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Evening Rain  作者: てぇると
体育祭編

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三十八話 怒髪天

「あー、食った食った」


「食べすぎよ、どう考えても」


「良いんだよ、あれで腹八分目だ。つまるところ負ける気はあんまりしない」


「そこは負ける気はしないって言いなさいよ。ほんとに大丈夫? 走ってて吐いたりしない?」


「大丈夫っだって」


姉二人が珍しく真面目に作った飯を雨乃と俺と姉二人で食べたあと、時間が無いので部活対抗リレーの列に並ぶ途中である。


「なんか運動部の連中ってばユニフォームきてるんだが、俺達何も着ないよな?」


形式上化学部ってなってるからなぁ、もしかすると白衣なんてのも有り得る。


「いやよ、走る時に邪魔じゃない」


「いや、入場の時だけじゃね?」


「どっちでもいいらしいよ?」


「「へぇー……って月夜先輩いつからそこに!?」」


声のする方に振り返れば何食わぬ顔で俺達の背後を陣取っていた月夜先輩に同じタイミングでツッコミをかます。


「ってことで、はい」


「「ありがとうございます」」


ニコニコ顔の月夜先輩が俺達二人分の白衣を手渡してくれる。


「……白衣ってカッコよくない夕陽くん?」


「それな」


白衣ってカッコイイんだよなぁ、医者にしろ科学者にしろ着てたら、顔は悪くても何か知的に見える。


「その発想自体が頭悪いのよ夕陽」


「うるせ! って、もう着たのか」


白衣を上に羽織るだけなので更衣室の中に入らなくていい、つまりはラッキースケベも起こらない。ちくしょう! どうなってやがる。


「アンタの頭がどうなってやがるって感じだわ」


ハァッと腰に手を当ててため息をつく雨乃。


「……なによ、じっと見つめて」


ふむ、ふむふむ。


「月夜先輩、アレあります?」


「言うと思ったから持ってきておいたよ。はい、伊達メガネー」


秘密道具出す時みたいな効果音が聞こえてきそうなノリで月夜先輩が赤渕の伊達メガネを取り出した。


「ほい雨乃」


「……へ? 私?」


お前以外に誰がつけんの?


「えぇ、普通に嫌なんだけど」


「いいから、いいから」


半ば押し切るような形で雨乃に眼鏡をかけさせる。


「……これでいい?」


呆れたような顔でこちらを見る雨乃。

おっと……ちょっとヤバイぞ? なんだこれ、誰だこれ。


「言いたいことがあるなら言いなさいよ」


「……お前、ずっとメガネと白衣でいろ」


つまるところ凄く似合っていたわけで、そしてすんごくエロい。なんか雰囲気がエロい。大人の妖艶さが滲み出ている感じがする、いつもの雨乃も大人っぽいがコレは凄い。

雨乃+白衣+メガネ=ヤバイという事が証明された。


「おーい」


雨乃の余りの妖艶さにクラっと来ていた俺を現実に引き戻す声が後ろから響く。

振り向けば白衣の紅音さんと白衣の南雲が揃っていた。


「……なんか、二人共ヤブ医者とかマッドサイエンティスト感漂ってる」


「「失礼なこと言うな」」


二人一緒にツッコミを入れられつつ、俺も着替えを開始する。

まぁ、着替えって言っても白衣羽織るだけだが。


「「せんぱーい」」


気がつけば暁姉妹も着替えを終わらせコチラに来ていたようだ。

てか、なんで夏華も?


「あ、なんか入場の時だけ参加しとけって。他の部活もリレーに出ない人でも入場だけは参加してトラック内に入ってるそうです」


「ですです」


説明を終えた夏華に合わせ、後ろでは冬華も頷いていた。この二人も白衣モードである、だが……


「なんか、お前らが着るとバカっぽいな」


鼻で笑いながらそう言うと、二人が一瞬で距離を詰めて


「鼻で笑った! 今、ゆー先輩鼻で笑った!」


「え!? 似合ってませんか!? これ似合ってませんか!?」


「似合ってる似合ってる」


言いながら、着替えを続行する。

白衣着てねぇの俺と月夜先輩だけじゃん。


「「「「「うわぁ」」」」」


俺が着替え終わって雨乃から伊達メを受け取り、それを何となく装着して皆の方に振り返ると、そんな失礼な声が上がる。

あれ、月夜先輩どこいった。


「なんか、ゆー先輩」


「言っちゃダメだって夏華!」


「おいこら、言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」


そんなに似合ってない? 俺そんなに似合ってない?


