情へ変わった。
「そう、エースだ」
「ラヴィ様、エース様、陛下や僕達にわかる様に説明できますか?僕はさっぱりです」
2人で納得し合っていると、恐る恐る手を上げながらマーシャルが言った。
「悪りぃ悪りぃ、怠け者に遊び人って事だよ」
「…わからんぞエース」
半笑いのエースにエリックが首を傾げた。
「まあ、俺達に任せとけよ」
「そうそう、ただ一つだけやってほしいことがあるかな」
ティラール兄妹達が悪巧みな笑顔を向ける。
♢♦︎♢
闇夜を照らす月の光、今宵は満月。
王城を囲む城壁を眺める黒マントの二人組がいた。
王都は外壁に囲まれ、その中の王城には、更に城壁で囲まれた都全体が要塞となっている。
王城に入るには大体四つに区分けされた1つ住居区のみ門があり、二人組はその反対方向真逆に位置する港区の一角の屋根に立っていた。
『現在国宝のマテリアは謁見の間にて避難民達が王に会いにきた際に安らぐ様展示されている』
そんな噂を耳にした二人組。
「ねえ、狙いは…」
「わーかってるって、変更無しだ」
くっくっくっと笑いながら屋根から降りて城壁に近寄るとロープを投げ入れる。
ロープの先には錨が付いており、城壁の壁に引っかかったのを引っ張りながら確認すると、するする慣れた動作で城壁をよじ登る。
城壁の上では巡回兵が背筋を真っ直ぐ伸ばし槍を片手に見張りをしている。
巡回兵にバレない様登り終えると、すぐ様背後に周り気絶させる。
「誰だ!…がっ!?」
背後からの声に素早く反転すると、声を上げた兵士が倒れこむ。
「気をつけてよ、もう」
「ひゅー、あっぶねー」
「もう…、狙いは反対側よ?」
「わかってるって、ここを登ってすぐ様降りる。めんどくさくても、こうして侵入した方がスリルがあって久しぶりに楽しいだろ?」
「あっそ、じゃあ急ごう。今夜は満月で月明かりが強くてヒヤヒヤする」
気絶させた兵士達を引きずりながら隠すと城壁を飛び降りて王城内に入り込んだ。
一切城へと入ろうとせずに通り過ぎると、小さな屋根を見つける。
「あそこか?」
「ええ、間違いないわ」
そこはティラール兄妹、隠者の弾丸が住んでいる屋敷だった。
「くくっ、楽しませろよ」
草陰から素早く走り屋敷に近付こうとした瞬間、突如屋敷前から兵士達が現れ始める。
「まさか、本当に現れるとはな」
兵士の間からエリックが魔剣を引き抜きながら現れる。