12年前 ⑤
十二年前
冒険を終え、お風呂に入れてもらった僕たちは、並んで敷かれた布団の中にいた。 シーツからはお日様と石鹸の匂いがして、心地よい重みの掛け布団が、僕たちの小さな体を包み込んでいる。
隣の部屋からは、襖越しに微かな光が漏れ、大人たちの話し声が静かに聞こえてきた。それは楽しそうな、それでいて、どこか遠い未来を見据えたようなトーン。
「……弦君は、本当に筋がいいわ。五歳であんなしっかりしてるなんて。あの子がこの家に来てくれてから、お稽古の空気まで変わった気がする」
舞のお母さんの声だ。優しくて、少しだけ誇らしげな響き。
「ええ。所作の端々にまで迷いがない。本当にいい子。舞の婿になってくれないかしら」
なんだか体がこそばゆくなった感覚がある。
「……ねえ、弦君」
眠気に溶けそうな、ふにゃふにゃとした声。彼女もまた、今の会話を聞いていたらしい。
「……なあに、舞」
「むこ、って……なあに? ずっと、いっしょに、いれるの?」
「……たぶん。ずっと、お稽古できるってことだと思うよ」
「そっかぁ。じゃあ、舞、ムコがいい。ずっと、弦君とお茶、のむの……」
舞はそう呟くと、僕のパジャマの袖をぎゅっと掴んで、満足げに目を閉じた。襖の向こうで続く、穏やかな未来予想図。僕もまた、その温かい言葉の波に揺られながら、当然のようにその未来がやってくるのだと信じていた。
――しかし、その「約束」は、数分後に響いた激しい玄関の音によって、永遠に粉砕されることになる。




