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Evening Rain  作者: てぇると
体育祭編

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三十九話 不敗主義

犬塚が走り去った後、すくそばまで冬華が迫る。


「あんだけ啖呵きったんだ、ここでやんなきゃ」


「先輩!」


「男じゃねぇ」


俺を呼びながら迫る後輩に背を向けて気合を入れる。


「ごめんなさい、私……私!」


今にも泣きそうな顔で冬華が俺の手にバトンを置く、時間は無いがカッコつける位の余裕はある。


「俺だけ見てろ」


上手く言葉を伝えられず、小っ恥ずかしい事を口にして駆け出した。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


体裁など気にせずに、声をあげながら地面を抉り抜くようにスタートを切る。

負けるわけには行かない、人の可愛い後輩をバカにしたんだ。最高にかっこいい奴を嘲笑ったんだ。


(だから、負けねぇ)


声は出さずに心の中で叫ぶ。

気合い入れが終わった今は空気が1ミリでも惜しい、今は速度が少しでも欲しい。


(まず、一人!)


残るは前方の三人!

あのクソ野郎との差は半周もついてない!


嫌に冴え渡る脳内で分析結果をたたきだしながら地面を踏みしめる。


(速く、速く! もっと速く!)


あと二人!

そこでバスケ部を抜き去った、前には野球部と余裕をかますサッカー部だけだ。


『化学部、凄い追い上げです!』


放送部のアナウンスが正確に聞き取れる。

なんでか昔から一つの物事に本気で集中すると嫌でも頭の中が冴え渡る。そのおかげか、周囲に目を向ける余裕ぐらいは確保出来ている。


「「行っけぇぇぇ!」」


叫ぶ紅音さん、その後で同じく叫ぶ南雲。


「「先輩!」」


トラックのすぐ近くで、声を張り上げる二人の後輩。


「~! ~~~!」


流石に聞こえないがスタンド席では夢唯や陸奥まで叫んでいる。

珍しいこともあるものだ。


「っし!」


声を漏らしながら野球部を抜く、初めから余力なんて残さない。人間本気になれば何だってできるのだ。

ゴールまであと少し、犬塚まであと僅か。


「夕陽君」


「夕陽!」


トラック内ではいつものように片手をあげる月夜先輩、その近くでは満面の笑みで俺の名を呼ぶ瑛叶。

そして──


『勝ちなさい、夕陽!』


雨乃の思考が逆流してくる。

あぁ、分かってるさ雨乃。


──負ける気が微塵もしねぇ!


後少し、後少し!


「な、嘘だろ!」


焦り気味に犬塚が発した言葉が俺の耳に届く。

犬塚に並んだ!


「ふんぅぅぅぅ!」


鼻から漏れる呼吸音を噛み締めながら、一歩でも早く一歩でも速く足を動かし続ける。ゴールテープまで後二十メートルもない。

だが、犬塚の方も負けてはいない。俺と並走を続ける。


ここで負けたら冬華が傷つく。

ここで負けたら月夜先輩達が馬鹿にされる。

ここで負けたら雨乃にドヤされる。


何より。

ここで負けたら、俺は情けなくて死ねる。


肺が熱を灯し、その熱は身体中を焼き切ってしまいそうな痛みに変わる。

だが、それがどうした? そんな痛みなど、知ったことか。


地面に叩きつけるようにして動かし続ける足は引きちぎれそうになるほどの痛みを生み出す。

だが、それでも止まるわけには行かない。そんな痛みなど、明日の俺にでも押し付けておけ。


今の俺は今の俺のために全力を注ぐ『走る』という行為に細胞の全てを総動員する。


後少し、ゴールテープテープはすぐそこに!