「ぷっ……むり、紅音さん……ブッ! ハハハ! 耐えれねぇよ俺」


南雲が吹き出したのと同時に紅音さんまで無言で吹き出した。

おいこら、似合ってねぇならそう言え。


「似合ってないわけじゃないのよ?」


「じゃあ、なんなんだ」


「「「「「物凄く胡散臭いだけ」」」」」


「ちくしょう! お前らなんか嫌いだ!」


俺は涙を瞼に溜めながらその場を走り去った。







※※※※※※※※※※※※※※


まぁ、泣いてはないが。

月夜先輩を探しているのである、何か地味に嫌な予感的なもんがするんだよなぁ。


そんな事を思いながら、部活棟辺りを彷徨いていた俺の耳に聞きなれた誰かさんの声が聞こえた。


「月夜先輩ー? ぼちぼち並ぶそうっすよ」


声のする方に向かって声をかけながら近づく。


「まったく、君はハイエナのようだね夕陽君」


部活棟のちょうど影になっているところで、白衣に眼鏡の月夜先輩とユニフォーム姿の犬塚がいた。


「チッ……なんだ、お前かよ茶髪」


「誰のことっすか? かませ犬パイセン」


「馬鹿にしてんだろお前!?」


「してねぇと思ったんすか?」


俺はアンタが嫌いだ、理由は無いが何となく嫌いだ。


「おい月夜」


「ん? なんだい?」


「賭けはさっきの通りでいいな?」


「あぁ、勿論。君こそ、負けた時の約束は守りなよ?」


「お前、本気で勝てると思ってんのか?」


鼻で笑いながら犬塚が月夜先輩の横を通りすぎる。

つか、賭けって何よ?


「まぁいい、負け惜しみはすんなよ? 化学部」


「そちらこそ、吠え面かく準備をしておくことをオススメするよ。サッカー部諸君」


擦れ違うタイミングで、二人が敵意をむき出しにそういった。


「まぁ、負けるだろうが精々頑張れよ茶髪」


「……アンタ、フラグ立てて楽しい?」


「は?」


俺のことをアホの子を見る目で見ながら、犬塚はサッカー部の軍団の中に消えていった。


「んで? なーに賭けたんすか月夜先輩」


「いやいや、何でもないさ。下らないものだよ」


ニッコリと笑いながら俺の肩をポンポンと叩く。なんだ、金とかジュースとかか?


「家の部室」


「おいまて!?」


「ハハハ! 脅されちゃってねぇ、詳しいことは今度話すけど」


俺の肩に置いていた手をグルリと首まで回して内緒話の体制をとる。


「勝てば新しい症状持ちを紹介してもらえる、負ければ部室は取り上げられる……悪い話じゃないと思うけどね?」


「それにしてもリスクがデカすぎます、部室取り上げられるのはキツいっすよ」


あんな快適空間手放すには惜しい、冷蔵庫あるしコーヒー飲めるし。


「そしてこの話を知ってるのは僕と君だけ。くれぐれも他の人たちに話さないようにね?」


「……分かりましたよ」


何やってんだこの人は……まぁ、南雲も紅音さんも居るし勝てるか。


「さぁ、勝とうじゃないか夕陽君!」


「俺はいつも通りにボチボチやりますよ」


所詮は部活対抗リレーだ、そこまで本気になる必要は無い。もし負けたら負けたで南雲と紅音さんとが総動員して賭けはデタラメにすりゃいいだけの話だ。


そう思いながら、ため息と共に化学部の輪の中に二人で戻った。



※※※※※※※※※※※※※※



「夕陽、脱がないの?」


軽めに準備運動をすませている途中、雨乃が不思議そうな目でこちらを覗く。


「まぁ、折角だしなぁ。つか、着てても勝てるだろ」


「慢心ダメ絶対。て言うか、夕陽は私たちと違って一周丸々走らなきゃいけないんだから」


そうなのだ、アンカーは半周ではなく一周走らなければならないのだ。あー、やだやだ。


「先輩!」


「ん、どったの冬華」


「しっかり一位でバトンを渡しますから!」


「おう、期待してるぞー。まぁ、気楽に頑張れ気楽に、所詮は部活対抗リレーなんだから」


「はーい!」


冬華と付き添いの夏華、紅音さんと南雲が逆方向に移動していくのを見送って俺達、残った三人も列に並ぶ。


「そろそろだね、雨乃ちゃん、夕陽君」


第一走者の紅音さんがこちらに向けて任せとけとばかりに片手をあげる。

まぁ、あの人なら大丈夫か。


「随分と余裕だな夕陽」


隣を見ればユニフォーム姿の瑛叶。


「勝つからな、お前らに」


「負ける気ねぇぞ? 俺は」


「はっ、言ってろ! お前の相手は……」


ガシッと雨乃の顔を掴んでグルリと瑛叶の方に向ける。


「コイツだ!」


「どーでもいいけどスタートしたわよ? 二人共」


へ!? まじで!?

気がつけば既に第一走者は走り出していたようだ。


「月夜ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


雄叫びを上げながら、人間戦車紅音マークⅡが第二走者の月夜先輩にバトンを渡した。速い、速いよ紅音さん。

だけど、症状使ってる時ってもっと速く無かったか?


