お説教
数日後の放課後。家元のお稽古という「災害」を乗り越えた舞は、喉元を過ぎれば熱さを忘れる性格のせいで、再び混沌の中にいた。
「今日こそは和室を改装してやる」
「諦めが悪いな。ジャンプの主人公か。多分マズいことになるから止めとけって」
「大丈夫だって弦! おばあちゃんは今日、京都で大事な会合があるって言ってたもん。まさに『家元百里を行く者は九十を半ばとす』だよ!」
「意味が分からないし、使い方も間違っている。とにかくその『ディスコ・畳・センサー』を剥がせ。足の裏がずっと振動して落ち着かない」
僕は茶筅を振りながら、不快そうに足元を睨んだ。畳の下に仕込まれた薄型センサーが、僕のわずかな重心移動を感知しては、ピカピカと不規則に七色の光を漏らしている。
「いいじゃん、これぞ『光の点前』だよ! さあ、有美ちゃんもリズムに乗って!」 「あ、あの、舞先輩……やっぱり、もし先生が来たら……」
倉本が不安げに襖の方を振り返った、その瞬間だった。ガラリ、と乾いた音を立てて引き戸が開いた。
「――忘れ物をしました。私の扇子が、そこの棚に……」
時が止まった。そこに立っていたのは、京都にいるはずの楠シズ家元だった。舞は手に持っていたプロジェクションライトを背中に隠そうとしたが、最悪なことに、彼女の足がセンサーの「最大出力スイッチ」を思い切り踏み抜いた。
ズドォォォォォォン……!
和室の底から響くような重低音と共に、畳が目にも止まらぬ速さで赤、青、紫と激しく点滅を始めた。天井にはミラーボールのような光の粒が走り、静寂であるはずの茶室は一瞬で歌舞伎町の深淵へと変貌した。
「……舞」
シズさんの声は、低音のビートさえも切り裂くほどに静かだった。舞は真っ白な顔のまま、激しく明滅する光の中で、まるで壊れたロボットのように「あ、あ、あ……」と口をパクパクさせている。
「……柊君。この地鳴りのような音と、目に毒な光の演出は、楠流の新しい『わび』の形かしら?」
「……いえ。副部長が、茶室の結界を強化しようとして、物理的にバグらせた結果かと」
僕はあくまで鉄面皮を崩さず、光り輝く畳の上で、静かに茶を飲み干した。隣では、佐々木が「家元の怒りとLEDの相関関係」について猛烈な勢いでメモを取っていた。
家元による一時間の説教(正座)と、全機材の没収。部室を追い出された僕たちは、長く伸びた影を引きずりながら、家路を歩いていた。舞はさっきまで泣きべそをかいていたくせに、コンビニで買ったアイスを頬張ると、もうケロリとしている。
「あーあ、おばあちゃん、まじ鬼。超・絶不審者を見るような目で見られたよ」
「自業自得だ。部室をクラブに変えようとする茶道家がどこにいる」
僕は呆れ半分に答える。オレンジ色の夕焼けが、アスファルトを染めていた。ふと、舞が歩みを止めた。
「ねえ、弦」
「なんだ」
「弦はさ……昔みたいに、私の『騎士さま』にはなってくれないの?」
その声は、アイスの甘い匂いに混じって、驚くほど真剣に響いた。彼女の視線が、真っ直ぐに僕を射抜く。冗談なのか、それとも説教のダメージで少しセンチメンタルになっているのか、判別がつかない。
「……何の話だ」
「だって、昔は私が『怪獣がいる!』って言ったら、真っ先に枝を持って前に出てくれたじゃん。今の弦は、私が怪獣扱いされてもおばあちゃんと一緒に私を攻撃してくるし」
「お前が怪獣のような行動をするからだろう。騎士の仕事は、姫を救うことだ。姫の形をした怪獣を鎮圧することじゃない」
僕はそう言って視線を外したが、握りしめたカバンの取っ手が、少しだけ熱を帯びたような気がした。
「ちぇー。相変わらずガード固いなぁ」
舞はそう笑って再び歩き出した。しかし、その背中が少しだけ大人びて見えて、僕はそれ以上言葉を続けることができなかった。