──速く

──速く速く

──速く速く速く

──もっと速く駆けろ


「くっそ、馬鹿じゃねぇの!?」


終盤に差し掛かった俺が速度を上げたのが以外だったのか、犬塚が声を上げた。だが、犬塚の発した一言が、その一言に使った酸素が呼吸が


勝負を分けた。


「おぉぉぉぉぉ!」


最後の力を振り絞るように叫びながらゴールテープを全身で切った。




勝ったのは






『えっと! 最下位から大逆転して部活対抗リレー勝ったのは化学部です!』


「おっしゃぁぁぁぁぁぁ!」


思わず声を張り上げる。

絞りきった肺に酸素が供給されることも忘れて。


スタンド席が湧き上がっている、そりゃそうだ中々ないだろう、あんな馬鹿げた逆転劇は。


よし、今日の俺超カッコイイ。


トラック内では化学部の連中が手放しに喜んでいた、こっち目掛けて紅音さんや南雲が駆け寄ってくる。

その前に。


「なぁ、先輩。気分はどうだ」


「はぁ……はぁ!」


息を切らし地面に座る犬塚に声をかける。

やられたことはやり返す質なのだ、我ながら器はちっさいと思うが、言ってやらねば気が済まない。


「くそダセェなアンタ」


よし勝った。



※※※※※※



「「よぉぉぉぉくやったぁぁぁ!」」


「グぇッッッ!?」


南雲と紅音さんからのダブルラリアットで地面に体を叩きつけられて口から息が漏れる。


「よし! よくやった! 今私はお前にキスでもしてやりたい気分だ! しないけど」


「よくやった夕陽! お前、やっぱすげぇよ!」


「分かった! 分かったから離れろ! 暑苦しい、痛い!」



のしかかる馬鹿二人を跳ね除けて、立ち上がる。

あっつい、コイツら本当に暑苦しい。


「先輩!」


「ん? 勝ったぜ冬華、ドヤァ!」


「ふふっ! 先輩、カッコよかったですね!」


「だろう? そうだろう? ちょっとばかり力を入れたらあんなもんよ? まだ本気は出してない」


適当に嘯きながら、ハイタッチを交わす。


「かっこよかったぞ冬華」


「へ? 私が?」


「ばっか、当たり前だろうが」


「でも、私コケたし。先輩達の足引っ張って……」


何言ってるんだこのアホはと呆れ気味に笑いながら頭を撫でる。


「いいか? コケても立ち上がって前に前に喰らいついたお前をダセェなんて笑うやつは俺がぶっ飛ばしてやる。誇れよ、お前は凄い奴だ」


「……はい!」


「でしょ? 紅音さん」


俺がそう言うと、後ろからシュバっと紅音さんが飛び出して冬華に抱きついて頭を優しく撫でていた。

その姿にふと頬をほころばせる。


「お疲れさま」


「ん、俺は疲れたよ」


「カッコよかったわよ、今日の夕陽。最高にカッコよかった」


そう言ってニッコリと笑う。なんだ、デレ期か? 遂に好感度ゲージでもカンストしたか。


「いつもカッケェんだよ、俺は」


「ふふ、そうかしら?」


「そうだよ」


まぁ、結局のところいつものようにカッコつけただけだ。


「雨乃」


向かい合っていた雨乃の名を呼び、拳を突き出す。


「お疲れさま、夕陽」


突き出した拳に雨乃の拳がコツンと当たる。

ありがとうな、勝てたのはお前のおかげでもあるんだ。


「ん? 私?」


「お前、思考の逆流とか荒業やってのけただろ?」


「へ? 本当に!?」


え、自覚なかったの、この子?


「私、なんて言ってた?」


「勝ちなさい、夕陽って確かに流れ込んできた」


「そう……なら良かったわ。私のおかげね」


ニヤリと雨乃の口の端が釣り上がる、調子乗んなよ。

まぁ、何にせよ疲れた。


退場の合図と共に退場門に向かいながら、ふとスタンド席より少し離れた保護者観覧席に目を向ける。

目に移ったのは片手をあげて笑う、姉二人。


「ありがと」


聞こえるはずもないけれど、口の中で呟いて片手をあげた。


「なにしてんの、夕陽? 早く戻ろ?」


「ん、あぁ今行くよ雨乃」


少しばかり先に行った雨乃達に追いつくように重い足を動した。








「相変わらず、お前はめんどくせぇな夕陽」


スタンド席から少し離れた、サボり場所。そこの木陰に入り込んで大木に体を預けながら水を煽った。


「ん? 負け惜しみか瑛叶」


「ほんっと、なんで余計なこと言ったかなぁ犬塚先輩。言わなきゃ勝ってたろうに」


「舐めんな、本気ださんでも余裕で勝てる」


嘘です、無理です、勝てません。


「つか、お前さ」


「なんすか、また文句ですか」


「ちげぇよ。肺とか痛くなかったのか?」


ん? あぁ、その事か。

なんか、犬塚も不思議そうな顔で俺のこと見上げてたな。


「問題デース。痛み+夕陽+症状=?」


「……きったねぇ」


「卑怯汚いは敗者の戯言」


「まぁ、そこまでしてでも勝ちたかったってことか」


「当たり前だろ、流石に優しい俺でも怒ることはあるんだよ」


あの言葉だけは見過ごせなかった、あの発言だけは後悔させる必要があった。絶対に負けるわけにはいかなかった。


「まぁ、普段ちゃらんぽらんなお前が本気出すって時点で俺は負けを覚悟したけどな」


「……お前、俺が勝つって信じてたの?」


「当たり前だろうが馬鹿野郎。何年の付き合いだと思ってる? 陸奥も夢唯も雨乃も俺も、微塵もお前が負けるなんて考えてなかったよ」


なんだか地味に照れくさくて頬をかく。


「それにしても、大変だなぁお前」


「あ? 何が」


「モテ期、来るんじゃねぇ?」


……な、なんだってぇぇぇえ!?


