月詠。1
『インチキです。』
《ツクヨミノミコト》の女の子が来店した。
名前は、クロノちゃん。
『詳しく教えてもらっても、いいですか?』
歌ちゃんは、ミルクティーを差し出しながら、
優しく聞く。
クロノちゃんの話によると——
クロノちゃんは、
水中で息を止め、その時間を競う
スタティック・アプネア(STA)を始めた。
そのトレーニング中に、タイムを計るのだが、
時計の針は、全然進まない。
針っていうのは、まあ表現的なアレで、
実際はデジタルなんだけども。
そのくせ、トレーニングの合間のインターバル
10分なんて時間は、あっという間に過ぎてしまう。
《時計を見ている時はぜんぜん進まないくせに、時計を見ていない時は予想よりも早く進んでいる》
なのだ。
『なんだか、納得できません。
そんなのインチキです。』
クロノちゃんは、ぷんぷんしている。
『楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう…みたいな事なんですかね?』
歌ちゃんは、少し考えこむ。
『夢ちゃん先輩も、そーゆーのあります?』
『あるよー』
クロノちゃんが立ち上がる。
『やっぱり! ありますよね!』
『すぐ、おなかすいちゃう。』
『……』
——検証がスタートした。
『はい。じゃあクロノちゃん。
息を止めてみてください。』
『はい。』
『私達も時計を見てますので、クロノちゃんの感覚に何が起こっているのかを、検証します。』
——
『 《クロノタシス》とは
時計の秒針をじっと見ていると、最初の1秒がすごく長く感じたり、止まっているように見えたりする現象。脳の錯覚によるもの。
脳が視界のブレを修正しようとして、一時的に前倒しで表示するため、時間が止まったように感じる。
時計が実際に止まっているのではなく、脳が時間を引き伸ばして処理している。
「時計を見ないようにする」のが一番の解決策。
…なんだって。』
『え? 何か言いました? 夢ちゃん先輩。』
『んーん。なんでもないよ。』
医学書みたいな本を見ながら、
つぶやいた夢ちゃんの説明は、
検証作業中の、歌ちゃんとクロノちゃんには聞こえてはいなかった。