「使ってないわよ」


「え?」


雨乃が立ち上がりながらそう言った。


「紅音さん、症状使ってないの」


「マジで!?」


あの人、症状使ってなくてあのスピードなのかよ!


「まぁ、そこそこ差は広がってるから大丈夫よ」


「行くのか?」


「えぇ、そろそろ南雲が走るから」


そう言った雨乃は拳を俺の方に突き出す。なんだ、お前を殴るって事か?


「違うわよ、分かってるくせに」


「ははっ、まぁご愛嬌だ」


言いながら雨乃が突き出した拳に俺の拳を合わせる。


「勝ってこい」


「えぇ、勿論。私って負けず嫌いなのよ」


現在化学部は一位、次にサッカー部、その次に野球、バスケと吹奏楽の順番だ。


南雲が一位で雨乃にバトンを渡そうとスピードをあげる。正直言って余裕はあまり無い、サッカー部が思いの外速いから。

そして、雨乃と並んで走るのは瑛叶。正直言ってキツい。


「星川!」


「任せて!」


短いやりとりの後に、雨乃が走り出す。

今まで見た中で一番速いスピードだ、何がアイツをあそこまで駆り立てるのかは分からないが、コレなら……


「瑛叶!」


「おう」


バトンを受け取った瑛叶が異常なスピードで雨乃に肉薄する、あいつはサッカー部から陸上に転身した方がいいと思う。

……頑張れ雨乃!


「さーてと、そろそろ立つか」


雨乃達が去った後のレーンに並ぶ、隣には犬塚。


「てっきり、紅音がアンカーかと思ったが。お前かよ、茶髪」


「ホットドック先輩チーッス」


「お前舐めてんだろ」


「まぁ、ぶっちゃけ」


それにしても雨乃がヤバそうだ、瑛叶との距離が近すぎる。


「負けるかもな化学部、次はあの1年だろ?」


「俺の可愛い可愛い後輩なんで、ご心配には及びませんよ」


雨乃から冬華にバトンが渡る、少し厳しいが冬華の脚ならギリギリでも一位でバトンが回ってきそうだ。

少しでも余裕があれば普通にやっても勝てる。


ちらりとトラック内に目を向ければ、いつの間にか月夜先輩が俺の激励か、はたまた犬塚に対する煽りを入れに来たのか。とりあえずコチラに来ていた。


「勝てる? 夕陽君」


「さぁ? 神のみぞ知るって……」


その時だった、一位で走っていた冬華の体がグラついた。そして、前のめりに転ける。


「あー、転んじゃったね」


「まぁ、しゃあないっすよ」


別にこれで負けても冬華のせいじゃない、運が悪かっただけだ。


コケた冬華は、すぐに立ち上がると血で滲む膝を必死に動かして俺にバトンを繋ごうと、追い抜いて行った運動部に食らいついている。コケてもなお諦めずに1位を取り戻そうとする冬華のその姿はカッコよく見えた。

俺もそこそこで頑張りますなぁ、などと思っていた時だった。隣から犬塚の笑い声が聞こえた。


「ははっ! 月夜、お前んとこの後輩─」


一位に躍り出たのが余程嬉しかったのか犬塚が満面の笑みを浮かべる、そして。


「ダッセェな」


一番言ってはいけないことを口にした。その言葉で、思わず拳に力が入る。


「まぁ、お疲れさん。俺らの勝ちだ」


バトンを持ったサッカー部の部員が迫る。


お前らが勝つ?

冗談だろ?


「負けねぇよ」


「は?」


コケても立ち上がって、血で滲んだ足で走り続けるアイツがダセェ? ふざけんなよ、アイツのカッコよさが分かんねぇテメェに


「負ける道理は微塵もねぇぞ犬っころ」


「はっ、言ってろよ。じゃあ、お先に」


バトンを受け取った犬塚はニヤリと笑いながら走り出した。


「月夜先輩、白衣預かってもらっていいっすか?」


着ていた白衣を月夜先輩の方に投げる。

靴紐を確認して、軽く首を回す。

大丈夫、今の俺なら勝てる気がする。


「ひゅー、さっすが夕陽君だ。君ならそうすると思ったよ」


「そっすか?」


向かってくる泣き出しそうな冬華の顔から目をそらさずに月夜先輩の言葉に相槌を打つ。

すでに野球とバスケのアンカーが走り出している。


「勝てそう?」


「さぁ?」


「勝率は?」


「百パーセント」


言っとくだけならタダなのでとりあえずはそう宣言しておく。まぁ、本気で勝つつもりだが。


「じゃあ、あとは任せたよ夕陽君」


俺から背を向けて紅音さん達の方に向かいながら月夜先輩がそう言って片手を振った。


えぇ、確かに任されました。


「さーてと、こっから先は本気だクソ野郎」


吐き捨てるようにそう呟いて、バトンを受け取る準備を開始する。


1位との距離は半周もついてない、つまり勝負はこれからだ。


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