「お、お、落ち着け、素数を数えるんだ」


「その時点で落ち着いてねぇよ夕陽。体育祭でカッコイイとこを見せるってのはポイント高いしなぁ。事実、体育祭で活躍したやつの8割は体育祭後に彼女ができる」


「素晴らしいな、世の中上手く回ってやがる。いやぁ、困っちゃうなぁ、可愛い子が告ってきたらどうしよう」


「心にも思ってねぇこと言うなよ、お前は有象無象に告られても靡かんだろ」


まぁ、俺が好きなのは雨乃だからなぁ。

雨乃なみに可愛くて、綺麗で、料理ができて、気配りができる女の子がいたら靡かないでもない。

うん、夕陽さん超一途。


「そろそろ戻るか?」


「お、そうだな」


立ち上がった瑛叶がコチラに手を伸ばす。有難くそれに掴まって俺も立ち上がった。


「今日の打ち上げ、来るか?」


部活生の瑛叶にとりあえず聞いておく、俺が勝ったせいで練習で走らされる可能性があるからな。事実、野球部連中は体育祭後に走りだって言ってたし。


「どこぞの馬鹿が勝っちまったせいで今日は練習だ」


「謝らんぞ」


「謝らんでいいよ。まぁ、今日ぐらいはサボるさ」


「良いのか? 次期キャプテン」


「別にいいよ、今日ぐらいは。部活よりも親友の誘いに乗った方が楽しそうだ」


「もちろん、こっちの方が楽しいよ」


言いながら二人してスタンド席に向かって歩き出した。


燃えるような五月末日、俺達の体育祭は熱狂と汗とバカの意地で織り成され、それぞれの胸の中に何かしら思うところを残して着々と終着に向かっていった。








※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





時は少し遡って、夕陽が犬塚に勝利を収めた部活対抗リレーにまで遡る。

夕陽に敗北をきして項垂れていた犬塚の元に一人、歩み寄る影があった。


「やぁ、犬塚君」


「なんだ、笑いに来たのか」


「はっ、プライドの高い人間は負けるとここまで卑屈になるのか」


「そりゃなるだろうよ、調子のって追いつかれて、本気出して追い抜かれた。バケモンかよあの茶髪」


ため息混じりに呟く犬塚を尻目に、月夜は苦笑混じりに言葉を口にした。


「彼がバケモノ? 違うよ、ただの馬鹿さ彼は」


「あぁ、馬鹿野郎だろうな。とんでもない」


「だね。まぁ、賭けは僕の勝ちだ」


「チッ、分かってるての。姉貴には後日伝えておく、日時は姉貴に合わせてもらうぞ」


「あぁ、話をさせてもらえるならそれで」


月夜は座りこんだ犬塚に手を伸ばして立ち上がらせる。


「お前、姉貴のことを誰かに話したら……」


「分かってる、僕達だってゲテモノの集まりだからね。秘密は守るよ」


月夜は遠目で騒ぐ夕陽達に視線を向ける、そして少しだけ頬を綻ばせた。


「なぁ、お前は何がしたいんだ月夜」


「ん? 僕かい?」


犬塚と月夜、二人の間に漂う雰囲気は体育祭に似つかわしくないほど不穏な雰囲気。


「僕はね、守りたいんだ」


「は?」


「君のお姉さんは今日を境に安全だよ、それは僕が保証する」


「おい、お前何言ってる!?」


意味のわからない月夜の発言に犬塚が詰め寄ろうとするも、それを交わすように月夜はふらふらと歩き出した。


「これでアイツは手出しはできない。影は僕にまでは手は届かないからね」


「おい、マジで何言ってんだお前!?」


意味の分からない月夜の言動に犬塚が困惑しながら問い詰める。


「じゃあね、連絡は頼んだよ」


一方的に話を打ち切って月夜は退場の合図と共に歩き出した。


(これでいい、これでいい)


言い聞かせるように月夜は繰り返す。


(着々と進んでいる、片がつくまで後少し)


繰り返し繰り返し、そう言い聞かせる。

笑顔で退場門へと向かっていく夕陽達に悲しそうな目を向ける。


(僕はもう、何も失いたくはない)


噛み締めるように言葉を反響させる、楽しげな雰囲気とは裏腹に月夜は一人だけ暗い雰囲気を醸し出す。


圧倒的に深く暗い何かを抱えながら、月夜はいつものように笑顔を顔に貼り付けて人混みに紛れて行った。





後日談やって体育祭編完全終了です

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