007 ゼロどころかマイナス
「は⋯⋯?」
寛太のわざとらしい言い草に、茶髪の少女は口をポカンと開ける。
その素振りを気にすることもなく、寛太は模擬室から立ち去ろうとした。
が、ここで引き下がれるほど大人ではないらしい。少女は、寛太の右手を握る。
「ち、力が入んない⋯⋯?」
寛太の指には、微弱な膜が張ってある。その膜は、あらゆる異能を無効化してしまう。そんなものに触れてしまえば、彼女は単なる10代前半の少女に変わりない。
「さて、もう降参したんで帰りますわ」
銀の髪をなびかせ、寛太はその場から立ち去るのだった。
*
「アニキ、どうだった? 久々の学校は」
「変なのに絡まれたよ」
「変なの?」
「茶髪の低身長で、なんか高速移動できる女の子」
「あぁ、勝又由利か」
「知ってるの?」
「カテゴリー4で、強そうな子へは片っ端から喧嘩売ってる変人」
「面倒だねェ。強さの果てに、なにかあるもんか」
「あると思ってるから、喧嘩ふっかけるんじゃない?」
「中学生らしいね」
適当に話し、寛太と霞は電車で家路につく。
そうすれば、
パコンッ、という破裂音が聞こえた。
寛太と霞は、その音のほうへ向く。
「ぎゃあッ!?」
肩から血を流し、骨すら透けて見える者と、血走った目つきで銃をそこらに構える男。まさに無敵のヒトといったところか。
寛太と霞は一瞬目をあわせる。そして霞は、火炎放射器のような勢いで、相手になにかを言わせるつもりもなく、炎の弾丸を放った。
「ぐぉッ!?」
寛太はボヤく。
「さすが、財政破綻しただけはある。銃と弾丸なんて、小学生の小遣いで手に入るもんね」
皮膚がケロイドになった男に、寛太は駆け寄ってマウンティング体勢を取る。銃は彼方に飛んでいき、安全は一応確保できた。
「さて、おまわりでも呼ぶか~」
どのみち正当防衛。それどころか、感謝状までもらえるだろう。寛太は退屈そうだった。
*
「カテゴリー・エラー、か」
この壮麗学園にて、最初に寛太──千尋に話しかけた少年は、あの銀髪少女の危険性を理解したようだった。
「首席様の妹ってこともあって、只者じゃないとは思ってたけど⋯⋯うーむ。なかなかのイカレ具合だ」
壮麗のデータベースをクラッキングし、如何にあの銀髪少女が異質なのかを理解する。少なくとも、敵にはしたくないものだ。
「つか、もう撃墜記録があるな。カテゴリー4の勝又由利か。あの女、なにか引っかかったヤツには秒で喧嘩売る悪癖持ちだしな」
梶原陽太は、カテゴリー3の能力者にして、壮麗学園随一のクラッカーだ。彼にかかれば、壮麗の最重要機密も丸裸にできる。
そんなノートパソコンの前でにらめっこする梶原は、ある事実に気がつく。
「つか、西野千尋なんて者のデータは、つい最近無理やり追加されてるな⋯⋯。まるで、他人が西野千尋になりすましているかのような」
西野霞のデータならいくらでも残っているが、千尋のほうは全く残されていない。いくら転校生といえど、この横浜市のデータベースは壮麗がすべて管理しているため、そんなことはありえない。
「うーむ」
コーラやポテトが散乱する部屋にて、梶原は腕を組む。西野千尋という存在は、どこから湧いてきたのか。謎は深まるばかりだ。
「とりあえず、本人にヒアリングすべきか」
あした、どうせ学校で会うので、そのとき根掘り聞こう。梶原はノートパソコンを閉じ、身体を伸ばすのだった。
*
千尋こと寛太と、霞は自宅へ帰ってきていた。ふたりが暮らすのは分譲マンションの一角。今や5000万円ほどの価値があるらしいが、所詮子どものふたりには全く関係ない話である。
「さてと、画面酔いするし、やることないんだよね」
「兄貴からゲームをとったら、ゼロどころかマイナスだもんね」




